これまで、ジャンクフードの代名詞だったハンバーガー。それが今や、素材や調理工程にこだわった“グルメハンバーガー”として進化を続け、より幅広い層から支持を集めるようになった。数あるグルメハンバーガー屋さんの中でも、「とにかくパティがジューシーで美味しい」と評判のお店があると聞いてやってきた。東武東上線 上板橋駅北口を出てすぐ目の前のビルに店舗を構える、「HUNGRY HEAVEN 上板橋店」だ。食べログ100名店に選出されたほか、メディアにもたびたび取り上げられている人気店で、ハンバーガー好きからの評価も高い。もともとこのお店は、同じ上板橋で長年地域の人に愛されてきた老舗焼肉店「ギュービック」の姉妹店として誕生した。父親である初代オーナーから焼肉店を継いだ中原裕次郎さんが、当時ブームの兆しのあったグルメハンバーガーに目を付け、新たな業態として始めたのがHUNGRY HEAVENなのだ。「焼肉屋さんでは、美味しいけれどお客様には出せない端っこのお肉がどうしても出てしまうので、それを挽肉にしたハンバーガーを以前からまかないとして作っていたそうなんです。そんななか、『ギュービック』の1階部分が空くことに。それを活用してハンバーガー屋さんを始めたらどうかという話が持ち上がって、HUNGRY HEAVENをオープンすることになったと聞いています」そう教えてくれたのは、店長の石塚さんだ。なるほど、焼肉屋さんが厳選したお肉が使われているとなれば、パティの評判の良さにも納得がいく。2008年のオープンから徐々に人気に火が付き、しばらくするとお店の前には列ができるほどになった。もう少し広い場所でやりたいと考え、当時並行して駅前で運営していた肉バルのお店と場所を交代することに。それが現在の物件だ。店内は、アメリカのダイナーを彷彿とさせるラフな雰囲気。広々とした空間でゆったりと過ごせるので、小さいお子さん連れでも利用しやすそうだ。ちなみに、キッズチェアも用意されている。「全部オーナーが内装・設計をやっているんですよ。デザインもできるし、本当に何でもできちゃう人なんです」と笑う石塚さん。聞けば、オーナーの裕次郎さんは、中学生の頃からお父さんのお店であるギュービックで働きはじめ、2板橋本店を継いだのは20代前半のこと。そして、30歳を前にして2号店目の目黒店をオープンしたそう。直営店であるこの2店舗のほか、麹町、柏、池袋、博多2店舗にも展開しており、創業から15年以上が経つ今も勢いが止まらない。さらには、まだ40代前半ながらふたりのお孫さんがいるのだとか。そんなスーパーおじいちゃんが存在するのか......と驚いてしまう。日本では2008年〜2010年にかけて、最新のカルチャーに敏感な人々を中心に注目が集まり、ブームに火が着いたと言われているグルメハンバーガー。コロナ禍でのテイクアウト需要も相まって、都内でもおしゃれなグルメハンバーガー専門店をよく目にするようになった。さまざまな個性を持つハンバーガーが登場し、競争は激化している。そんななか、他店に負けないHUNGRY HEAVENの魅力といえば、やはり肉々しいパティ。上質な牛肉の赤身を3種類の挽肉にし、さらに「秘密の部位」と「和牛の脂の角切り」が加えられている。焼肉屋の姉妹店ならではの豊富なお肉の知識を生かした配合になっており、ジューシーで食べ応え十分だ。そしてなるべく余計な保存料は使わず、ソースやマヨネーズもほぼすべて手作り。じっくりと時間をかけて丁寧に作られている。パティ・バンズ・野菜・ソースを含めた一体感にこだわり、見た目は豪快ながらも繊細なバランスから成るハンバーガーなのだ。また、メニューの豊富さも他店には負けない。「スタンダードバーガーだけで13種類あって、6種類のソースから選べます。そのほかに、テリヤキや、アボカド、チーズ、チリビーンズ、マッシュポテト、メキシカンなどのカテゴリで、それぞれ数種類ずつメニューがありますね。さらに、トッピングが50種類ほどありますし、限定メニューやディナーメニューなどを合わせると、種類はかなり多いかなと思います」なるほど、全種類攻略するまでにかなり楽しめそうだ。ただメニューが豊富すぎるが故に、どれを選んだらいいか困ってしまうというお客さんも多い。そんなときに、お客さんの好みに寄り添った提案ができるようにと、スタッフは賄いとしてすべてのハンバーガーを無料で食べられるようにしている。「やっぱり味を知らないとおすすめできないじゃないですか。値段が高いものも含めて、自分で食べた上で提案してほしいので、賄いはどれを選んでも無料です。そのせいか、どんどん男の子のアルバイトが増えました(笑)」HUNGRY HEAVENのスタッフは、高校生をはじめとした若い世代が多い。髪色やピアスも自由。そのぶん、丁寧な接客で「格好良く働こう」というのがモットーだ。おしゃれだけど、飾らない。スタッフ同士の仲も良く、気取った雰囲気はここにはない。だからこそ、老若男女に愛されるお店になっているのだろう。「普段は家族連れのお客さんが多いですが、近所のおじいちゃんおばあちゃんが一緒に来て、ハンバーガーをシェアしていることもあるし、学校帰りの高校生たちが食べに来てくれることも多いですね。ちなみに、学生証を提示してもらうとポテトとドリンクが無料になるんですよ」じつは石塚さん自身も、アルバイトとしてこのお店に飛び込んだひとりだ。通勤途中に見かけて気になっていた移転前のHUNGRY HEAVENにお客さんとして入り、その日のうちにスタッフと意気投合。数日後には面接をして、アルバイトとして働くことになったという、驚きのスピード感。もともと美術系の学校を卒業し、デザインができたことから、6年前にはデザイン職で社員に。スタッフとして店頭に立ちながら、メニューブックのデザインや、手描きのポスターなどを担当していた。前店長が退職したことをきっかけに、数年前から店長として上板橋店の運営に携わっている。20代前半でお客さんからスタッフに転身し、もう14年ほど。ここで働き続けるのは、仲間の存在が大きい。「5年くらい前に白血病が発覚して、入院して治療しなければ余命3日と言われたんです。ちょうど引っ越したタイミングで荷物もまとまっているし、治療にもお金がかかるし、やりかけの仕事もあるから入院を断ろうとしたら、先生から職場に電話をしてくださいと。そこでオーナーに話したら、『仕事も手術費用も、そんなのどうにでもなるからとりあえず入院してくれ』と言われて」死を覚悟していたものの、その言葉を受けて地元で入院。半年ほど休職し、一時退院のタイミングでどうしても、と東京に戻ったところ、オーナーが出迎えてくれた。「待ってたよ、と言ってくれて嬉しかったですね。『お~今帰ってきたんだ!』みたいな感じだったのに、本当はそわそわしながら外でずっと待ってくれていたことを、のちのち前店長から聞きました。本当にあたたかい人なんですよね。このお店で働いていてよかったなと心から思いました」格好良すぎる。このお店が纏うあたたかい雰囲気の理由が、またひとつわかったような気がした。「オーナーを含めてみんなでBBQ大会をしたり、飲み会をしたり、本当に仲が良いんですよ。前の店長も10年以上働いていましたし、私も気づいたら14年。アルバイトの中にはもう4~5年働いている子もいます。お客さんからしても、いつ行っても誰かしら知っているスタッフがいることで、安心してもらえるみたいで。何度も通ってくださっている方には、『いらっしゃいませ』じゃなくて『おかえり』と言うこともあるんですよ」一度足を運んだら、また来たくなる魅力がこのお店にはある。かつての石塚さんが、一度食べに来ただけでここで働きたいと思ったように。この日は一番人気だという「ヘブンチーズバーガー」を注文したが、今度はおすすめしてもらった「きのこバーガー ゴルゴンゾーラ」に、別皿でトマトソースをトッピングしたものを食べに、また訪れようと思った。