板橋には、「板橋」がある。言葉遊びのようだが、旧中山道の仲宿付近の石神井川にかかる、れっきとした橋のことだ。春には石神井川の沿道に桜の花が咲き誇ることから、板橋十景にも選ばれている。その板橋のすぐそばに、「パティスリー ルポンデザミ」はある。都営三田線 板橋区役所前駅から、仲宿商店街を歩いて10分ほど。パティシエの倉嶌克彦さんが2016年にオープンした、創作フランス菓子のお店だ。フランス語の店名「LE PONT DES AMIS(ル ポン デ ザミ)」のルポンは橋、デザミは友達をあらわす。「直訳すると“友達の橋”。ですが、その友達をお客さまに例えさせていただいて、私たちのつくるフランス菓子を通して、お店とお客さま、そしてお客さま同士の架け橋になるようなお店にしたい、という思いで名づけました。正直、『板橋』の存在は意識して付けたわけではないけれど、地域密着を掲げる店としてちょうどよかったなと思っています」クラシックな外観に、ガラスのショーケースに並ぶ色とりどりのきらきらしたケーキたち。思わず「わあ......」と言葉が漏れてしまう。「お菓子づくりで大事にしているのは、季節感ですね。厳選した素材を使って、一つひとつ丁寧につくっています」並んでいるケーキは、フルーツと組み合わせたものが多い。それはシンプルに、フルーツが好きだから。克彦さんにとってお菓子作りは、ひとつの「自己表現」。流行には安易に乗らず、あくまで自分が作りたいと思うケーキを作った上で、お客さんに喜んでほしい、好きになってほしいという気持ちでやってきた。焼き菓子の詰め合わせや、クリスマス、バレンタインデーなどの季節のギフトは、妻の景子さんが担当。克彦さんに相談しながら、どんなギフトがいいかを一緒に決めていく。夕方の仕事終わりに、手土産として買って帰るお客さんも多い。「ちょっとした手土産に使ってもらいたくて始めた」という長方形のパウンドケーキ。最初はなかなか売れなかったそうだが、最近では知名度が上がって選ばれることが増えてきたそう。種類も少しずつ増えている。たしかにこれは、ホームパーティーのデザートとして手土産に持っていったら、喜ばれそうだ。サイズ感もちょうどいい。家族連れのお客さんが多いことから、お菓子に入れるお酒の量を控え目にし、なるべく価格設定も抑えている。「僕のなかで、たとえば4人家族でケーキ4個買ったときに2000円ぐらいだと嬉しいな、みたいな感覚があって。デパートだとひとつ700円〜1000円するものも増えているじゃないですか。正直、材料原価はどこもほぼ変わらないんですけどね。でも僕が目指しているのは、5年後も10年後も変わらずに地域に根付いている、人にもお財布にもやさしい町中華みたいなケーキ屋さんだから」町中華みたいなケーキ屋さん。その言葉や心意気に、ぐっと心を掴まれてしまった。そんな地域に根ざしたお店を、ここ仲宿で始めるに至った経緯についても少し紹介したい。克彦さんのパティシエとしてのキャリアは、平塚のお店から始まった。日本菓子専門学校を卒業後、平塚の「Ashi」、川崎の個人洋菓子店で働いたのち、勉強のために一年間フランスへと渡っている。帰国後、フランス菓子で有名な洋菓子店「レトルダムール グランメゾン白金」に就職。そのセントラルキッチンが志村三丁目にあったことから、自身も板橋区で暮らすようになった。2年目からはシェフになり、計11年レトルダムールに勤めた克彦さん。30代後半にはそろそろ独立したいという思いが強くなっていたという。「自分のお店を持ちたいなと思ったときに、せっかくなら10年以上住んできて土地勘もある仲宿の辺りでやれたらいいなと。仲宿は、日本橋を出発して最初の宿場町で、そういう歴史的背景も含めて好きだったし、当時はまだ仲宿商店街にケーキ専門店はなかったんですよ。それで物件を探していたところ、酒屋さんのおじいちゃんが引退されるということで、この物件が空いたんです」元酒屋さんだった物件は、本来の希望よりも少し小さい間取り。迷ったが、思い切ってここで店を始めると決めた。「まずは始めないと、前に進まないなと思って」。こぢんまりとした厨房のなかでは日々、克彦さんを含めた4~5人のパティシエたちの手でお菓子がつくられている。職人が集う空間には、ぴりついた空気が漂っているイメージがあったが、このお店の厨房は和気あいあいとした雰囲気だ。オーナーシェフである克彦さんの人柄が、そのまま仕事場の雰囲気にもあらわれているのだろう。今厨房でパティシエとして働くのは、お客さんとしてこのお店を気に入って入社した方、克彦さんの卒業校であり、現在は講師を務める日本菓子専門学校の後輩たち、板橋区で働きたいとお店を探して福島からやってきた新人さんなど、さまざまだ。小さなお店だからこそ、混雑したときにはパティシエが自ら接客に立つこともある。克彦さん自身、かつて個人店で働いたのはパティシエと並行して接客を学ぶためだったそうで、その重要性は強く感じているという。「やっぱりただ作り続けていると、お客さまの気持ちってわかりづらくなっちゃうんですよね。作り手の一方的な自己満足になるのは違うし、作りたいものを作って終わりじゃない。僕はお店の運営において接客が50%、商品が50%だと思っていて、接客が最悪だったらどんなに美味しいものでも美味しいと思えないじゃないですか。それは逆も然りで。だから、スタッフのみんなにはつくるのと同じくらい、接客も大事にしてほしいなと思っています」そうした一つひとつの丁寧な積み重ねがお店のファンをつくり、認知度は着実に上がっている。毎年誕生日ケーキを楽しみにしている家族や、引っ越しをしても、「息子がここのケーキに胃袋を掴まれているから」と板橋に来るたびに寄ってくれるお母さん、仕事帰りに自分のご褒美にお菓子を買っていくサラリーマンなど、幅広い人に愛されるお店になった。クリスマスケーキの予約にしても、オープン当初は3週間~1か月で300台の注文だったが、今では初日だけで同じ数の注文が入り、予約を締め切るスピードは年々早まっている。需要が増えていることを肌で感じつつも、あくまで地域密着を掲げてやっていく決意は変わらない。「インターネット販売を始めれば、お客さまんの対象は全国に広がって集客も上がりますよね。でも僕らは規模が小さいぶん、お菓子を作れる数も決まっています。手を広げたことで、今まで信頼して、買いに来てくださっていた地域のお客さまに迷惑がかかっちゃうのは嫌なんです。だからこれからも手の届く範囲で、やっていくつもりですね」一時は移転も検討したこともある。本音を言えば、もう少しだけお店の規模を大きくできるのが理想だけど、今は仲宿から移ることは考えていない。「新潟の田舎で生まれたから、あんまり都会的じゃないこの下町感が僕には合ってるかなって。30のときにこのまちに住み始めてもう18年だから、地元にいた期間とほぼ同じになっちゃってる。ここが本当に一番の故郷になっちゃうかもしれないですね」慣れ親しんだこのまちで、地域の人たちに喜んでもらうためにやっていく。克彦さんのやわらかな笑顔の奥には、たしかな覚悟を感じた。近くの会社で働く人たちが、お昼休みにシュークリームやケーキをひとつだけ買って、お弁当の上に乗せて帰っていく、というお話を聞いて、ふと思う。そうか、大人になったのだから好きなときにケーキを買って食べてもいいんだよな、と。行きつけのケーキ屋さんの存在は、年齢関係なく日々のご機嫌を支えてくれるお守りになるだろう。