「いろんな仕事を頼まれますけど、できないって言ったことがないんですよね」そのぶんみんなに迷惑かけちゃってるけど、と少し申し訳なさそうに笑うのは、「LOVEフラワー」の創業オーナー・奥村茂樹さんだ。それを聞いて、店内で作業していた女性のスタッフさんから「本当ですよ」という声が飛んできた。でもその声は明るく、きっと和気あいあいとした仕事場なんだろうな、とほっこりする。1972年創業。仲宿商店街で生花・花鉢、観葉植物を販売する生花店だ。花束・アレンジメント、スタンド花など、お客さんの要望に合わせて幅広く対応している。なかでもアレンジメントが評判で、クチコミから広がってさまざまな注文が日々舞い込んでくる。オーナーの奥村さんは今も現役。3人のスタッフさんとともに、日々アレンジメントに携わっているという。「うちはいろんなタイプのお客さまがいらっしゃいます。ご近所の方はもちろん、学校関係や区役所の方、あとは会社さんとか。だから、扱っている商品は結構幅広いかな。まあ、個性がないといえばないようなお店だと思うんですけど」「ほらこれ」と見せてくださった奥村さんのスマートフォンの中には、卒寿のお祝い、卒業式、成人式、母の日、プロポーズなど、誰かの大切な日のためにつくられた華やかなお花たちの写真が並んでいた。会場用の大きな花を担当することも多く、板橋区役所の正面玄関や、サントリーホールの「ニューイヤー・コンサート」に飾る花を請け負ったこともあるのだそう。「私のアレンジは、洋風のものと和風のものをミックスさせるんですが、結構それで評判が良いんですよ」と、ちょっと照れくさそうに微笑む。お客さんが書いてくれるGoogleのクチコミが、励みのひとつになっているようだ。そんな奥村さんが花の世界に入ったのは、実のお姉さんが花屋に嫁いだことがきっかけだった。自身もお店の手伝いをするなかで花を覚えたのだという。その後、とある駐車場の持ち主に「この一角で花を売らせてほしい」とお願いをし、露天商からキャリアをスタート。しばらくは市場で買い付けた花をまちで直接お客さんに売りながら、専門学校に通う生活を送っていた。このLOVEフラワーを立ち上げたのは、33歳のとき。ずっと屋外でお花を売ってきた奥村さんにとって、念願の自分のお店だ。「なんとかね、借金三昧で建てました。仲宿商店街でお店をやりたいと思って、この辺の人に聞いたら、『良くはならないかもしれないけど、悪くはならないよ』って。ここは、当時からそんなふうに言われる商店街だったんですよね」当時からさまざまなお店が並び、活気があったという仲宿商店街。LOVEフラワーはオープン以来、こつこつとファンを獲得し、商店街の花屋さんとして愛される存在になった。時代の移り変わりにもきちんとアンテナを張り、その時々の流行や需要にも柔軟に対応してきた。「時代の波にはいつも乗っていたいと思いながらやってきました。たとえば、昔はお客さんがお花を一本ずつ選んで買うのが当たり前だったけれど、はじめからブーケになっているものや、アレンジされているものが好まれるようになったりとか。色合いの流行も時代によって変わります。いくら自分でいいものをつくったと思っても、結局はお客さまに支持されないとダメですから」お客さんに喜んでもらうのが仕事。奥村さんはそう言い切る。「せっかくうちに頼んでいただいたからには、お客さまに喜んでもらいたいという気持ちが強いです。喜んでもらえたら、自分も喜ぶ。もし3,000円のお花を頼まれたら、そのなかでできる限りのことをして、お金を払ってよかったなと思ってもらえるようにつくります」お花屋さんでブーケをお願いすると、色とりどりの花の中からぱぱぱっと選び、それらをバランスよく組み合わせ、あっという間に美しい束に仕上げてくれる。まさに職人技。かなり個人のセンスが問われそうな仕事だが、いったいどうやってお客さんに喜ばれるものをつくっているのだろう?「まずは、お客さまとお話をしながら、どういうお花が好きかとか、どんな雰囲気にしたいかを教えてもらって、それに合わせてつくっていきます。そのときに、どれだけ自分の中に引き出しがあるかが大事ですよね。これまでに喜んでもらったものをインプットするのはもちろん、たとえば、私が合わせたことがなかった花をお客さまが選んで素敵だなと思ったら、それも引き出しに入れる。そういうことの積み重ねです」引き出しがたくさんあれば、それだけお客さんの要望に応えられる。奥村さんが難しい相談を断らないのも、経験に裏打ちされたたしかな技術があるからだ。花を組み合わせる上では、主役、脇役、その他大勢というバランスが重要らしい。花束の主役というと、バラやガーベラのように華やかで目立つ花を想像しがちだ。実際のところ、どんな花でも主役になり得るのかと尋ねてみると、「なれますよ」と奥村さんは即答する。「色合いや量を調整すれば、どんな花だって主役になれます。だから、ブーケをつくるときに『どの花を入れたいか』と聞かれたときは、本当に好きな花を言うのが一番ですよ。そうすると、花束に個性も出てくるしね」素敵だと思った。今までは何となく自信がなくて、お花屋さんにお任せにすることが多かったけれど、もっと素直に自分の“好き”を伝えてみてもいいのかもしれない。お客さん一人ひとりの思いに寄り添い、花で表現しつづけて50年以上。一番多いときは仲宿商店街だけで5軒あったというお花屋さんも、なくなったり、新しくできたりして今は3軒になった。LOVEフラワーには半世紀分の歴史が刻まれている。時代によって変わるのは、流行や需要だけではない。かつて花の仕入れはセリが一般的だったが、今ではWebが主流に。花の価格も年々高騰し、仕入れはどんどん難しくなっているという。お花を買う立場としては、もちろんできるだけ安い方がありがたい。奥村さんとしても、お客さんに喜んでもらうために、なるべく安く仕入れているというが、それもきっと簡単なことではないはずだ。思わず「大変ですよね……」とつぶやくと、意外な言葉が返ってきた。「いやいや、大変じゃないですよ。大変だと思っちゃうから大変なだけで、むしろ面白いと思ったらいいんです。そういうのって、クリアしたら楽しいじゃないですか」なんというポジティブマインド。あっけらかんとした答えに、少し拍子抜けしてしまった。ちなみに、ピンチな状況があったとしても同様に、ピンチとは思わないという。「ポジティブすぎて、みんなを困らせちゃうんですけどね」。生きてきたなかで自然と身についた考えらしいが、何があったらこう思えるのだろう。むしろ数々の荒波を潜り抜けてきたからこそ得られたマインドなのか......。真逆のネガティブ人間として考えを巡らす私を見て、奥村さんは笑いながら言った。「全然たいしたもんじゃないですよ。結局、いつもなんとかなってるから。何かあったときは、これを乗り越ればきっと面白いよって思っていれば大丈夫」その言葉を聞いて、すっと肩の力が抜けた。取材が始まる前より少し元気になっている気がするのは、お花の癒し効果だけでなく、奥村さんの気さくな人柄とポジティブパワーのおかげだと思う。来れば元気になれる花屋さん、最高だ。「花って本当にいろんな種類があるし、どう扱うかによって見え方もすごく変わるから、そういう意味ではすごく楽しい仕事だなと思います。いつまで続けられるかわからないけれど、できるところまで頑張りたいですね」帰り際、奥村さんのご厚意で、可愛らしいスイセンの花をプレゼントしてくれた。花が一輪あるだけで、その場の雰囲気も、見る人の心も和む。「私らにとっては、一輪からありがたいお客さんですよ」という奥村さんの言葉に背中を押され、もっと気軽にお花屋さんで花を買う生活を送りたいと思った。誰かのためだけでなく、自分のために買う花も、きっといいものだから。