商店街などで見かける、昔ながらの婦人雑貨店。たいてい上品でおしゃれなマダムがいて、質の良さそうな洋服やカバンなどの雑貨が並んでいる。ミセス・シニア世代でなければ、なかなかお店に足を運ぶ機会はないかもしれない。正直なところ、私もお客さんとしてお店に入ったことはなく、今までは横目で通り過ぎてしまっていた。でも今回、「また来たい」と思う婦人雑貨店との出会いがあった。東武東上線 上板橋北口から徒歩5分ほどの場所にある「MORE」だ。鮮やかなブルーグリーンの看板に、白い「MORE(モア)」の字がよく映える。創業から60年以上。婦人服を中心に、バッグや傘、財布、ハンカチ、タオル、スカーフ、靴下などを扱う老舗ブティックだ。4階建てで、2階から上が住居になっている。お店を訪ねると、3人の女性が明るく出迎えてくれた。お店のオーナーである田鶴子(たづこ)さんと、その娘の親香子(ちかこ)さん、そしてその幼馴染の圭子さん。圭子さんは「ようちゃんのへや」というハンドメイド雑貨のクリエイターで、ここに作品を卸しているのだそう。取材を始めようと準備をしていたら、田鶴子さんが「よかったらこれ食べて」と、むいたりんごを出してくれた。可愛らしいうさぎの形をしたりんごは、蜜がたっぷりで甘い。まるで、親戚のおうちにお邪魔しているかのような錯覚に陥ってしまう。このりんごは、田鶴子さんの故郷・福島のものだという。福島の会津で生まれ、こちらの方に出てきてからは船橋で下駄屋さんの仕事をしていたという田鶴子さん。その関係で、高田馬場の履き物屋さんで働いていた佐七さんと知り合い、結婚。独立をして、ここ上板橋に自分のお店を構えることになった。昭和の上板橋北口には複数の商店街が広がっており、たくさんの商店や店舗が並んでいて、とても賑やかだったそう。時計屋さんにブティック、駄菓子屋さん……。しかし、時代の流れとともに着物を身に着ける人が少なくなり、同時に下駄などの履物の需要も減っていく一方だった。そこで今から35年ほど前に、建物を建て替えるタイミングで婦人雑貨店にリニューアルし、現在のMOREの歴史が始まった。「私は船橋の下駄屋さんで働いていた頃から、浅草辺りの問屋事情をよく知っていたんですよ。そのなかに、女性の洋服とか雑貨とか、自分で扱ってみたいと思うものがいろいろあったから、そういう商品を仕入れて婦人雑貨店をやることにしたんです」ちなみに、夫の佐七さんはラーメンづくりの修行をし、MOREのすぐ目の前の物件を借りて、ラーメン屋さんを新たにスタート。そちらを一緒に手伝う選択肢もあったが、「ラーメン屋は足腰を痛める」と佐七さんに言われたそうで、田鶴子さんは自らお店を始めるに至ったのだった。娘の親香子さんは、別のまちで会社員をしていたが、50歳を前にこの上板橋に戻ってきた。今では、親香子さんが中心になって、商品の買い付けや店舗の運営などを行なっている。店内で目を惹くのは、お出かけ用のおしゃれ着たち。ミセス・シニア層がゆったりと着やすい服が揃っている。定番の日本製インナーやセミオーダーのニット商品、作家さんから仕入れた一点ものの商品も。「じつは母(田鶴子さん)は20年以上、詩吟の先生をやっていて、そのお弟子さんに二ット作家の方がいるんですよ。その方から仕入れた二ットも置いています」なんと、先生の顔も持つ田鶴子さん。ちなみに、「親孝行だと思って」と、親香子さんも生徒としてその教室に通っているんだそう。もともと、田鶴子さんと同世代のお客さんが多いMORE。お友達感覚で立ち寄ってもらえるようなお店を目指して、日々営業を続けてきた。しかし、創業から月日が経てば、そのぶん昔馴染みのお客さんも年齢を重ねていく。これからもお店を続けていくためにも、よりお客さんの層を広げようと、親香子さんはさまざまな取り組みをしている。たとえば、来店するのが難しい方でもお買い物ができるようにと、ネットショッピングや板橋区内を中心に社会福祉施設への出張移動販売を始めた。「お知り合いのおばあちゃんが施設に入られたんですが、すごくおしゃれな方だったんです。でも施設に入ると、なかなか自分でお買い物に行けなくなっちゃうんですよね。ご高齢でも、たまにはおしゃれをしたいと思う方はきっといるはず。そういう気持ちに寄り添えたらと思って始めました」とても素敵な試みだと思った。新しい洋服を買うという行為は、変わり映えのない日々に小さな希望や光をもたらす。それは、いくつになってもきっと変わらない。また2017年からは、セレクトショップの「ねこずモア」として、マグカップやぬいぐるみ、ハンドメイド作品などの猫雑貨を取り扱っている。なぜ猫なのか? そう、このお店を紹介する上で忘れてはならない存在がいる。「ほらほら、宗ちゃん、まる子!おいで!」親香子さんが海苔の缶をカンカンと叩くと、お店の奥の方からぴょんと、猫が1匹飛び出してきた。唐草模様のバンダナがトレードマークで、まあるいお顔と小さな耳が可愛らしい猫ちゃん。副店長の宗太郎(そうたろう)だ。能天気で甘えん坊な性格らしい。そして、こちらが店長のまる子。いないと思ったら、足元に隠れていた。真っ白で毛並みがふわふわした猫ちゃんだ。人に近寄ってくる宗太郎に比べて、我関せずのようす。ツンとおすまししていて、我が道を行くタイプと見えた。彼らはどちらも、乾燥海苔が大好物だそう。ちぎった海苔を鼻先に差し出してみると、ぱくぱくと食べてくれた。その姿が可愛くて、永遠に眺めていたくなる。先にまる子が、その半年後に宗太郎がやってきたので、順番に店長と副店長に任命。ちなみに、2匹同士はそんなに仲が良くないらしい。「経営が厳しい状況もありましたが、毎日まる子と宗太郎の様子を見に、お店に来てくださる方が増えてきました。本来であれば、うちのお店のお客さんではないような層の方も、たまにいらしてくれるんですよ。たとえば、20〜30代の男性が猫のマグカップを買っていってくれたりね」取材中にも、道行く人がわざわざ自転車を止めて、宗太郎を撫でていった。宗太郎は「にゃるそっく」という名のパトロールによく出掛けるため、まちの人たちからも認知されているらしい。立派な看板猫だ。猫たちをきっかけに、今までになかった新しい縁が繋がっていく。その流れで、「若い世代の皆さんにも、お母さん・おばあちゃんへのプレゼントなどでこのお店を利用してもらえたら嬉しい」と親香子さんは言う。MOREで販売されている洋服たちはお手頃なものもあるが、ファストファッションに比べれば決して安価ではない。でもそのぶん、商品の質の良さと丁寧な接客・アドバイスで、お客さんに満足してもらえる自負もある。「少しお高めなお洋服を、迷いながらも思い切って買ってくださった方がいて、後日『食事の時にお友達に褒められた』と報告に来てくれたんですよ。ああ、買っちゃったな……という後ろめたいような気持ちでいるのではなく、そうやって嬉しそうに話してくださったのがとても嬉しかったですね。その方は今ではお得意さまに。良い信頼関係が築けています」数万円単位の商品もあるからこそ、親香子さんはシニア世代のお客さんにも、いたばしPayの利用を積極的に勧めている。実際に、登録やチャージ、ポイントの使い方までサポートしたことも一度や二度ではない。「いたPayサポート店として、まちの皆さんに認知してもらえたらいいなって。ご家族のなかにもし、いたばしPayを使ってみたいという方がいれば、『MOREさんのところに行ってみなよ』と助言していただけたら、できる限りお手伝いできればと思っています。それがきっかけで、うちのお店を知ってもらえたら私たちも嬉しいですしね」かつてあった商店の多くは店を畳み、今はどちらかと言えば住宅街の印象が強い上板橋北口商店街。コロナ禍や災害直後は、高齢の方ほど買い物を控える傾向が多く、それはMOREの売上にも大きな影響を及ぼしている。今も完全に客足が戻ったわけではなく、課題もたくさんある。「それでも、昔からあるこのお店を、このまちで続けていくことに意味があると思うんです」と親香子さんは言う。猫と触れ合うもよし、おしゃべりをしにくるもよし。お店を続けられる限り、地域の人の拠り所、家に帰るまでの一呼吸置ける場所でありたい。そんな思いで、MOREは今日も変わらずにお店を開けるのだ。「また遊びに来ます」帰り際、気づいたらそう口にしていた。社交辞令ではなく、心からの素直な言葉だった。そうしたら、田鶴子さんがお土産にと、りんごを一玉持たせてくれた。とことんあたたかくて、なんだかもう他人ではないような気持ちになる。このお店に来ると、気づいたらちょっと元気になっている。そんな素敵なブティックだからこそ、世代を問わずたくさんの人にこのお店に出会ってほしいなと思う。※2024/1/23取材時点。扱う商品に変更の可能性があります。