板橋区南エリアには、かつて江戸と川越を結ぶ往還として整備された川越街道の一部が残っている。昭和初期以降、そこに残された5本のけやきは「五本けやき」と呼ばれ、現在も地域のランドマークとして親しまれている。そんな五本けやきの目の前に昭和40年から店を構えているのが、「丸正スポーツ」だ。お店にはバスケットボールやサッカーボール、衣類、小・中学生向けの体操着、帽子、スポーツシューズなど、幅広い商品が並んでいる。現在の丸正スポーツを運営しているのは、2代目の鴇崎(ときざき)夫妻。もともとは、奥さんのご両親が小物や雑貨、紳士衣料品を扱うお店としてオープンした。「器用だった父は、終戦後に海外から輸入されたジーンズを日本人向けに修理する仕事をしていたんです。当時、今の城北中央公園の場所にあった立教グラウンドで野球をしていた学生さんたちが店の前を毎日のように通っていて、なかにはジーンズを購入してくれる方もいました。そんなある日、学生さんから『おじさん、グローブを調達してくれ』と言われたのが、スポーツ用品店としての始まりです。当時はグローブをどこで買っていいかわからない方が多かったので、この店に来たらすぐに買えるようにと、父はまちにグローブの仕入れ先を探しに行き、この『丸正スポーツ』で販売するようになりました」「店の名前を残し、次の世代に繋ぎたい」というお父さんの願いを叶えたのが、義雄さんだ。当時、スポーツメーカーに勤めていた義雄さんは、担当だった丸正スポーツに営業で訪れたことがきっかけで奥さんと出会い、ふたりは結婚。「お店を継いで欲しい」というお父さんの思いを受け、2代目としてこの店を引き継ぐことになった。それからもう、40年が経つ。「主人は真面目で仕事熱心だから、こういう小売業に適していると思いますね」と奥さん。「家内は喋るのが得意だから、話したくて来る人も結構いるよ(笑)」と義雄さんが続ける。こんなふうに、あたたかな夫婦の会話が重ねられていく。和気あいあいとした雰囲気はとても心地よく、ふたりと話したくてこのお店を訪れる人の気持ちがわかるような気がした。しかし現実を見れば、丸正スポーツのような小売店は年々減少している。インターネットが発達し、ものが簡単に消費されがちなこの時代に、小売店だからできることは何なのか。義雄さんは、それを常に考えているという。「今は、なんでもネットで簡単に購入できる時代じゃないですか。昔はこの辺りにもスポーツ用品の小売店がたくさんありましたが、今ではうちともう一軒しかありません。そこで生き残っていくには、グローブの修理から手入れ、ラケットの張り替えまで、何でも対応できないとダメなんですよね」そこで丸正スポーツでは、こんなサービスも展開している。「グローブなどの用具は、革製品なので子ども用でも結構値段が高いですし、適切な手入れをしないと長持ちしません。しかも最初は、革が硬いので扱いにくいんですよね。そこで商品を購入いただいた方には、一週間ぐらいお預かりして、お子さんでも握りやすいように革を柔らかくするサービスを無料で提供しています」丸正スポーツには、幼稚園や小学校で初めてスポーツを始める子どもたちも多く訪れる。初めて手にしたスポーツ用品が壊れても、修理をすれば長く使い続けられるのだと経験することは、彼らにとって貴重な学びとなるはずだ。また、義雄さんはもう60年以上の付き合いになる地域の野球チームのグローブを「この店で買ってくれたから」と、今でも修理し続けている。丸正スポーツの存在が、この地域でスポーツを続ける多くの人の支えにもなっているのだろう。商品を販売するだけでなく、その後のケアをきちんとすること。大切なものが長持ちするように、お客さんが少しでも喜んでくれるようにと真摯に向き合うことは、決して誰にでも真似できることではない。そうした姿勢が、世代を超えて地域の人々に愛され、親しまれる理由なのだと確信した。かつては小・中学校の体操着や上履きなどの指定店舗だったが、今はそれらが自由販売となり、丸正スポーツにも大きな変化が訪れた。イオンなどの大型店を含め、どの店舗から購入するかは生徒の自由だ。ここでも、小売店ならではのサービス精神が垣間見えた。「なるべく多くの生徒さんに来店してもらえるように、カラーでチラシを印刷して配っているんです。購入してくれた方には、名前や学校マークのワッペンをサービスで付けてあげたりね。こうやって、大型店と差別化できるように考えながら取り組んでいるんですよ」さらに驚いたのは、購入者の情報を一枚ずつファイルにまとめて保管していること。毎年積み重ねられるこれらの資料は、すべて大切なお客さんのため。「これをとっておけば、次に買ってもらうときにもサイズがわかるでしょう?もしご兄弟がいらっしゃって、『お兄ちゃんのパンツは何サイズかわかりますか?』と聞かれても、すぐにお答えできるんです」時代が変わりゆくなかで、いかにして生き残り続けるかを試行錯誤する義雄さんの姿勢や、その真剣な眼差しからは、何か覚悟のようなものを感じた。そんな様子を側で見守る奥さんは、こう語る。「主人みたいに親切にしてると、巡り巡ってまた戻ってくるんですよ。だから、お客さんに対する親切や配慮を忘れずにいれば、きっと商売も良い結果に繋がるんじゃないかと思いますけどね」長年、地域の人々を支えてきた丸正スポーツのおふたりに、このお店を営んでいてよかった瞬間を聞いてみると、「お客さんが喜ぶ姿を見たとき」という答えが返ってきた。「ある男の子のグローブを柔らかくしてあげたのかな。そしたら、やっぱりすごく使いやすくなったみたいで、大事な試合で使えたと、わざわざ手紙を書いてきてくれたんです。サービスをしてあげたり、大切な日に間に合わせてあげたりすると、喜んでもらえるんですよ。そういうのが我々の喜びですね。やっていてよかったというこの気持ちは、お金には変えられないですよ」お話を聞けば聞くほど、お客さんへの思いやりやお店への愛が伝わってくる。生まれ育ったこのまちで、来てくれるお客さんに喜んでもらうために、精一杯のサービスをする。鴇崎夫妻の笑顔と心のこもったサービスが、これからも地域の人々に心地よい安らぎと喜びを届け続けてくれるだろう。スポーツを始めようと思ったときには、ぜひ丸正スポーツを訪れてみてほしい。