昔の日本では、野菜は八百屋さん、お肉はお肉屋さん、魚介類はお魚屋さんで買うという文化があり、これらの商店が地域の人々の生活を支えていた。かつての賑わいに満ちた商店街の様子を想像すると、どこか懐かしい気持ちになる。上板橋北口商店街「マイスターかみいた」もまた、上板橋の人々の生活を支えてきた商店街のひとつである。そんな商店街の中に、時代を超えて愛されてきたお肉屋さんがある。「有限会社 金内畜産やまとや」だ。お店の前には、目を引く真っ赤な車のオブジェがある。1973年から今まで、この車は地域の子どもたちに親しまれてきた。車の後ろの壁には「いらっしゃいませ やまとやです」と大きく平仮名で書かれ、ドアには可愛らしい豚や牛のイラストが描かれている。店頭には、精肉をはじめ、コロッケやシュウマイ、肉団子、ハンバーグ、マカロニサラダなどの自家製の惣菜までが幅広く並んでいる。ここに来れば、今日の晩御飯の献立が一気に揃うような豊富な品揃えは、見ているだけでワクワクする。現在、お店を営んでいるのは2代目の金内清孝さん。やまとやは、ご両親の代から始まった。金内さんはこのお店を継ぐ前、アパレル会社に勤めていたという。しかし勤めて5年ほど経った頃、お父さんの体調が悪くなったことをきっかけに、お店を継ぐことを決意。とはいえ、肉を扱うことは容易ではないため、約2年間の修行を経て、2代目としてお店を引き継いだ。「親が始めたこのお店を、親の代で終わらせてしまうのはもったいないと思ったんです。小さい頃から両親の仕事を見ていたので、お肉を扱うことに抵抗はなかったから。親は最初から継いで欲しかったと思うけれど、自分がやってみたいことを少しさせてもらって。そこからは、ずっと肉屋です」金内さんがやまとやを継いでから、もう30年が経とうとしている。「この地域に昔から住んでいる常連さんも多いですね。今では、両親が営んでいた頃から来てくれている方のお孫さんが来てくれることもあります。店の前にある赤い車に乗っていた子どもが親になって、今はそのお子さんが乗っていたり。3世代にわたって来てくれる方がいることは、嬉しいですね」取材中、店を訪れた子連れのお母さんも、長年通ってくれているお客さんだという。一緒に来ていたお子さんは、以前赤い車に乗ったことがあるそうだ。将来、彼女がもし親になる日が来たときは、その子どもも赤い車に乗るのだろうか。また、店内のソファ椅子に長時間座って何かを待っているお客さんの姿もあった。しばらく待った後、金内さんから品物を受け取り、笑顔でお店から出ていく姿が印象的だった。「あの方は、揚げたてのグラタンコロッケが欲しいと言っていたので、新しく揚げていたんです。カラオケに持っていくとみんなに『美味しい』って喜んでもらえるからと、カラオケに行くときはいつもわざわざお店まで来て買ってくれるんですよ」その常連さんにとって、やまとやで揚げたてのグラタンコロッケを買うことは日々のルーティンであり、楽しみとなっているのだろう。顔馴染みの人が多く訪れてくれることを嬉しそうに話す金内さんの表情は、とても生き生きしていた。これらのエピソードからもわかるように、金内さんは日々お客さんの要望にできる限り応え、喜んでもらえるように努めている。やまとやがこの地域で世代を超えて愛され続けている理由は、こだわりの味だけでなく、金内さんの温かいコミュニケーションや気配りにもあるのだろう。やまとやのコロッケや串焼き、シュウマイなど、自家製の惣菜の味は、創業当初から変わらない。時代を超えて、こだわりの味を守り抜いている。特に、具がぎゅっと詰まったシュウマイには多くのファンがいる。玉ねぎとひき肉を合わせたタネをたっぷりと詰め込んで作られるそれは、食べ応えがあると好評だ。また、「豚の味噌レバーカツ」は、レバニラ炒めやソテー用に生で売っていた豚レバーをもっと美味しく楽しんでほしいと考案された人気商品。自家製の味噌をまぶして衣をつけ、油でカラッと揚げて作る。「お友達に2枚持って行ってあげるから、私が5枚買う」と言って買っていくお客さんもいるそう。お客さんからお客さんへと、美味しい連鎖が広がっている。また、やまとやは店頭販売だけでなく、保育園にも鶏肉や豚肉を配達している。なんと約30年以上前から、配達を続けている保育園もあるという。時代の変化とともに、配達業者からのオファーも増えたが、地域の小売店としてお客さん第一であるという姿勢は変わらない。「ここへ来てもらえれば、『今日はいいお肉入ってきてるよ』ってお客さんに勧めることもできるし、『最近どうなの?』って話すこともできるしね。大型のスーパーだと陳列された商品をバーッと買っていくことが多いけれど、それだとちょっと寂しいなって。やっぱりお店に来てもらうことに意味がありますからね。お客さんと対面で話すことや、個人店だからできることを大切にしていきたいと思っていますから」お店へ足を運び、店主とコミュニケーションを交わしながら、買うものを決めていく。これは個人店ならではの、豊かな買い物体験だ。会話を重ねることで、自分が知らなかった種類のお肉や、その時にしか買えない惣菜に出会うきっかけが生まれる。30年以上地域の人々と関わってきた金内さんは、「美味しい」というお客さんからの声が一番の励みになっていると語ってくれた。「子どもがお肉や惣菜を食べて、美味しいって言ってくれる瞬間がとても嬉しいですね。子どもの舌って正直だから、不味ければと不味いって言うし、 美味しければ美味しいって言ってくれるじゃないですか。だから、子どもの美味しいという声が聞こえたときに喜びを感じます」やまとやでは、さまざまな決済方法を導入している。これは、お客さんがより便利に買い物できるように、という思いの表れだ。また、お店の目立つ場所にいたばしPayのポスターを掲示しているのは、生まれ育った地域の方々に、便利ないたばしPayのことを広く知ってもらいたいから。導入後、いたばしPayを使う人や若い世代のお客さんも増えているという。「最近は、気軽に買いに来てくれる若い人が増えましたね。常連さんにもいたばしPayのことを教えてあげると、『ポイントがたくさん貰えて嬉しいわ』と喜んでくれる人が多いです。板橋区のものだから、知らない方にはチラシを渡したり、使い方を教えたりして、どんどん広めていきたいなと思っています」ここ上板橋で生まれ育ち、時代や地域の変化を感じながらも、小売店ならではのサービスを提供し、お客さんとの関わりを大切にしてきた金内さん。かつての暮らしがそうであったように、「美味しいお肉や惣菜が食べたくなったときは、やまとやに行こう」という選択肢が、このまちにはある。時代が変わっても、変わらないもの。その尊さを感じられた、穏やかな時間だった。