SNSを見れば、趣向を凝らした糖質・脂質オフのダイエットレシピや、自宅でできるワークアウトの動画が数多く並び、コンビニで「タンパク質が〇gとれます」「1日分の野菜が入っています」などと表記されたお弁当やお惣菜も珍しくなくなった。ヘルシー志向が強まるこの時代に、ボリューミーさを売りにした“ハイカロリー弁当屋”として、まちの人に愛され続けているお弁当屋さんがあるらしい。東武東上線 上板橋駅北口から徒歩5分。茶色の看板に稲穂のマークが目印の「まごころ大高」だ。種類豊富な手づくり弁当を提供している。オープン準備中の慌ただしい時間ということもあり、少し恐縮しながら店内に入ると、「おはようございます!」と店主の大高博信さんがよく通る声で出迎えてくれた。もともとこのお店は、昭和50年頃に博信さんのご両親が始めた。当時の店舗はちょうどはす向かいにあったが、老朽化による取り壊しで、2005年に現在の場所に移動してきたそうだ。そのタイミングで博信さんがお店を継ぎ、「まごころ大高」として再スタートを切った。まごころ大高のお弁当は、公表しているメニューだけで65種類ほど。どれもボリュームたっぷりで、ご飯の量は半ライスからメガ盛りまで5段階から選べる。「メインのお客さんは30~40代の男性ですが、下は高校生から上は60代のおばあちゃんおじいちゃんまで、幅広い世代の方にご利用いただいています。若い女性も結構多いんですよ」店内のキッチンでは、スタッフさんたちがてきぱきと調理をしていた。からあげに、さまざまなフライ、肉野菜炒め、肉じゃが、ビーフシチュー……などなど、とにかくすごい数の品が次々とできあがっていく。朝ごはんを食べそびれたのも相まって、その美味しそうな匂いに小さくおなかが鳴った。このお店の人気NO.1は、「日替わり幕の内弁当」。1日100食ほど出て、売上の半分を担っている。煮物、揚げ物、焼き物、卵料理、野菜の和え物などに加え、その日の市場で安く仕入れられた食材や、旬のものを使った、9品のおかずが日替わりで入っている。これらのおかずの組み合わせは、毎日丸ごと変わるそう。考えるのが大変そうですね、と言うと「楽しいですよ」と博信さんは笑う。聞けば、前職で約4万食のお弁当をつくる調理長としてメニュー開発や大量調理をしていた経験が、今の仕事に活きているのだという。高校卒業後に大阪の調理師学校に通い、その後ホテルのキッチンでフランス料理、日本橋の割烹で和食を勉強していたという博信さん。20代後半になり、今後家業に活かせることがあればと、日本橋の「おべんとう い和多(いわた)」でお弁当の世界へ。ここで経験を積み、37歳のときに家業を継いで「まごころ大高」の店主となった。ちなみにお弁当のボリュームを強みとして打ち出したのは、博伸さんがお店を継いで少し経ってからのことらしい。「最初は、すべて両親から引き継いだメニューで営業していました。1年くらいやってお客さんの好みもわかってきたし、そろそろ周りのお弁当屋さんとの差別化も意識しなければならないなと。当時もヘルシー志向の時代で、1食あたり500kcal以下のお弁当が主流だったんですよ。コンビニのお弁当もそんなに大きくないし、自分も含めて1個じゃ足りない人もいるよなって。そこで、周りがあんまりやっていない大きいお弁当をうちでやってみようかなと思って、ボリュームのあるメニューを開発をしていきました」数年前には、ハイカロリー弁当屋・まごころ大高らしい、おなかいっぱい食べたい人の心を満たすデカ盛りシリーズが生まれた。その名も、「まごころ四天王」。「肉ばっかり、肉まみれの弁当をやってみようかなと思って、つくったのが『いっさいがっさい』です。お弁当一つの重量が1.5kgほどで、2500kcal以上あります。最初は全然ヒットしてなかったんですけど、テレビで取材していただいたことがきっかけで一気に出るようになったので、似たようなデカ盛り弁当を4種類つくって『まごころ四天王』と名づけました」「いっさいがっさい」「オールスター」「ホットホットホット」「殿様カレー」というポップなネーミングも、博信さんが名づけた。「僕、こういうの好きなんです」と笑う姿から、自ら楽しんでメニュー開発しているのがわかる。ちなみに、コミカルなポスターは、イラストレーターをやっている高校の同級生にオファーしてつくったのだそう。1.5kgもあるお弁当となると、ものすごい存在感だ。それでも、今では1日平均50〜60個、土曜日は100個売れるというから、きっと密かにこうしたメニューを求めていた人が多いのだろう。冒頭でお弁当のメニューは65種類と紹介したが、実際は100種類を超える。その理由は、本来のメニューになくとも、可能な限りお客さんの要望に応えているから。「たとえば『ハーフ&ハーフ』という唐揚げと焼肉が半分ずつ入った人気メニューがありますが、これはお客さんからの要望で生まれました。人によっては、焼肉を生姜焼きや肉野菜に変えたり、唐揚げをイカフライやヒレカツにしたり。本当は何をハーフにするかは選べないんですけど、(対応)できるからやっちゃいます」お客さんに「これが食べたい」と言われれば、忙しいときを除いて大概の要望を受けてしまう。イカフライ、ハムカツ、メンチカツが乗った「イカハムメンチ弁当」は、この組み合わせが食べたいというお客さんの声から、レギュラー化したメニューだ。一見ミックスフライ弁当のようだが、それはそれで別に存在している。「やってみたら、意外と実際よく売れるってことがあるんですよ。自分の感覚とお客さんが求めるものにはどうしてもギャップがあるので、なるべく要望は受け入れています。『あ~なるほど』と思いながらね」これこそ、チェーンのお弁当屋さんにはない、個人店ならではの柔軟さだ。お客さんが求めるもの、喜ぶものを提供したい。その思いから、半年に1回は、3~4個のメニューを入れ替える。SNSなどで流行をリサーチし、取り入れることもある。何が売れるかはやってみないとわからないから、とにかくチャレンジしてみるのだ。「もともと、自分と同じようにコンビニやチェーン店のお弁当で足りなかったり、満足できなかったりする人たちの受け皿になりたいと思ってやってきました。今はお弁当や接客を通じて、お客さんと日常のなかでの小さな幸せや、喜び、感動、驚きみたいなものを共有したいというのが、一番大きいですね。生きていると、いろいろなストレスがあるじゃないですか。そのなかで、お弁当を食べる瞬間だけでもほっとしてもらいたいなって。量だけでなく、いろいろな選択の余地をつくって、幅広い方に楽しんでもらいたいなと思っています」じつはまごころ大高では、これだけボリュームやハイカロリーを打ち出していながら、ご飯を白米・もち麦・十五穀米から選べたり、糖質オフの大豆麺を取り入れていたりする。ハイカロリー弁当屋が、健康を意識……? 一見矛盾しているようでちょっと面白いが、それもさまざまなお客さんがいることを踏まえ、選択肢を増やしたいという思いからだ。お店を継いで以来、日々がむしゃらにお弁当を作り続けて、気づけばもう15年以上。今では、名前はわからなくても、顔がわかるお客さんがたくさんいる。ご両親の代から40年以上に渡って通ってくれるお客さんもいるそうだ。「15年以上、ほぼ毎日出勤して一言二言交わしていれば、お客さんの顔も、好みも、家族構成もなんとなくわかるわけですよ。日常会話をしたり、お土産や差し入れをもらったりして、お客さんと店の人というよりも、普通に親しい友達みたいな感覚になれることがすごく嬉しいんです。毎朝市場に行くときも、『これ喜ぶかな』といろんなお客さんたちの顔を思い浮かべながら食材を買います。それで実際に喜んでくれたり、Instagramのコメントで『最高だった』とか『美味しかった』と言ってもらえるだけですごく達成感がありますね」今の時代、まちを見れば店の入れ替わりは激しく、同じ場所で数年続けることさえもどんどん難しくなっている。そのなかで20名ほどのスタッフを抱えながら、さらに進化を続けるまごころ大高は、お弁当に違わず、力強くて頼もしい存在だ。取材を終え、せっかくだからとランチ用にお弁当を買わせてもらった。もち麦・半ライスでお願いしたエビチリ丼には、大きなエビがどどーんとたくさん乗っていて嬉しくなった。晴天の下、近くの七軒屋公園のベンチでエビチリ丼を食べたあの穏やかな時間は、きっとずっと忘れない。