駅前にチェーンの飲食店が充実したまちは、たしかに住みやすいまちだと思う。いつでも開いていて、誰でも入りやすくて、サクッとおなかを満たすには十分なチェーン店が揃っていると、やっぱり安心感がある。成増エリアも、まさにそういうまちだ。ないものはないのではないかというくらい、馴染みあるチェーン店がずらりと立ち並び、多くの人で賑わっている。でもいつもそれだとやっぱり味気なくて、ちょっと雰囲気がいいお店で美味しいものを食べたい日もある。たとえば、大事な打ち合わせを無事終えたあとのランチとか、久々の友人や恋人との食事とか、大切な家族の記念日とか。そういう場面で使える飲食店がじつは貴重な成増で、ぜひ知ってほしいお店がある。地下鉄成増駅から徒歩1分の場所にある「ガレリア」だ。東武東上線ユーザーは、南口から歩いて川越街道を渡るとすぐに見えてくる。創業2001年。高島平のパスタ専門店で修行を重ねたシェフの渡部正さんがオープンした、創作イタリアンのお店だ。重厚な木の扉を開け、店内に入ってみると意外と奥行きがある。カウンターとテーブル席があり、一人でもグループでも、ゆったりと食事を楽しめそうだ。昼間でもやや暗めな照明は、夜になるとさらに照度が落ち、より落ち着いた雰囲気になるという。ランチタイムは、選べる「パスタランチ」を中心に、お肉などのメイン料理がのった豪華な「プレートランチ」などがお得に楽しめる。しかも、全メニューサラダバイキング付き。彩り鮮やかなサラダを、好きなだけ食べられるというのは、常に野菜不足の現代人にはかなり嬉しいポイントだ。ディナータイムはまたがらりとメニューが変わり、種類豊富な自慢のパスタをはじめ、店内で一枚一枚ていねいに焼いている薄焼きのピザや、旬の野菜・お肉・魚を使った一品料理などが並ぶ。夜のおすすめメニューは、黒板にも。せっかくなので、おすすめのパスタをお願いしてみたところ、「あんまり見栄えしないかもしれないけど……」と言いながら渡部さんがつくってくださったのは、「海苔と柚子胡椒のクリームスパゲッティ」。「焼き海苔をそのまま茹で汁で溶かして、柚子胡椒とクリームで和えたシンプルなスパゲッティです。質の悪い海苔だと、これがなかなか散らないんだけど、純度の高い良い海苔だと、茹で汁に入れただけでサーッときれいに散るんですよ」和風のスパゲッティはいろいろあるけれど、海苔や柚子胡椒を使ったものはなかなか見たことがない。しかもクリーム系。どんな味なんだろう、と一口食べると、思わず雑な感想が飛び出した。「おいしすぎる!」海苔とクリームってこんなに合うんだ、と驚き。クリーミーな味わいのなかにある、柚子胡椒の爽やかな辛みがクセになる。派手さはないけれど、ていねいな仕事を感じるスパゲッティで、人気というのも頷ける。取材班みんなで「おいしい」と口ぐちに言っていたら、渡部さんは「よかったです」と照れくさそうに笑ってくれた。新潟県の佐渡島出身の渡部さん。もともと漠然と自分の店を持ちたいという思いがあり、高校卒業後に上京して、都内のファミリーレストランに就職した。その後、系列のパスタ専門店で4年ほど働き、知人の勧めに背中を押されて、自分のイタリアンレストランをつくることになったのだという。今二人三脚で働いている妻・恵さんとは、高島平のパスタ専門店時代に社員とアルバイトの関係で出会った。もともと恵さんが板橋出身なこともあり、必然的に板橋エリアで物件を探していたなかで、たまたま辿り着いたのが、ここ成増だった。「年末までハンバーグやパスタを出す飲食店をやっていたみたいで。年明けにたまたまこの物件を見つけて、お正月休みが明けたタイミングで不動産屋さんに相談したら、空いてるっていうので、決めてしまったんです」店名の「ガレリア(galleria)」は、ギャラリーのイタリア語。日常の中のちょっと特別な日に集まれるお店にしたいという思いから名づけた。誰でも馴染みのあるメニューをベースにアレンジしつつ、旬の食材を積極的に取り入れ、季節感を大切にしている。野菜や果物、魚、乾物など、食材は一か所からまとめて仕入れるのではなく、それぞれ専門の業者さんと直接取引しているため、旬のおいしい食材の情報を得られるのだという。初夏〜夏限定で提供しているおすすめメニューは、「白桃とマスカルポーネの生ハム添え」だ。これは……聞いただけで、そのおいしさを確信してしまう。みずみずしく熟れた白桃に、生クリームを混ぜ合わせたふんわりと軽いマスカルポーネと、塩気のきいた生ハムがのせられた、贅沢な一品。もったいなくてちょっとずつ食べたい気もするけれど、絶妙なバランスの甘味と塩味をしっかり味わうためにも、ぜひ一口で頬張ってみてほしい。とにかく口の中が幸福感で満たされる。「メロンとマスカルポーネの生ハム添え」は通年メニューだが、白桃が味わえるのは今の時期だけ。夏はほかにも、冷製パスタなどが登場するので、要チェックだ。オープンから、はや20年以上。肩ひじ張らずに、大切な人とおいしいイタリアンをゆっくり楽しめるお店として、近所のカップルやファミリーをはじめ、幅広い人に重宝される店になった。「20年以上やっていると、オープン当初からご来店いただいているお客さんのお子さんが今はもうすっかり大人になっていたりして。その成長を見られるのは嬉しいですね」ちなみに、男性の一人客も結構多いのだという。「仕事帰りに一人で来られる男性のお客さんは結構いますね。時間が遅くなっちゃうと、選択肢が居酒屋かチェーン店しかなくなってしまって、意外とご飯を食べられるところがないみたいで。その点、うちはしっかり食事もできて助かると言っていただくことが多いんです」ディナータイムは、量が少なめのおつまみメニューも充実しているので、家に帰る前にカウンター席でサクッとお酒を飲んでいく、というのも気軽にできそうでいい。副都心線が開通し、都心や横浜方面にも一本でアクセスできるようになったことで、転勤や引っ越しによる人の出入りが多くなったという成増エリア。このまちで暮らし始めた人が、ガレリアの常連になったり、反対に常連さんがまちを離れることになったりと、これまでにたくさんの出会いと別れを経験してきた。「転勤で仙台に引っ越されたかつての常連さんが、お花見がてら2~3年ぶりに東京に来たときに、『お店やってるかどうか気になって来ました』とわざわざわここに寄ってくださったこともありました。まちを離れても、こうやって気にかけてくださる方がいるというのは、すごくありがたいことだなと思います」取材を始めたときは、緊張もあってかとてもシャイな印象のあった渡部さん。けれど、お客さんの話をするときはすごくリラックスして見えた。何度も足を運んでくれる人たちとの関係性を、大切に育んできたことが伝わってくる。渡部さんが話してくださった常連さんにまつわる話の中には、こんなエピソードも。「オープンした頃から毎年、旦那さんのお誕生日になると来てくださるご家族がいたんですが、その旦那さんがご病気で亡くなったそうで。去年の旦那さんの誕生日に、奥さまと息子さん家族が5人でいらして、教えてくださったんです。そういうのを聞くと、やっぱりね……。悲しい気持ちになるんですが、でもこの店がご家族の思い出の場になっていたんだとしたら良かったなあって」ガレリアには、こうした大切な人との思い出や、かけがえのない時間がたくさん刻まれているんだなと思う。お店が続いていく限り、それらは未来へと繋がっていく。こんなお店が、近所にある人たちが素直に羨ましいなと感じた。渡部さん曰く、20年以上お店をやっていても「成増に長年住んでいる方たちにもまだまだ知られていない」そうなので、おいしいイタリアンを味わいたくなったらぜひ、一人でも、大切な人とでも、足を運んでみてほしい。