ここ最近、お魚を食べることにハマっている。とくに鮭。からだにいい栄養素が豊富に含まれ、体づくりにももってこいだと聞いて以来、こぞって鮭を食べるようになった。鮭の脂は、肉のそれとはまた違って、とっぷりと甘くてやさしい味がする。普段は安さ重視でまとめ買いすることが多いけれど、たまには食卓の主役になるようなおいしい鮭を食べたい。そこで、2022年の「板橋のいっぴん」にも選ばれた鮭を扱う、老舗の魚屋さんがあると聞いてやってきた。都営三田線 志村坂上駅から城山通り沿いに4分ほど歩いたところにある「和田屋食品」だ。ぱっと目を引く鮮やかなブルーの看板に、白字で「和田屋」の文字。お店の中に入ると、よく日に焼けた、ちょっとワイルドな風貌の男性が迎えてくれた。2代目店主の市川修(いちかわ・おさむ)さんだ。店内には、ひと切れから買える種類豊富な魚の切り身をはじめ、かつお節や煮干しなどの干物、豆、漬物など、さまざまな食品が並ぶ。和田屋食品はもともと、赤羽から始まった。修さんの叔父さんが最初に店を始め、その暖簾分けのような形でお父さんがここ志村坂上で店舗を構えた。「うちは今はいわゆる魚屋なんだけど、一番はじめは乾物、するめとかタコの干したのとか、鮭のとばとかを売っていたんですよ。昔はマーケットみたいな形で、うち以外にも八百屋と鮮魚と、小さい肉屋がコの字で集まっていてね」20年ほど前にマーケットを解体し、和田屋食品のみが残った。長年付き合いのあるいくつかの問屋さんから、毎日新鮮でいいお魚を仕入れている。修さんの母であり、大女将の京子さんは、埼玉から市川家に嫁いで以来、ずっとこの和田屋食品で働いてきた。「埼玉だから海のお魚はなくて、川魚で育ったの」と笑う京子さんは、御年89歳。今もバリバリ現役で働いているからか、お肌もつやつやだ。京子さんは、マーケットだった時代をこう振り返る。「前は安いものもいっぱい売ってたから、日曜日になると人が通れないくらいお客さんが来て、忙しくて忙しくて。10kgのすじこの箱を積んで、声が届かないから拡声器を使って売ってたの。本当にすごい賑わいだったんですよ」お歳暮などで贈られることも多い新巻鮭(内臓を取り除いて塩漬けにした鮭)も、1日に100本売れることもあったそう。「面白かったよね」「嘘みたいだよね」と笑い合う、京子さんと修さん。修さんがお店に入ったのも、当時両親だけでは手が回らないほど忙しかったから。5年ほど働いていたゴルフショップを辞め、お父さんに教わりながら魚を扱う技術を身に着けた。「小さいときから、父親が魚を切っているのを見るのが好きだったんでね」ちなみに修さん、学生時代はスポーツ三昧で、高校時代はバドミントンの関東大会で優勝したり、インターハイで8位入賞したりしたこともあるらしい。今もゴルフが大好きとのことで、なるほど、日に焼けているのにも合点がいく。昔も今も、「お中元やお歳暮の贈り物には、和田屋食品の魚」と決めている常連さんも多い。毎年、東京中元の6月頃や、年末の暮れがもっとも忙しくなる。取材した日もお中元用の注文がたくさん入っていて、京子さんが大量の配送伝票を捌いていた。「みんな頼む商品も送り先もばらばらだから、伝票も全部手書きなんですよ」と修さん。大変ですねと言うと、でも何十年もやってるからねと笑った。昔は1本まるごとの新巻鮭のような商品が人気だったが、徐々に切り身の需要が増えていったらしい。そこで考えたのが、切り身を1枚1枚ラップで巻いてからマイナス50℃で冷凍するシステムだ。ヤマト運輸がクール宅急便のサービスを開始した、30年以上前からやっているという。「3~4枚の切り身をまとめて真空パックにしても、一度に全部使い切らなければまた冷凍しなおさなきゃいけないでしょ。しかも魚同士もくっついちゃうし。だからそれはやめて、全部1枚ずつラップしてから配送したり、店頭で売ったりするようにしたんですよ」通常スーパーなどに並ぶ切り身は、ほとんどが冷蔵だ。配送する場合はまだしも、店頭でも冷凍した状態で売っているのはちょっと珍しいなと感じるが、それにはきちんと理由がある。「冷蔵だと、味が入りやすいからしょっぱくなっちゃうんだよね。その点、冷凍にしておけばしょっぱくならないし、鮮度も保てる。家庭用の冷凍庫でも、2週間くらいはもつから、積極的に冷凍は使った方がいいんですよ」とはいえ、冷凍しておけばいつまでももつわけではないので要注意。2週間以上冷凍したままだと、今度は脂焼けしてしまい、色や味が劣化してしまうので、それより前には焼いておいしくいただこう。お店の人気NO.1といえば、やはり「板橋のいっぴん」にも選ばれた「中塩(ちゅうじお)鮭」。そうそう、これが気になっていたのだ。脂がのったふっくらとした身には旨味がぎゅっと詰まっていて、子どもからお年寄りまで人気だという。じつは、つくる工程に特徴がある。「これは、問屋が持ってきた鮭に塩をして、48時間以上熟成させているんですよ。夏と冬によって日数は変わるんだけど、置いておくことで旨味が濃縮されておいしくなるの」使用する鮭の種類は、その時々によって違う。ノルウェー産のトラウトサーモンのこともあれば、スーパーランクの銀鮭のこともある。いずれにせよ、豊洲市場で仕入れたお刺身でも食べられるほど新鮮な鮭だ。ちなみに“中塩”の意味を聞くと、「あのね、『パッ』くらい」と返ってきた。どうやら、塩の振りかげんらしい。「鮭の切り身にも、生鮭と塩味をつけた塩鮭があるんですよ。塩鮭は焼いたらそのまま食べられるものね。そのなかでも、甘口とか甘塩って書いてあるのは、『パッ』もしないくらい、ほとんど塩を振りかけていないってこと」和田屋食品では、こだわりの天然塩を使用。かつてロシア漁をしていた際に大型船上でつくられた“沖漬け”を岩塩で再現した、かなりしょっぱめの鮭も販売している。通常のスーパーには並ばないような品物なので、お年寄りを中心にこれを目当てに買いに来る人もいるのだそう。自家製のたれやだし醤油、粕、味噌などで漬けられた商品も豊富だ。同じく「板橋のいっぴん」に選出された、自家製一味唐辛子醤油に8時間漬け込んだ「鮭一味醤油漬」や、「銀だらの味噌漬け」、「赤魚の粕漬け」などなど……。焼くだけでおいしく食べられるので、仕事終わりでくたくたな日にもかなり重宝しそうだ。ちなみに、京子さんのお気に入りは、「メダイ」とのこと。脂がのっていて、しっかりとした歯ざわりも含めておいしい。もちろん、味付けがされていない生の魚もたくさん置いている。高級魚であるムツの切り身が、お手頃価格で買えるのも嬉しい。10年ほど前からは、大手ECサイトでの販売にも力を入れてきた。「これ見てよ」と修さんが嬉しそうに見せてくれたのは、銀だらの検索画面。和田屋食品は上位に表示されていて、かつレビューもかなり好評価だ。「最初は売れなかったけど、ぼちぼちやっていたら沖縄から北海道まで、全国から注文が来るんですよ。マレーシア在住の人から日本の実家に送りたいって注文が来たこともあってさ。そういうのはやっぱり嬉しいですよね。それにリピーターが多いのは、きっと商品がよかったってことだと思うから」和田屋食品の味が、板橋から全国に広がっていくことも、修さんのモチベーションのひとつなんだろう。もちろん、お店に足を運んで買ってくれるお客さんたちがいるかぎり、店舗での販売も続けていく。京子さんとお話したくて、よく買いに来る90歳を超えたおばあちゃんもいるらしい。「私がいないとがっかりするみたい」と、京子さんは微笑む。顔なじみのお客さんが多いが、新規のお客さんも大歓迎。「見てみるだけでもいいから入っていってよ。拝観料かかるけどね(笑)」と修さんは冗談交じりで言う。商品が豊富すぎてどれを選んだらいいか迷ったら、豊富なお魚の知識を持つ修さんにぜひ聞いてみてほしい。(ちなみに修さんも京子さんも、コンビニの鮭おにぎりを食べると、鮭の種類がすぐにわかるらしい)現在は、京子さんと修さん親子に加え、修さんのパートナー、そして息子さんも一緒にお店をやっている。ゆくゆくは息子さんに魚を切る作業を任せられるように、包丁の研ぎ方から教えていくところだという。今やれることを実直に続け、求められるものにきちんと応えていく。おいしいと喜んでくれたり、大切な人に贈りたいと思ってくれたりするお客さんのために、商品の品質は妥協しない。「継続は力だから、ひとまず続けることをやっていこうかなと。まあ、うちもそれなりに長いからね。売れた、売れないだけで、あんまり一喜一憂しすぎないようにしながら、リピートしてくれるお客さんを増やしていきたいなと思っています」修さんも京子さんも、この仕事が本当に好きなんだなと思った。その気持ちこそが、70年以上お店を続ける上での支柱になっているのだなと。「こうするともつから」と京子さんが新聞紙で包んでくれた鮭とメダイを、自宅で焼いて食べてみたら、どちらも本当においしくて、幸せな気持ちになった。見た目はいたって素朴だけど、まぎれもなく逸品。何気ないタイミングで、実家の両親にも贈りたいなと思う。