大きなガラス張りの窓に、センスのいい手描きのアートペイントと白いのれん。開放的な空間には、暖色のやわらかい光が灯る。雨の中、取材班が辿り着いたのは静かな住宅街に佇むおしゃれなカフェ。中を覗いてみると、アロハを着たおじいちゃんがひとりで本を読んでいた。奥のテーブル席では、2人組のおばあちゃんがおしゃべりしている。ハードはイマドキだが、何だか昔ながらの喫茶店のような雰囲気である。お店の名前は、「little bean works(リトルビーンワークス)」。都営三田線 志村坂上駅から少し歩いて9分ほどの場所にある。2019年10月10日創業。オーナーの丹野章弘(たんの・あきひろ)さんが、店長の今泉麗(いまいずみ・れい)さんとともに立ち上げた。種類豊富なドリンクのほか、日替わりランチやサンドイッチやスイーツ、世界にひとつだけのフルオーダーメイドケーキを提供している。ナチュラルな雰囲気の店内は広々としていて、肩ひじ張らずにゆったりと過ごせそうだ。ベビーカーや車いすも十分に置ける余白がある。「午前中はシニアの方が多くて、午後からはお子さん連れの方やおひとりでいらっしゃる方が増えてきますね」と、丹野さん。今泉さんとは、小豆沢を本拠地としていた「東京エクセレンス(現:横浜エクセレンス)」というバスケットボールチームのファンとして出会ったらしい。丹野さんには3人の息子さんがいて、そのうちのひとりが「東京エクセレンス」に所属するプロのバスケ選手なのだという。(※現在は本拠地を横浜に移転)栃木県で生まれ、単身赴任で30年ほど前に上京。飲料メーカーに勤めたのち、高島平で看板屋さんの営業をしていたという丹野さん。それと並行して、認知症カフェを手伝っていた。「あと2人の息子が、介護士と柔道整復師をやっているんですが、それに影響を受けて、僕もおじいちゃんおばあちゃんの手助けができたらいいなと思って。認知症予防としてみんなでおしゃべりしたり、身体を動かしたりするようなカフェで、ヘルプとしてお手伝いしていました」(丹野さん)そんな生活を続けるうちに、お年寄りや地域の人たちの居場所になるような場を、自らつくりたいと思い始めた丹野さん。バスケの試合後に行われたある日の打ち上げで、近くにいた今泉さんに何気なくその話をしたという。すると、想定外に話が盛り上がった。「私はもともと、某シアトル発コーヒーチェーン店の地域密着型店舗で働いていたんです。ゆくゆくは開業してカフェをやりたいなと思いつつ、まだ当時は20代前半で資金の面でもまだ先が見えていなかったんですよね。そんなときに丹野さんから、地域密着型のカフェをやりたいというお話を聞いて、意気投合して(笑)。じゃあ、本当にやっちゃおうかと」(今泉さん)バスケ仲間から、お店を運営するパートナーへ。おふたりとも、すごい思い切りの良さである。それぞれ会社やお店を辞め、板橋区の創業支援を頼りながら、構想から約2年ほどでこのlittle bean worksを立ち上げた。運よく見つけたこの物件は、地域密着型店舗にぴったりな静かな住宅街、かつ車通りが少なくてお年寄りの散歩コースとしてもよく使われる道沿いにあったことが、決め手だったそう。「板橋では、老若男女問わず、さまざまな世代の方が入り混じって生活をしています。なかでも、ひとり暮らしのお年寄りや、若い世代のファミリーが暮らしている小豆沢で、年齢関係なくみんなが“友達”や“家族”のようなつながりを持てるような場所を創りたいなあと思ったんです」(丹野さん)経営やお金周りに関しては丹野さん、お店づくりや店頭の業務に関しては今泉さんといったように、お互いの得意分野を担う形でお店を運営している。お年寄りをはじめ、さまざまな世代の方がいらっしゃることを想定して、健康を第一に考えたメニューを考えた。そのひとつが、little bean worksの名物メニューでもある「あずさばくんサンド」だ。丹野さんお手製のサバの燻製を粒マスタードやレモンとあえ、自家製キャロットラペ、レッドオニオンとともに挟んだサンドイッチは、見た目の美しさもさることながら味も絶品。レモンの爽やかさと燻製の香りがたまらない、大人のサンドイッチだ。ボリューム満点なのも嬉しい。「もともと、友達が釣ってきた魚を加工して燻製にするのが好きだったんですよ。なかでもサバの燻製って本当においしいし、サバ自体にもDHAをはじめとした栄養価が高いので、うちのお店にぴったりだなと思ってメニューにしました」(丹野さん)1日5食限定なので、確実に食べたい方はぜひお早めに。テイクアウトも可能。「最初は、フードはサンドイッチとトーストくらいだったんですが、やり始めてからだんだんとお客さんのニーズがわかってきて。健康志向の方もいれば、とにかくいっぱい食べたいみたいな若い子たちも結構いるので、どちらのニーズにも応えられるように増やしていたら、メニューの数が創業当初の3倍くらいになりました」(今泉さん)たしかに、メニューを見せてもらうと、2人でお店を回しているとは思えないほどの多さに驚く。フードは、もともと料理好きで、学生時代に飲食店の経験もある丹野さんが担当することも多い。当初はお年寄りや主婦を想定していたが、意外と若い男性のお客さんも多いのだという。日替わりの「本日のワンプレートごはん」は、パスタ&ごはんというわんぱくな炭水化物祭り。しかも、だいぶお手頃価格である。これは、がっつり食べたいときにかなり嬉しい。テイクアウトもできるので、在宅ワークのランチタイムに利用するのも良さそうだ。ショーケースに並ぶスイーツも、種類豊富で可愛らしい。以前パートで入ってくれていた元パティシエのスタッフから教わって、今は今泉さんがつくっているという。この日いただいた「バスクチーズケーキ」は、濃厚だけどさっぱりしていて、やさしい味わいで、食べ終わりたくないほどだった。週末限定で季節のフルーツを使ったショートケーキもあるそう。ぜひ、いろいろ食べ比べてみてほしい。創業からまもなく5年が経つ今、改めて振り返ればピンチもあった。「お店を始めた初年度にコロナ禍が始まったときは、絶望でしたよね。でも、当時テイクアウトを頑張ったおかげで、逆にご近所さんの認知度が上がった感覚があるんです。みんな行き場所がなくて、散歩はよくしていたから。そのときのお客さんが、今ではイートインでお店に来てくれるようになったりとか。逆に土日はお待たせしちゃうこともあるので、申し訳ないんですけどね」(丹野さん)お年寄りから子どもまで幅広い世代が集い、思い思いの時間を過ごしていく。ご近所さん同士がつながり、その輪が広がっていく。当初、丹野さんが思い描いていたような場に少しずつ育ってきたという。「あと30分くらいすると、いつも来てくれるひとり暮らしのおじいちゃんがいるんですが、毎日決まった宅配のお弁当が届くから家で用が足りるし、誰とも話さずに一日を終えちゃうこともあるんですよ。そういうお年寄りっていっぱいいて。でもみんな、本当は外に出て誰かと話したいんです。そのおじいちゃんも、ここに来れば知り合いがいるから、毎日夕方に来て、お茶飲んでおしゃべりして帰るっていうルーティンができたみたいで。今までの生活と比べて、少しでも豊かに暮らすお手伝いができていると思うと、やっぱり嬉しいですよね」(丹野さん)ひとり暮らしのお年寄りに限らず、子育てに奮闘する親御さんや、上京したての学生さん、単身赴任中のサラリーマン。この店は、そんな小さな孤独を抱える人たちをあたたかく受け入れる、サードプレイスなのだ。ここに来れば、おしゃべりできる誰かがいて、健康的な食事やおいしいスイーツが食べられる。ひたすら自宅で原稿を書く私のような孤独なフリーランスでも、こういう場を切望している人はきっと多い。「少しずつお店の状況がわかってきたので、混み具合に余裕がある時間帯を使って、認知症カフェでやっていたような活動をできたらなと思っています。すでに今、自発的に曜日や時間を決めて3~4人でやってくれているおじいちゃん、おばあちゃんもいるので、そういう輪をさらに広げていけたらいいですよね」(丹野さん)次の5年後には、いったいどんな場になっているのか。想像できないところが、このカフェの面白いところだなと思う。じつは当初、お店の奥のスペースを使って接骨院を併設することを考えていたという丹野さん。コロナ禍で一度は断念したものの、まだその夢は諦めていないそうだ。退屈な待ち時間を、カフェでおしゃべりしたり、お茶を飲んだりしてのんびり過ごす。めちゃくちゃナイスなアイデアだから、いつかぜひ実現させてほしい。