昔からずっと、住宅街にひっそりと佇む小さなレストランに憧れがあった。中はご近所さんたちで賑わっていて、カジュアルだけどこだわりを持った店主が自慢の料理を振る舞うような、そんなレストラン。年齢的にも、そろそろそういう行きつけの場所をつくりたいなと思っているのだけど、なかなか理想のお店に出会えずにいる。そんなことを思っていたところに、まさに思い描いていたものにかなり近そうなイタリアンの取材が決まったので、内心とてもワクワクしていた。都営三田線 志村坂上駅から歩いて2分。中山道から1本内側に入った静かな道沿いに、イタリアの国旗と、虹が描かれた可愛らしいロゴが見えてくる。こぢんまりとした可愛らしいお店の名前は、「PONTE(ポンテ)」。PONTEは、イタリア語で“橋”を意味する。2020年2月オープン。吉野晃(よしの・あきら)さんがシェフを務めるイタリアレストランだ。「日本人が食べるためのイタリアン」と称し、日本の食材の特徴を活かしてつくった料理を、アラカルトとコースで提供している。前菜やパスタ、ピッツァなどをアラカルトで楽しむのもいいが、おすすめはPONTEの「おまかせコース」だ。その季節のおいしい食材を使った6品の料理が楽しめる。コースの注文は事前予約制で2人前から。この店に来るお客さんの約8割が、これを目当てに予約してくるらしい。取材班も、この「おまかせコース」を楽しみにしていた。取材をしたのは6月末。初夏のコースの一例としてぜひご紹介したい。「グリーンピースの冷製ポタージュ」(季節のスープ)旬のグリンピースを使ったひんやりと冷たいポタージュは、青臭さはまったくなく、なめらかでやさしい味わい。最初に出てくるこのスープのおいしさに、まず心を掴まれてしまう。「真鯛と山椒タプナード」(前菜①)通常タプナードソースは、オリーブ、ケッパー、アンチョビ、ニンニクでつくるところを、ニンニクを山椒の葉と実山椒に変えることで、初夏にぴったりの爽やかさに。「岩中豚の自家製ハム トンナートソース」(前菜②)ハーブなどで1日マリネをして、8時間かけて低温で火入れした自家製ハムは、驚くほどしっとりやわらか。イタリア語では豚が「マイアーレ」、ツナが「トンノ」、ツナを使ったソースを「トンナート」と言うのだそう。「サルシッチャととうもろこしのカッチョエペペ 自家製パスタのピチ」(パスタ)ピチとは、小麦粉と水のみで作られる、うどんのようなモチモチとした食感が特徴のパスタのこと。そこに、カッチョ(チーズ)とペペ(胡椒)を混ぜていて、日本でいう卵かけご飯のようなイメージだそう。ちなみに、サルシッチャも自家製。胡椒のパンチがききながらも、上品なおいしさ。「ビスマルク」(ピッツァ)中央に半熟卵をのせたピッツァを「ビスマルク」と言うらしい。PONTEではほうれん草、メープル味の粒ジャム、燻製の濃いめのベーコン、卵をのせている。幸せな朝食が1枚にぎゅっと集まったような美しいピッツァに、思わずため息……。(写真は2人前)「だいじょ豚のバラ肉の白ワイン煮込み 柑橘の香り」(メイン料理)茨城県鉾田市の「だいじょ豚」は、菊地牧場で飼育された豚の中から、赤身の肉質などがとくに優れたものを厳選した極上の豚肉。毎日食べられるようにと、脂がさっぱりとしているそう。やわらかく煮込まれたバラ肉は、口の中でほろほろとほどけていく。自家製の塩レモンとオレンジで香りづけされていて、とても爽やか。「PONTEプリン」(ドルチェ)コース料金にプラス550円でコーヒーと一緒につけられるプリンは、2023年の「板橋のいっぴん」にも選ばれた自慢のドルチェ。牛乳は使わず、生クリーム、砂糖、卵のみでつくっているので、しっかりと濃厚。ほどよい固さと甘さがたまらないプリンだ。ひと通り食べさせていただいたが、とにかく満足感と幸福感で満たされる。しかも、1人前5500円というお手頃価格。ちなみにコースの内容はこまめに変えていて、もしまた明日来ても今回とは違うコースが食べられるらしい。シンプルにすごい。「うちの料理はあんまりイタリア、イタリアしていないかもしれない」という吉野さん。和食材を使うこともあれば、フレンチっぽい要素が入った料理もある。それには、吉野さんの経歴も関係している。北赤羽のお米屋さんに生まれた吉野さん。小さい頃からお店番や配達の手伝いをするなかで、コックのお兄さんと知り合った。「たしか中学生くらいのときだったかな。そのお兄ちゃんにボロネーゼの作り方を教わって、それがまあまあ上手くできて。ちょっと楽しいかもと思ったんですよね」また当時、吉野さんのお父さんは腎臓病を患っていた。透析治療をしていたため、基本的に塩分はNG。お姉さん、お兄さんと交代で料理当番をしながら、塩味をきかせずにどれだけおいしくできるのかに挑戦するうちに、料理の楽しさが増していった。そのときの経験が、PONTEの味付けにも活きているという。高校卒業後は赤羽のスパゲッティ屋さんでアルバイトをしていたが、お父さんが亡くなったことをきっかけに、20歳で麻布十番のイタリアンレストランに就職。その後異動した先で、今も連絡を取り合うフレンチ出身の師匠に出会うことになる。「師匠は、『お客さまからお金をもらって料理をつくるんだから、ちゃんとしたものをつくらないとダメだ』とよく言っていました。たとえば、イタリアンと言えば生ハムがよく出てくるけれど、ただ盛り合わせるだけだったら家でもできるじゃないですか。お店に来てもらうからには、家庭ではつくらないような、手の込んだ料理をつくろうというのは、今も心掛けていますね」そんな師匠から、「独立する前に一回フレンチを経験した方がいい」と助言を受けた吉野さんは、師匠の先輩が統括料理長を務めていた結婚式場に転職。そこは珍しく、料理をすべて一からつくる式場で、多くのことを学んだという。フレンチで経験を積むうちに、イタリアン時代にどうしても上手くいかなかったパスタがつくれるようになったりと、まさに良い相乗効果がたくさんあったそうだ。こうして修行を積み、年齢的にもいよいよ自分の店を、と考えた吉野さん。「レストランとしてひとつの武器になれば」と、コーヒーの勉強も始めた。「コーヒーがすごくおいしいレストランって、そんなに多くないよなって。勉強のためにいろいろなお店を回るなかで、自家焙煎のコーヒーを出す『カフェベルニーニ』さんに出会ったんです。最近、志村坂上エリアが盛り上がってきているよと聞いて、この辺りでお店を出すのもいいなって」ヨーロッパでは、都心で働いて腕を磨き、お世話になった地元にレストランを出すという考えがあるらしい。それに共感していた吉野さんは、地元・北赤羽からもほど近く、お米の配達でも馴染み深かったこの志村坂上にお店を出すことに決めた。“橋”という意味の「PONTE」と名づけたのは、生産者さんとお客さんをつなぐ“架け橋”になりたいという思いから。これまでの経験から、コックの仕事とは、食材の生産者さんありきなのだと思うようになったことが大きいという。「長く仕事をしていれば、ある程度の料理の技術はつきます。そこから味のクオリティを上げてくれるのは、やっぱり食材の質なんですよね。実際に味を確かめて、おいしいと感じた生産者さんから仕入れた食材を使うと、1だった料理が2にも3にもなる。そんな食材を生産してくれている方々とお客さんを、料理でつなげたいと思ったんです」肉、魚、トマトはほとんどが産地直送。季節によって仕入れ先を変え、島根や五島列島、高知、茨城、千葉、福島、青森と、全国各地の生産者とやりとりしながら、おいしい食材を厳選している。この妥協しない食材選びが、PONTEの料理のクオリティを支えているのだ。オープンしてもう少しで5年。PONTEは、しっかりおいしいものを食べたいときや、誕生日や記念日のようなちょっと特別な日に選ばれるお店になった。婚姻届けを出した当日のディナーや、両家の顔合わせなどにも使われ、さまざまな幸せの瞬間に寄り添ってきた。「この辺りはレストランがないから、三田線に乗って銀座まで食べに行く方が多かったみたいで。そういう方々が、服装も気張らずにおいしいものを食べられるからと、うちに来てくれるようになったのは嬉しいですよね」なかには、来店数100回を超えているファミリーの常連さんもいるのだとか。「自分でもそこまで通ったお店はないので、嬉しくて100回目のご来店ではお会計を100円にしました」と、吉野さんはにっこりと笑った。これだけクオリティの高い、おいしいものが食べられるレストランなのに、お店の雰囲気はいたってラフ。テーブルの横を見れば、まるっとした足の短い猫が積まれていたりする。かなりゆるい。たぶん、この気取らない雰囲気や、吉野さんの気さくな人柄も含めて、幅広い世代の人たちのハートを掴んでいるのだろう。そして何より、ここの料理には、また明日から頑張ろうと思わせてくれるパワーがある。何度でも通いたくなる気持ちがわかった気がした。それはそうと、「おまかせコース」でいただいたやわらかい自家製ハムと、吉野さんがご厚意で出してくださった赤ワインのペアリングが素晴らしくて、2か月以上経った今でもそのおいしさが忘れられない。また季節が変わる頃に、今度はパートナーを連れて吉野さんの料理を食べに行きたいなと思う。