仕事終わりでクタクタだと、まちのお惣菜屋さんがびっくりするくらい輝いて見える。コンビニや外食ともまた違う、まちのお惣菜屋さんのご飯からしか得られないやさしさやぬくもりがあると、私は思っている。そんな働く人たちの救世主とも言える昔ながらのお惣菜屋さんが、仲宿商店街にもあると聞いてやってきた。都営地下鉄三田線の板橋区役所前から徒歩5分。「お仕事で時間がない人の助けになれば」という思いで、家族代々守り続けてきた味を提供する「マツザワヤ」だ。お店に入ると「いらっしゃいませー!」「ハンバーグできたてでーす!」というよく通る明るい声が飛んできた。マツザワヤの3代目である松沢功夫(まつざわ・いさお)さんと、妻の淳子(じゅんこ)さんだ。賑わう夕方の時間帯に合わせ、新しく出す商品の仕込みをしていた。店頭のショーケースや棚には、種類豊富な自家製のお惣菜やお弁当が並ぶ。きんぴらごぼうやうずら豆、うの花などの昔ながらの素朴なメニューをはじめ、ハンバーグや豚の角煮、コロッケなどのメインのおかずも充実している。そのほかに、いなごやたつくりなどの佃煮や、旬の野菜を使ったぬか漬けなども扱っている。また、副菜はその日のおすすめがバランスよく入っていて、主菜は好きなお惣菜を選び、お弁当として買うこともできる。ランチタイムになると、近くの会社で働く人たちがよく買いに来るので、棚には種類豊富なお弁当がばーっと並ぶらしい。「うちはお弁当に入っている副菜も手づくりで、バランスの良いお弁当にこだわっています。お肉やお魚などのメインの隣に、昔ながらのお芋の煮っころがしやひじき煮なんかがいろいろ入っていたりして。そういうところは、大手のスーパーさんやコンビニさんとはちょっと違うのかなと思いますね」創業は昭和9年。もともとは、初代である功夫さんのおじいさんが麻布の方で始めた。戦争の影響もあって、当時のお店の正確な位置はわからないらしい。「戦争でうちのばあちゃんの実家のある埼玉の上尾の方に疎開して、しばらくは農家かなんかをやっていたんだけど、じいちゃんが身体を悪くしちゃって。その頃、じいちゃんの弟がこの場所で同じような商売をしていたんですよ。でもここが手狭になって田端の方で新しく始めることになり、店が空くと。そこで当時21歳くらいだった親父がここで引き継いで、ばあちゃんと一緒に始めたのが今の『マツザワヤ』なんです」そんな経緯があり、昭和33年にこの場所で再出発したマツザワヤ。現在は両親と功夫さん、淳子さんの4人を中心に、お店を切り盛りしている。功夫さんがお店に戻ってきたのは、31歳のときのこと。大手とんかつチェーンで店長やエリアマネージャーをやったのち、居酒屋で1年半ほど働いていたという。「家族が個人商店をやっている身からすると、チェーン店って敵だと思っていたんですよ。だから偵察じゃないですけど、どんな感じでやっているのか勉強させてもらいたいなと思って。しばらく働きましたが、自分の料理の技術を上げるためにきちんと学びたいなと思い、料理にこだわった居酒屋で働き始めました」外で勉強し、ゆくゆくはお店を継ぐつもりでいたと話す功夫さん。だが、そのタイミングは想定よりも早く訪れた。「親父がもう70くらいになっていたのかな。ちょっと身体の調子を崩して、そのタイミングで戻ってきたような感じですね。本当はもうちょっと修行したかったんだけど、中途半端な感じで帰ってきちゃって。でも今思えば、自分のやりたいことが確固たるものになる前に戻ってきて逆によかったのかなと。親のやり方にも聞く耳を持った状態で、店の仕事を始められたので」昔からある基本的なメニューはお父さんから教わりつつ、昔馴染みのお客さんから「こうするといいよ」と教わることも多かったという。忙しくて毎日の食事づくりが大変な人たちの助けになれればと、新たにメニューも増やした。「昔はほとんどが煮物だったんですよ。お肉系があまりなかったので、ハンバーグや豚の角煮を始めてみたら、実際にお客さんにも喜んでいただけて。今ではもう定番の人気メニューです。サラリーマンやOLの方が毎日来てくれることもあるので、いつも同じだとつまらないかなと思って、日替わりのメニューもつくるようになりました」この日の日替わりメニューは、「鶏ムネのさっぱり炒め」や「アジ南蛮」などなど、食欲をそそるラインアップ。仕入れにいったお魚屋さんで勧めてもらった食材を使って、アレンジメニューをつくることもあるらしい。「できたてでーす!」と元気な声で言われると、ついつい買いたくなってしまう。「毎日来てくれるお客さんの中に、表情がわかりやすい方がいて。その方と毎日勝負していた時期があったんですよ(笑)。『お、今日は珍しいのがあっていいぞ』という表情で買ってくれたら嬉しいし、『どうしようかな』と悩んだ結果、いつものハンバーグを選んだら今日はちょっと負けたなって。そういう見えない駆け引きをしながら、喜んでもらえるメニューを模索してきました」一方で、昔からある商品をそのまま残し続けているのには、功夫さんなりの思いがある。「両親もまだ一緒にやってるのでね。両親の守備範囲である昔ながらのメニューをなくしちゃったら、やりがいがなくなっちゃうじゃないですか。もちろん商売として成り立たせなきゃいけないのはあるんだけど、やっぱり親にも長生きしてもらいたいので」21歳でこの店を始めたお父さんはもうすぐ90歳、お嫁に来てから一緒にやってきたお母さんも80歳を超えるそうだが、今も現役でお惣菜をつくりつづけている。両親を大切に思うからこそ、年をとってもできることは奪わない。そのスタンスには、功夫さんの思いやりと愛情深さが滲み出ている。ちなみに、レジ前に並んでいるぬか漬けは、昔から変わらずお父さんが担当しているらしい。取材中、お店に入ってきたと思ったら真っ先にミョウガのぬか漬けを手にするお客さんの姿も。淳子さん曰く、「ミョウガがないと文句を言われちゃう」らしい。昔からある漬物にも、佃煮にも、うずら豆にも、コアなファンがいる。お惣菜一つひとつの味付けも、おばあさんと両親が築いてきたものを大切に守ってきた。「うちの味付けはね、基本的にちょっと甘めなんです。というのも親父がこの店を始めた頃は、当時の人たちにとって甘いのが豪華、贅沢という感覚だったらしいんですよ。僕自身、居酒屋で働いていたときのしょっぱめの味と比べると、ちょっと甘いなって思うこともあるんですが、結局この味を好きな人が通ってくれているので。なるべく大きくは変えないようにやっています」いただいたじゃがいもの煮物を一口食べてみると、おばあちゃん家で出してもらうような、素朴でやさしくて、懐かしい味がした。時代が変わっても変わらないこの味が、マツザワヤの歴史であり、この店らしさなのだ。そして、マツザワヤはこれからも続いてく。とっても可愛らしい4代目が、PR隊長としてすでに奮闘中らしい。功夫さん、淳子さんの長男・東弥(はるや)くん。Tシャツ短パンの男の子がふら~っとお店に入ってきて、常連さんのお子さんかな?と思っていたら、功夫さんから「この子、4代目!」と一言。この日はまだ夏休みで、おやつのハンバーグを取りに来たという。この東弥くん、お店の手伝いもしつつ、持ち前の若さとアンテナの鋭さで宣伝にも意欲的なんだそう。「この子はお店のことが結構好きで、繁盛するのが嬉しいみたいで。一度、お昼の情報番組の取材の申し込みがあったんだけど、うちはいいですって断ったんですよ。そうしたら、この子に怒られちゃって(笑)。この仲宿商店街でも、ほかに行列できているお店があると気になるみたいなんですよね。『なんでうちは宣伝しないの?』『もっと外にアピールした方がいいよ!』って」テレビCMや、ファストフードのおまけ、近所のチェーン店など、自分にとって身近なところからヒントを得ているらしい。小学2年生にして、素晴らしい観察眼だ。「もしこの店をやりたいと思ってくれたら、それはもう嬉しいですけど。まあでも、大きくなったらほかのことにも興味を持つだろうし、無理強いはしたくないなって。もしかしたら副業でマツザワヤ、みたいなこともあるかもしれないしね(笑)」カウンター越しに見えるあたたかい家族の風景に、心が解けていく気がした。未来のことはわからないけれど、今を大切に一日一日とつないでいく。まちの食卓を支え続けてきたこのお店が、そして家族の笑顔が、できるだけ長く続いていってほしいなと思う。