沖縄を訪れたことがある人なら、一度はその味に魅了されたことがあるだろう、あのタコス。スパイシーな牛肉にとろけるチーズ、新鮮なレタスとジューシーなトマト——沖縄独特の味わいが詰まったクラシックなタコスは、一度食べると忘れられなくなる存在だ。そんな特別な味わいを求めて、多くの人たちが足を運ぶ店がある。上板橋駅から徒歩10分。城北公園通りに店を構える「TACOS BEAM」だ。沖縄出身の店主の山城康嗣さんと由衣さん夫婦が営むこのお店は、沖縄の味と魅力を愛する人々の心を惹きつけてやまない。開店から3年目、すでに地元でも愛されるお店となっている。ふたりの東京での新たな暮らしのはじまりは、結婚と一人目の娘さんの誕生がきっかけだった。「未来のことを考えた時に、子どもを育てる場所として、親しみやすく穏やかな板橋の空気感に惹かれたんです」と由衣さんは言う。沖縄で生まれ育ったふたりにとって、タコスやタコライスは幼い頃から慣れ親しんだ味。しかし、板橋では沖縄ならではのそれを味わえる店が少なく、自分たちがその味を届ける存在になろうと2022年に店をオープンした。「主人が『沖縄の味をもっと多くの人に知ってほしい』と話してくれたとき、『じゃあ、どんなお店にする?』と聞いたら、『タコス屋をやりたい!』って即答だったんです。その一言がきっかけて、このお店をやることになりました(由衣さん)」実は康嗣さん、ただのタコス好きというわけではない。音楽プロデューサーであり、ユーチューバー、そしてプロのボーカリストとしても活躍しており、「TACOS BEATS」という名前で音楽活動を行うほどだ。その名前に込められたタコス愛が、店名「TACOS BEAM」にも繋がっている。康嗣さんは、高校生の頃に音楽活動を始め、2008年にはHIPHOPトリオ「PENGIN」のボーカリストとしてメジャーデビューを果たした。代表曲「世界に一人のシンデレラ feat.U」は大ヒットを記録した。現在も、アイドルやミュージシャンに楽曲の提供をするなど忙しい日々を送る中で、地域との繋がりも大切にしている。「上板橋に住んでから、この地域を盛り上げたいという気持ちが年々強くなっています。夏祭りでは盆踊りの上で歌ったり、町内会のイベントにも積極的に参加したり。頼まれたら、どこでだって歌いますよ。笑(康嗣さん)」さまざまな楽曲を手がける康嗣さんのセンスは、料理やお店作りにも息づいている。店舗は一から改装し、壁の色や床のデザイン、インテリアに至るまで、すべて夫婦でこだわり抜いて仕上げたという。イエロー、ブルー、ピンクの鮮やかな色合いに塗られた店内には、ふたりが集めたアメリカンな小物が散りばめられている。そこに、2人の娘さんたちの自由な落書きが溶け込み、唯一無二の温かみが感じられる空間となっている。色とりどりの家具と小物がバランスよく調和しているのは、ふたりのセンスのたまものだろう。さらに、店の看板やメニュー表のデザイン、イラストも康嗣さんが手がけている。手書きのポップな文字やイラストは、お店の親しみやすさを引き立て、訪れる人を温かな気持ちにさせる。※メニューの内容は定期的に変更となります。ここで紹介したいのが、TACOS BEAMの看板メニュー、タコスとタコライスだ。沖縄本島には150店舗以上のタコス屋さんがあるというほど、タコスは地元の人々や観光客に愛されるソウルフード。その特徴は、タコシェル(タコスの生地)にある。しかし、タコシェルのレシピは全く公開されておらず、もちろんネットで調べても出てこない。そのため、沖縄でも家庭で作ることはほとんどない。だからこそ、沖縄の人々は本場の味を求めてお店へ足を運ぶのだという。「何度も試作を繰り返し、TACOS BEAMオリジナルのタコシェルを作っています。アメリカのタコシェルはパリッと硬め、メキシコのものは柔らかめという特徴があるんですが、沖縄はその中間の食感が多いんです。なので、ここではトウモロコシ粉と小麦粉を絶妙なバランスでブレンドして、沖縄らしい食感を再現しています(康嗣さん)」水分量や揚げ加減にこだわって作られた自家製のタコシェルは、外はカリッ、中はもちっとした食感が特徴だ。そこに、ジューシーな牛100%のタコミート、新鮮なレタスとトマト、濃厚なチーズをのせ、ピリ辛のサルサソースを添える。一口食べると、タコシェルの食感と具材の調和が口いっぱいに広がる。リピート確定の美味しさだ。テイクアウト用に添えられるナプキンにも、康嗣さん作のイラストが。TACOS BEAMでは、本場沖縄と同様、来店客の半数ほどがテイクアウトを選ぶという。訪れた日も、タコスを求める常連客が次々と来店し、その半数がタコスをテイクアウトをしていた。その日、近所に住んでいるという男性客が来店すると、由衣さんは「いつものやつですね!」と笑顔で声をかけ、手際よくタコスを準備。あっという間に、タコスが完成した。毎週訪れるというそのお客さんの、タコスを手に店を後にする時の満足げな笑顔に、この店の魅力が凝縮されているように感じた。こちらは、TACOS BEAMのもう一つの看板メニュー、タコライス。沖縄県金武町発祥の料理で、沖縄では学校給食にも登場するほど親しまれているソウルフードだ。玉ねぎや数々のスパイスとともに炒めて味付けされた、牛100%のタコミート。そこに、バーナーで炙ったチーズが香ばしさと奥行きをプラス。食べやすくカットした新鮮なレタスやトマトが、それらの濃厚な味わいを引き立てている。ごはんと具材が織り成すハーモニーに、沖縄の風景がふと脳裏をよぎった。タコスやタコライスはもちろん、沖縄そばやソーキそばも人気のメニュー。開店してから3年目を迎え、TACOS BEAMの味を求めて遠方から足を運ぶ人も増えているという。「オープンして3年目になって、板橋の常連さんや、遠方から来てくれる方が増えていることが本当に嬉しいです。沖縄出身の方だけでなく、沖縄が好きな方々が老若男女問わず訪れてくれています。(康嗣さん)」意外なことに、ふたりによると、板橋区には沖縄出身の人が多いのだとか。それは、のどかで親しみやすい空気感が、どこか沖縄に似ているからなのかもしれない。実際、TACOS BEAMには毎日沖縄出身のお客さんが訪れているという。「沖縄のタコスやタコライスを食べに来てくれた方が、『これを求めてた!』と言ってくださることが何よりの励みです。リピーターが増えているのも、美味しいと感じてもらえている証拠だと思うと、本当に嬉しいですね(由衣さん)」TACOS BEAMが多くの人に愛される理由は、ここでしか味わえない料理はもちろん、ふたりの温かな人柄やお店全体が醸し出す和やかな雰囲気にもあるのだろう。平日は朝から夜まで営業することもあり、ふたりだけで毎日お店を回すのは決して簡単ではないはずだ。それでも「ピンチの時は手を差し伸べてくれる人が周りにいるから続けられる」とふたりは言う。近隣との深い繋がりと助け合いの精神が、ここ上板橋には根付いている。板橋に住み始めて約10年。その間に子育てが始まり、そしてお店を開店し、家族の暮らしにさまざまな変化が訪れている。そんなふたりにとって、板橋は「抜け出せない町」だと教えてくれた。「子どもたちも『中学校も板橋がいい』と言うくらい、この町が気に入っているんです。私たちにとって板橋は、心がほっとする場所であり、これからどんどん発展していきそうなワクワクする町でもあります。その成長を、家族で見届けたいと思っています(由衣さん)」開店からわずか2年という短期間で、地域の人々に親しまれ、遠方から訪れる人々をも魅了するTACOS BEAM。その背景には、ふたりの真摯な姿勢とこの町を愛する想いがある。「いつも来てくれる常連さんを飽きさせないように、これからも自分たちが本当に美味しいと思える料理を作り続けていきたいですね(康嗣さん)」「手を抜かず、元気でやることが何よりも大事」だと語るふたりの明るい表情からは、沖縄の味を届けたいという熱い想いと、この町への愛情、そして上板橋で紡ぐこれからの物語への期待が伝わってくる。沖縄のタコスやタコライスを食べたことがある人も、まだの人も、一度訪れればきっと虜になるTACOS BEAM。東京で沖縄の味を堪能したくなったら、ぜひ足を運んでみてほしい。ここ上板橋で、TACOS BEAMはどんなストーリーを紡いでいくのだろうか。その続きが楽しみでならない。