東武東上線 ときわ台駅は、改札を出る場所によって街の表情ががらりと変わる、ちょっと不思議な駅だ。北口を出ると、花壇に彩られた噴水広場を中心に、西洋風のロータリーが広がっている。かつてここは高級住宅地として開発が進められ、たくさんの人が新しい暮らしを夢見て移り住む場所だったという。一方、南口周辺はこぢんまりとして落ち着いた雰囲気。昔ながらの商店街が残り、レトロな店構えの商店や居酒屋が並んでいる。板橋区民には馴染み深い「天祖神社」があるのもこのエリアで、七五三や結婚式など、人生の節目に親しまれてきた。どこか懐かしく、ゆったりとした時間が流れる街並みだ。今回は、そんなときわ台を誰よりも愛する“キャプテン”がいるとウワサの場所にやってきた。南口出口の目の前、大きなショーウインドーが印象的なこのお店。駅から出てきた人たち、特に男の子とそのお父さんたちが吸い寄せられるように足を止め、中を覗き込んでいる。目線の先には、精巧に作られた飛行機の模型。操縦席にはちゃんとパイロットが乗っていて、細部まで丁寧に作り込まれているのがわかる。模型に詳しくない私でも、そのリアルな造りに思わず見入ってしまった。一体ここは何屋さんなんだろう......?大きなガラスの扉を開けると、壁一面にぎっしりと並ぶ模型やポスター、フィギュアが目に飛び込んできた。よく見ると、バイクまで置いてある。まるで宝箱の中に迷い込んだような、そんな感覚だ。所狭しと並べられたコレクションに目を奪われていると、店の奥からキャプテンと思しき人物が現れた。その人の名前は、渡邉幸典(わたなべ・ゆきのり)さん。2021年に、ここ「TOKIWADAI-BASE」をオープンした。「キャプテン」というのは、幸典さんがホームページなどに自ら書いている愛称だ。「今はシェア本棚とレンタルスペース、それから革小物の販売をしています。ここにある模型やフィギュアは、僕が小学生の頃から集めてきたものがほとんどで、主に展示品なんです」と幸典さん。時代を超えて集まった店内の模型やポスターは、どれも幸典さんの子どもの頃の夢や冒険心が詰まった宝物たちだ。幸典さんがこの場所に宝物を並べるように、ここにはまちの本好きがとっておきの本を持ち寄る「シェア本棚」がある。月額3,300円で、使い方は自由。本棚をじっくり見回してみると、文庫本に限らず、雑誌やイラスト、映画のDVDまで置いてあることに気づく。「毎月テーマを決めて本を入れ替える人もいれば、自分の仕事や趣味に関わる本を追加する人もいます。絵本作家や歯医者さん、イラストレーター志望の方もいて、それぞれの『自分らしい本』が並んでいますね」本棚には棚主が手書きしたポップも添えられ、そこに込められた個性にほっこりする。たった1マスのスペースが、その人の特別な想いがつまった秘密基地のようだ。ここはレンタルスペースとしても、さまざまな用途で使われているらしい。平日は1時間1,000円、休日は1時間1,400円で利用できる。「レコード好きの人たちが小さなプレーヤーを持ち寄って、お酒を飲みながら聴き比べをする会を開いていたこともありますね。あとは、ギターの練習で4人組が朝から夕方までみっちり使ったり。ときわ台に限らず、全国各地から利用者が集まっています」この空間の不思議な居心地の良さは、クチコミを通じてじわじわと広がっている。また、最初にショーウインドーの前で見かけた親子のように、ふらっと立ち寄る人も多いそうだ。もちろん、コレクションの見学だけでも大歓迎。開かれた空間だからこそ、思いがけない出会いも生まれる。「この前、近所の方が『子どもが大きくなって遊ばなくなったから』と、ミニチュアのパーツを持ってきてくれたんです。バラバラの状態だったんですけど、ここに遊びに来ていた子どもたちが夢中になって作ってくれて」そんな思い出も、この場所の一部として大切に飾られている。この場所には、決まったルールはほとんどない。だからこそ、自然と人が集まり、それぞれの興味が交わっていく。ただのレンタルスペースではなく人々の人生が重なり合う、そんな特別な空間になっているのだ。では、なぜ幸典さんはこの場所を作ったのだろう? それは、この場所の「もともとの姿」と深く関係している。「もともとここは、母が営んでいた洋品店だったんです」そう、じつはこの建物は、かつて「洋品マルミツー」というお店で、70年以上もこの街の人たちに親しまれてきた。ちなみに「マルミツー」という名前は、渡邊家の家紋に由来しているらしい。3つの丸に1本の棒を描くその紋は、お店の外観や看板にモチーフとしてあしらわれているので、ぜひ探してみてほしい。今でも、お店のいたるところに洋品店だったころの面影が残っている。大きなショーウインドー、モダンな照明、今はたくさんのフィギュアが並ぶ重厚な木棚......。言われてみれば、たしかに洋品店らしい佇まいだ。「母が高齢になり、洋品店の規模を少しずつ縮小していくうちに、空いたスペースに自分のコレクションを並べるようになったんです。気がつけば、いつのまにかコレクションのほうが主役になっていましたね。僕が定年を迎えたタイミングで、駅前のこの場所をどうにか活用できないかと考えました。生まれ育ったときわ台で、この場所が街の賑わいの中心になれたらいいなと。せっかく集めたコレクションも公開して、みんながワクワクできる場所を作りたいと思ったんです」幼い頃からミニカーやサボテンなどを集めていたという幸典さん。収集だけではなくものづくりも好きで、大人になってお気に入りの革財布に出会ったことをきっかけに、革製品の教室にも通ったそうだ。「TOKIWADAI- BASE」としてリニューアルオープンした後は、まず自分が作った革製品をここで販売し始めた。「変わらないのは、『身につける』ってことですかね。身に着ける洋服を売っていたところから始まり、今は末永く『身につける』革小物を販売しながら、知識や技能を『身につける』ことができるシェア本棚とレンタルスペースを営む。そんなコンセプトの店でありたいと考えています」なるほど。一見つながりがなさそうな「洋品店」と「レンタルスペース」。けれど、言われてみればちゃんと筋が通っている。「この場所を作ってみて、どうでしたか?」と聞くと、「いやあ、まだまだ未完成ですね」と予想外の答えが返ってきた。どうやら、コレクションが仕上がるのは、まだまだ先のことらしい。「理想はね、ここにスーパーセブンというイギリスのスポーツカーを置きたいんですよ。ドーンと。駅から降りてきた人たちが、びっくりするでしょう? それをきっかけに、もっとときわ台に立ち寄る人が増えると嬉しいですね」駅前にスポーツカー! 想像するとちょっと笑ってしまうが、なんだか幸典さんなら本当に叶えてしまいそうな気がする。「同じ東武東上線沿線の上板橋や大山に比べると、ときわ台は静かで落ち着いているイメージを持たれがちなんです。私はここで生まれ育ったからこそ、この街の魅力をたくさん知っているし、静かというイメージだけで語られるのはもったいないなって思うんです」幸典さんは、この場所がときわ台の拠点、いわゆる“ホームベース”となることを目指し、同じ想いをもつ仲間を集めている。「地域コミュニティやお祭りなど、さまざまなイベントを通じて出会った仲間が、今でも時々顔を出してくれるんですよ。国も言語もバラバラで、ベトナムやインド出身の仲間とも偶然出会いましたが、彼らも一緒になってここを盛り上げたいと思ってくれているようです」また、TOKIWADAI-BASEには近所の小学生が社会科見学で訪れることもあるという。幸典さんは、子どもたちから贈られたお礼のメッセージを、大切に保管している。「子どもたちにも、もっとときわ台のことを知ってほしいですね。たとえば、昔このあたりに飛行場があったことなど、住んでいる人でも意外と知らない歴史がたくさんあるんですよ。そうした話を知ることで、子どもは家に帰って親に自慢するじゃないですか。すると『すごいね』と褒められて、もっと知りたくなる。そういう好循環が生まれたらいいなと思うんです」「まだまだやりたいことはたくさんありますよ」と幸典さん。「スポーツカーを置くのもそうだけど、ときわ台がもっと面白くなることを仕掛けていきたい。ここに来ると何か新しいことに出会える、そんな場所になれたら最高ですね」自分の“好き”をつめこんだ場所で、世代を超えたつながりを作る。そうやって出会った仲間たちと、まちをもっと面白くするために動き続ける。そんな幸典さんの生き方って素敵だなと、素直に思う。そして、この場所からまた、地域を愛する新たな「キャプテン」が生まれるのかもしれない。「TOKIWADAI-BASE」はこれからどんな風に進化していくのだろう。そう思うと、ワクワクが止まらない。