板橋の激安衣料品店と言えば、「のとや」。そのくらい、地域ではおなじみの存在であり、安すぎる衣料品を求めて常に板橋区民でにぎわっていた店の閉店ニュースには、たくさんの人から惜しむ声が届いたという。上福岡店、赤塚本店は残念ながらその長い歴史に幕を閉じたが、そのDNAを受け継ぐ激安店が成増にある。東武東上線成増駅から徒歩5分ほど、踏切の手前にある「コットンハウス」だ。店先には靴下やタイツなどが、がさっと大量に入ったワゴンや、マスクや洗剤、傘などの日用品が並ぶ。到着したときには、すでに何人かのお客さんが商品を物色していた。子ども用の靴下が3セットで149円。あたたかいふわふわ素材の枕パッドが199円。お徳用サイズのシャンプーが399円と、思わず「安!」と口に出したくなる価格設定。なかには、本体価格から82%オフ(!)で売られているものも。どの商品も、衝撃の値引き率と値段である。早くも、激安店の洗礼を受ける取材班。おしゃれさや気取った雰囲気とは対極にある、いい意味で雑多で飾らないディスプレイ。この感じが、なんとも落ち着くのだ。つい商品が気になって店頭を眺めていたところ、この店のオーナーの濱中裕二(はまなか・ゆうじ)さんが「こんにちは!」と爽やかに出迎えてくださった。店内を案内してもらうと、こぢんまりとした空間にはとにかく商品がぎっしり。洋服や肌着、下着などの衣料品をはじめ、タオルやシーツなどの日用雑貨、キャラクター雑貨、キッチン家電、食品などもある。商品のジャンルが多様すぎて、「何屋さんなんだろう……」と混乱してくるほど。「これでも、商品の数をだいぶ抑えているんですよ」と裕二さん。かつては今よりも棚が多く、そのぶんすれ違うことすら難しいほどだったそうだが、車いすのお客さんも含めてみんなが商品を見やすいようにと、今の形に落ち着いたのだという。コスメの棚の隙間に、梅干しが置いてあるのにはちょっと笑ってしまった。これは、掘り出しがいがありそうだ。「賞味期限が近い食べ物や飲み物が入ってくることも多いですね。近いといっても、期限まで1か月以上あるものばかり。品質にはまったく問題ないですし、まとめて買っていくお客さんも多いですよ」この日店頭に並んでいたフルーツ100%ジュースは、ひとつ40円。スーパーで買っても100円はするので、だいぶオトクである。しかも、廃棄される前にレスキューできるので、ちょっといいことをした気分にもなれる。所狭しと並ぶ膨大な商品数に、衝撃的な激安価格。ネット上では「成増のコットンハウスはのとやに似ている」とウワサされていたが、それもそのはず。濱中さんは、のとやの長男なのだ。のとやは、裕二さんの両親が下赤塚で始めたお店だ。社長であるお父さんが能登出身だったことから「のとや」。そこの長男として生まれた裕二さんは、子どもの頃からお店を継ぐことを期待されていたという。「本当は、大工をしていたおじいちゃんに憧れて、設計技師になりたいと思っていました。昔住んでいた家もお店も全部建ててくれたのを見て、子どもながらにいいなあって。でも進路を選ぶときに、両親がお店を一生懸命やってきたのも見てきたし、継ぐことを期待されているのがわかっていたから、この道を選ぶことにしたんです」じつは、当時ののとやはふつうの衣料品店だったらしい。激安を売りにする店に変わったのは、裕二さんの提案だったんだとか。「継ぐために4年間修行に行った武蔵小山のお店が、安さが売りの有名店だったんですよ。それで、うちももっとお客さんに喜んでもらえるように安さを売りにしていこうと父に提案して、方針を変えていきました」老舗の激安店というイメージが強かったのとやに、そんな歴史があったとは。その後、裕二さんは新たにオープンした上福岡店の店長として5〜6年ほど働いた。コットンハウスを立ち上げたのは、裕二さんが30歳のときのことだった。「うちは僕を入れて3人兄弟なんですが、弟たちも一緒に働くようになったらいろいろ方向性の違いが出てきて(笑)。じゃあ僕は独立して一人でやってみるよ、ということでこのコットンハウスを始めました。成増を選んだのは、共働きだった両親に代わって世話をしてくれたおばあちゃんによく連れてきてもらった思い出の地だったから。いつも賑わっているイメージがあったんですよね」そうして1995年にオープンしたコットンハウスは、もともとのとやと同様に、衣料品を安く売るお店だったそうだ。店名の通り、主に綿素材の洋服や子ども服を扱っていたが、今のような多種多様な商品ラインアップになったのはコロナ禍がきっかけだったと、裕二さんは話す。「コロナ禍では、みんな洋服よりもマスクやアルコール消毒液を手に入れることに必死でしたよね。そんななか、今までのつながりを使って消毒用の容器がなくて困っている雑貨屋さんに融通する代わりに、マスクを分けてもらったので、うちで販売してみたんです。そうしたら、ものすごい行列ができて。実用的なものや日用品で喜んでもらえた経験から、洋服だけでなく、お客さんが“今”求める商品を販売していくことにしました」激安店というと、たいていシーズン落ちのもの、一昔前に流行ったものが安く売られているイメージがある。もちろんそういう商品も豊富にあるが、コットンハウスがすごいのは、今巷で流行っているものや人気商品として知られているものも結構あるということ。SNSでも話題の韓国コスメやスキンケアアイテム、テレビCMでも話題になった人気のあたたかい靴下など、今も定価でがんがん売れている商品がこの店では安く買えてしまうのだ。「一緒に働いている妻やスタッフの皆さんが流行に敏感なので、いろいろ情報収集しています。中にはコスメが大好きな方もいて、『店長、これ入らないですか?今バズってますよ!』って教えてくれたりとか。みんな、僕が見つけてきたらこの店で安く買えると思ってるから(笑)」裕二さんは毎月のように大阪に出掛け、自分の足を使ってさまざまな商品を仕入れにいく。その独自のルートは、今まで時間をかけて人と人の付き合いの中で築いてきたものだ。季節や時期に合わせた商品展開を心掛けているため、店内のラインアップはころころ変わる。ひとつの商品を仕入れる数にも限りがあり、なくなったら新しく入ってくるものでもないので、お客さんはお目当てのものがまだ残っていたらラッキー。その一期一会な感じも、何度も足を運びたくなる理由なんだろうなと思う。「儲けようと思ったら売れない」という裕二さん。お店側としては薄利でも、できるだけ安く商品を提供しようとするのは、ひとえにお客さんに喜んでほしいから。「お店にいると、時折お客さんの話し声が聞こえてくるんですよ。『これって今人気のやつじゃないの?』とか『なんでここにこれがあるの?』とか。それを聞くと、『よしよし、見つけてくれた』って嬉しくなっちゃって。ご機嫌で帰っていく顔を見たり、スタッフから『あのお客さん、まとめて買っていきましたよ』と言われたりすると、報われたなと思いますよね」“思わず漏れ出てしまったお客さんの声”というのは、お世辞抜きの本音であるぶん、たしかに嬉しさが倍増しそうだ。独立し、ゼロから自分のお店を始めて30年。この記念すべき年に、裕二さん自身も60歳の還暦を迎えた。一時期は食べていけないほど苦しかったという時期も乗り越え、時代に合わせてアップデートしながらみんなで守ってきたこのお店。「やっぱり商売が好きなんですよね」という裕二さんは、私たちに1枚のTシャツを見せてくれた。「妻とスタッフから、還暦のお祝いにTシャツをもらったんです。僕が仕入れから帰ってきたら、シフトに入っていないスタッフも全員出てきて『ちょっとお祝いします!』『お客さんもぜひ一緒に!』って言ってね。営業時間中だったんだけど、『いいときに買い物に来ました』って居合わせたお客さんまで拍手してくれて。プロのイラストレーターさんに似顔絵をお願いして、みんなでお金を出してつくってくれたらしいんですが、嬉しかったですね」このエピソードだけで、裕二さんが、そしてコットンハウスがどれだけ愛されているのかがわかる。学生時代、こういうローカルに根付いた、“みんなが家族”みたいなお店でアルバイトしてみたかったな、とふと思った。(ちなみに、コットンハウスではアルバイト募集中とのこと)何でもかんでも物価高で気持ちが落ち込みがちなこの時代に、驚きとワクワクをくれるコットンハウス。店内にひとたび入れば、「これ欲しかった!」「この値段だったら試してみようかな」と思えるものがきっと見つかるはず。ぜひ、宝探しをするような気持ちで訪れてみてほしい。