「頑張った日のご褒美ごはん」といえば? そんな問いを投げられたら、お寿司と一緒にトップ3にはきっと入るであろう焼肉。手軽におうち焼肉もいいけれど、お店でいいお肉をたらふく食べることでしか得られない幸福感は絶対にある。とはいっても、年々気になるのは胃もたれ。せっかくの焼肉で思い切り楽しみたいのに、その夜や翌日のことを考えて躊躇ってしまうのは悲しい。今回取材に伺った「炭火焼肉 明洞(ミョンドン)」は、そんな人にぜひ行ってみてほしい焼肉店だ。「お客さんが教えてくれますよ。うちで食べると、次の日に胃もたれしないんだって!」ちゃきちゃきとしたオーナーの小山淑江(こやま・よしえ)さんはそう話す。いったい、どんな秘密があるのだろう?地下鉄成増駅の4番出口から徒歩1分。「炭火焼肉 明洞」と大きく書かれた看板が目印で、夜になるとネオンライトが付いて、より賑やかな雰囲気になる。1991年創業。結婚を機に日本にやってきた韓国人の淑江さんと、夫の治勇(はるお)さんが営む焼肉店だ。この辺りの焼肉屋さんでは一番古い老舗だが、息子さんの協力のもと、数年前にリフォームをしているため店内は清潔できれい。創業当初からある大理石は一部そのまま残し、ぬくもりのある木との組み合わせでモダンな雰囲気に。テーブル席とお座敷があり、大人数の宴会やパーティーにも対応可能。カップルや家族連れに加え、平日は会社の接待や飲み会で使うお客さんも多い。ちょうど前日にも、20名ほどの団体のお客さんが宴会をしていたらしい。さらに5名グループなどの来店が重なり、大盛況だったそうだ。「日曜日にそんなに混むの初めてよ。こっちもちゃんと接客したいのに、バタバタしちゃって。もっとばらけて来てくれればいいのにね」と、淑江さんはやれやれという調子で笑った。そのエピソードからも、ここがまちの人に愛される人気店であることが伺える。この店がメインで提供しているのは、佐賀県産のブランド牛の「伊万里牛」(A5ランク!)。松坂牛や神戸牛と並ぶ高品質な黒毛和牛として知られていて、きめ細やかで質の高い脂肪の甘みとしっかりとしたコクや風味が特徴なんだとか。「東京で伊万里牛を出すようになったのは、うちが最初なのよ」と淑江さん。佐賀県・伊万里の問屋がセールスにやってきたのがきっかけだったという。「1998年に社長が大きな伊万里牛の塊を持ってきて、『僕が全部バラしますから食べてみてください』って。そのときに伊万里牛の旨味やコクに魅せられて、それ以来ずっと取引しているんです」「高級品からリーズナブルなものまで、どんなお肉もありますよ」という治勇さんの言葉通り、お肉のメニューだけでもかなり多い。迷ったら、ひとまず卓上の「おすすめ」から選べば間違いなし。(よく見ると、箇条書きがハートマークになっていて可愛い)「全部おいしいよ。中でも『しんしん』はすごい人気があるね」と淑江さん。「トウガラシ(肩甲骨付近)」や、「ザブトン(肩ロースのあばら骨付近)」といった希少部位も、ずらっと揃う。ちなみに治勇さんは、ハラミ推しらしい。「ハラミの“極上”はバツグンだね」とにっこり。それに対し淑江さんは「“並”でも十分おいしいですよ。昨日のお客さんはハラミだけで10人前食べてました。まいっちゃうくらいね」と笑う。そして一番人気は、こちらの「お徳セット」。約3人前のカルビとロースが乗った盛り合わせに、飲み物もしくはライスが付いて2400円(税別)。アルコールドリンク1杯、ライス1杯(大盛りOK)、ソフトドリンク2杯の中からひとつ選べる。アルコールは、生ビールや瓶ビールからも選べるのがお酒好きには嬉しいポイント。新鮮で上質なロースとハラミがたっぷりのって、このボリューム感。しかも、注文制限がないので何皿でも頼める。これはだいぶオトクだ。治勇さん曰く、2000年代のはじめの狂牛病の流行で、経営がピンチになったときに始めたメニューらしい。「そうしたらおかげさまで人気になっちゃってね。あえて“お徳”という表記にしているのは、“奉仕”という意味なんです。今はどんどん物価が上がっているから、こればっかり出ちゃうと利益としてはアウトなんだけどね」実際に食べさせてもらったが、それぞれ旨味がぎゅっと凝縮されていてとてもおいしい。「これからまだ仕事でしょ」と取材班を気遣ってサービスで出してくださったお米が進む、進む。ちなみに、網には牛脂を塗らず、先に脂のあるお肉を焼いてから、ロースや赤身系のお肉を焼くのが明洞流。「ロースはね、脂がないからよく焼いちゃうと固くなってパサパサになるの。うちはお肉に自信があるから、ある程度焼いて大丈夫だけど、ほかの店ではうちみたいな焼き方はダメよ」そう言って淑江さんがとくべつに焼いてくれたロースは、しっとりと柔らかくて、とてもおいしかった。焼き加減はやっぱり、熟練の技。「お客さんからも『俺らが焼いた肉と全然違う!』って言われるの」とまんざらでもない表情の淑江さん。お店が混雑していないときは、ぜひ焼き方のお手本を見せてもらおう。さらに、ご厚意でおすすめの「カイノミ」も出していただいて、そのとろける甘みと柔らかさにすっかり魅了された取材班。そうそう。これこそ、たまの贅沢による幸福感。「おいしいお肉っていいですねえ」としみじみ言い合ってしまった。そういえば、結構ボリュームがあるにも関わらず、胃が重くない。その秘密のひとつは、この自家製のタレにあった。「うちは取り扱うお肉が脂肪分の多い黒毛和牛肉が中心なので、タレはさっぱりとした味にしているんです。100%手づくりを心がけて、化学調味料や添加物は一切使わず、シンプルな材料でつくっているから胃もたれしないの。創業以来、ずっと変わらない味ですよ」さらに、お肉につけて食べるとおいしい辛みそや、子どもから大人まで大人気のサラダのドレッシング、キムチも淑江さんの手づくり。愛情を込めていちから仕込んだ、明洞オリジナルの味なんだそう。質のいいお肉ならではの脂の甘みは存分に堪能してもらいつつ、ほかはさっぱりとした味付けでバランスよく。何度でも食べにきてほしいから、できるだけ健康にも配慮したい。そんな思いから、一品料理にも胃もたれしない工夫をしている。たとえば、人気の「カムジャタン」もあえて、本場・韓国のつくり方とは変えているのだそう。「豚の背ガラを長時間煮込んでつくるんだけど、私が脂っぽいのが嫌いだから、全部脂をとっちゃうの。もともとお肉を食べてお酒を飲んだあとに、みんなでスープ替わりに飲んでもらうためのメニューだったから、最後はさっぱりして終わりたいでしょ。カムジャタンまで脂っこかったら、もうしばらく来なくていいやってなっちゃうじゃない。それは嫌だから、手間と時間をかけて脂をとってるんです」この明洞オリジナルのカムジャタンを目当てにやってくる人もいるくらい、お客さんからは大人気のメニューらしい。手間がかかるため、混雑する日は提供しないことも。確実に食べたい場合は、予約時に連絡必須だ。ちなみに治勇さんも、淑江さんのつくるカムジャタンが大好きなんだそう。「ちょっと言わせてもらうと、僕は日本で一番おいしいかもしれないって思っていて。一度うちのを食べたら、絶対に他では食べられないよ」と大絶賛。それに対し、「なーに言ってるの!」とツッコミつつも、嬉しそうに笑う淑江さん。そんな夫婦のやりとりが微笑ましくて、思わずこちらまで笑顔になる。明洞には魅力的なメニューがたくさんあるので、「お徳セット」に限らず、ぜひほかのお肉や一品料理などをいろいろ頼んでみてほしい。夫婦で励まし合いながら、休みなく働いてきて30年以上。今おふたりが何より大事にしているのは、自分たちの健康だと淑江さんは言う。以前は14時までやっていたランチも、今は13時までに変更。そのあとは、夜の営業に備えてしばし休憩をする。「だらだらやっていたら自分たちが疲れちゃうから。年中無休で休みがないから、せめて昼間ぐらいね!」と淑江さん。「私たちも年をとったからね。もちろんお客さんは大事ですよ。大事だけど、自分が健康でいなければお客さんを元気に迎えることができないでしょ。からだは資本だから」そう。休むのも、お客さんにきちんといいサービスを提供しつづけたいという思いからなのだ。さまざまなお店を取材させてもらってきて、とりわけ飲食店で働いている方たちは若々しいなあと思う。あとから年齢を聞いて、びっくりすることも多い。でも、おいしいものが食べられるのも、働く方たちの心身の健康があってこそ。なくなってほしくないお店だからこそ、ふたりには元気でいてほしい。その気持ちは、この店を愛する全員がきっと持っているはずだから。最後に「からだに気を付けてくださいね」と伝えると、「ありがとう」と笑いつつ淑江さんらしいサバサバとした言葉が返ってきた。「元気に頑張りますよ。明日のこと、明後日のことはわからないけどね!」