昔懐かしい“町中華”がブームとして注目されるようになって久しいが、まちを歩けば今も、たくさんの人で賑わう中華料理屋さんをよく見かける。後追いで流行った“ガチ中華”や“ディープ中華”と呼ばれる本格中華にももちろん良さがあるけれど、なじみあるおいしい料理をささっと出してくれる町中華は、第2の家みたいな感覚すらあって、ついつい足が向いてしまう。(しかもお財布にもやさしい!)町中華と一口に言っても、お店ごとにメニューや味に個性があるから、無性にわくわくするのだ。今回お邪魔した「らーめんハウス こーちゃん」も、まさに大山を代表するザ・町中華。「いたばしPay」事務局メンバーもランチによく訪れるそうで、「何を食べてもおいしい!」と聞き、とても楽しみにしていた。東武東上線 大山駅から徒歩7分、都営三田線 板橋区役所前駅からは徒歩5分くらい。遊座大山商店街から1本入った路地に、ひっそりと佇んでいる。「カラカラ」と音が鳴る扉を開けると、「いらっしゃい」「こんにちは!」と明るい声が飛んできた。にこにこと笑顔で出迎えてくれたのは、店主の“こーちゃん”こと小林孝次(こばやし・こうじ)さんと、妻の真規(まき)さん。ふたりのあたたかい歓迎に、初めてなのにすっかり「帰ってきた」みたいな気持ちになってしまった。1991年創業。小さい頃から料理が好きだったという孝次さんが、15歳のときに栃木から集団就職で上京し、大山の蕎麦屋で20年以上務めたのちに独立してはじめたのが、この「らーめんハウスこーちゃん」だ。「37歳のときにオープンしたんですよ。大山が好きで離れたくなかったんだけど、近くで同じ蕎麦屋をやるわけにいかないから、独学でラーメン屋を始めてね」上板橋生まれで、福祉施設の給食センターで働いていた真規さんとは、お店を始めて10年ほど経った頃に共通の知人を介して知り合ったそう。もともとは板橋区役所前で営業していたが、15年ほど経った頃に大家さんの都合で移転を余儀なくされ、今の場所に移ってきた。そのタイミングから、孝次さんと真規さんのふたりでお店を切り盛りしてきたという。店内ではラーメンをはじめ、昔懐かしい中華料理やおつまみを楽しめる。昼は、近所の会社で働く人や地元の人たちで賑わい、夜になると常連さんたちが集って居酒屋のような様相になるという。壁には、手書きのメニューがたくさん。(ほとんどひらがなでゆるくて可愛い)豊富な麺類に、チャーハンや定食メニューも。「冷やしぼりゅうむ麺」や「ぶたきむちラーメン」、「運命のじゃーじゃー麺」など、他店では見かけないユニークなものも並んでいる。定食で馴染み深いレバニラや豚キムチなどのおかずもラーメンに乗せてしまうのは、こーちゃんならでは。「最初の頃のメニューは、本当にごくわずかだったんですよ。ラーメンもよくあるノーマルのものと、タンメン、味噌ラーメン、チャーシュー麺くらいで、あとはチャーハンや肉野菜定食とかね。でも、やってるうちにお客さんに『こういうのつくってよ』と言われて、どんどん増えていっちゃったんです」「大山にはラーメン屋がたくさんあるけれど、うちはオリジナルではほかに負けない気がする」と孝次さんは笑う。人気メニューだという「冷やしうま煮麺」も、お客さんの要望で始まったらしい。「前は冷たい麺はやっていなかったんですが、暑いときにお客さんから『冷たいのもできないのか』と言われて、じゃあわかりましたって考えたの。こうやったらおいしいんじゃないかなって試行錯誤して。そうしたら、冬でも結構出るんですよ」あたたかいラーメン用のスープを少し濃いめにつくり、それをベースにお酢や塩コショウ、砂糖などを加えて、具材と一緒にあんかけにしているのだそう。「乗っけるものはいろいろ(笑)。なんでもいいんです」と孝次さん。リクエストがあれば、違う具材を乗せることもあるという。そのあんを冷やした麺にたっぷりとかけたものが、名物の「冷やしうま煮麺」だ。素朴だけどワクワクするこのビジュアル。豚肉にきくらげ、にんじん、ヤングコーン、ピーマン、かまぼこなど、具だくさんで嬉しくなる。もはや食べる前からおいしいのがわかるけれど、一口食べるとその想像をさらに上回ってきて思わずうなってしまった。「おいしいです……!」と力を込めて伝えると、孝次さんも真規さんも嬉しそうに笑ってくれた。たっぷりの具やもちもちとした麺もさることながら、やっぱりあんがとってもおいしい。毎朝昆布と鶏がら、豚がらからとって仕込んでいるというスープが、このお店の基本。しっかりボリュームがあるが、重たくないので無限に食べられそう。孝次さんはもう一品、夜のおつまみとして人気のメニューをつくってくれた。大きな中華鍋を振るい、「ジャッジャッ!」と手際よく炒めてくださっている間、ずっといい香りがしていた。これはお米がほしくなりそうだ……。そうして出していただいたのが、こちらの「とりのこーちゃん焼き」。「たまたまね、お客さんが岐阜に行って、向こうで有名な『鶏(けい)ちゃん焼き』っていうのを食べたらしくて。その特製のたれをお土産に買ってきてくれたんですよ。それをほかのお客さんも一緒にみんなで食べたらおいしかったから、『俺にもできるかも』って思ってちょっとアレンジして自分でやってみたの。味噌とかいろいろ混ぜてね」ぷりぷりの鶏肉と野菜に甘辛いタレがよく絡んだ、間違いない一品。ちょっと濃いめの味付けで、どんどんお酒が進んでしまいそう。ちなみに「本日しかないおすすめ」と書かれたラインアップの中には、よく見ると海鮮系のおつまみやお刺身が。「町中華でお刺身!」とびっくりするが、独自ルートで新鮮なお魚が手に入るのだとか。「たまたまね、私が福祉施設の給食センターで働いていたときの知り合いの魚屋さんが、お店の前を通ったんですよ。それで私がいるのを見つけたみたいで、その彼からお魚を仕入れるようになったの」損得は抜きにしても、ご縁を大事にする気持ちからずっと仕入れ続けているという。魚の捌き方は、その魚屋さんが一から教えてくれたらしい。「この人器用だから、言われたらすぐできちゃうんですよ。うなぎや握りもやるし」と真規さん。もちろん中華もいいけれど、気分によっては旬のお刺身やアジフライなんかをつまみながら飲むこともできるなんて、最高だ。お店の歴史はトータルで30年以上、移転して夫婦ふたり体制になってからもすでに15年以上になる。日々お仕事をするなかで大切にしていることを、それぞれに聞いてみた。すると、真規さんは「掃除」ときっぱり。「ラ-メン屋さんっていうと、床が油で汚くなるイメージがあるでしょ。でも私はそれが嫌だから、厨房の中も含めて毎日掃除してできるだけきれいに保つの。一日の仕事のはじまりは、掃除からですね」「まきちゃんが毎朝一生懸命掃除してくれるから、きれいなんですよ」と孝次さんもにっこり。聞けば、床も毎日手で磨くんだそう。古さはありつつも清潔なこの空間は、真規さんの毎日の積み重ねに支えられているのだ。そして、孝次さんの答えは「商売だから、やっぱりお客さんかな」。「うちのお客さん、みんないい人ばっかり。前の店と比べて、今はお客さんとの距離がすごく近いんでね。冗談言ったり、楽しいですよ。常連さんとはよくゴルフに行ったり、休みの日に飲み物を持ち寄って、ここでお鍋をやったりね」それに対し、「みんな“こーちゃんファミリー”だもんね」と真規さん。そう、ふたりにとってお客さんは家族。とくに、コロナ禍をともに乗り越えた地元の常連さんたちとの関係性は大切に育んできた。お店と客の垣根を超えた、人と人との付き合い。「みんなが喜んでくれるなら」と、多少の労力は惜しまない。これこそ、地域に根ざした“町中華”らしい姿だなと思う。そして何より、ふたりのあたたかくてチャーミングな人柄に、みんな惹きつけられてしまうのだろう。味のおいしさはもちろんのこと、会いたいから食べにくる人もきっとたくさんいる。この短い時間でも、らーめんハウスこーちゃんを愛し、応援したくなるお客さんたちの気持ちがとてもよくわかる気がした。取材を終えて帰ろうとしたとき、真規さんが「寒いでしょ」と人数分の缶コーヒーをくれた。近くのコンビニでわざわざ買ってきてくださったらしい。そして、最後はふたり揃って「いってらっしゃい」「またきてね」と手を振って見送ってくれた。本当に家族みたいだと思った。たしかに外は冷たい風が吹いていたけれど、おいしいものとやさしさで満たされたぽかぽかの身体と、両手から感じる缶コーヒーのぬくもりのおかげで、ちっとも寒く感じなかった。