「手づくりのふとんって、使ったことないでしょ?」金子さんが尋ね、私たちはうんうん、と首を縦に振る。「昔は結婚すると嫁入り道具を車いっぱいに詰め込んだんだけど、その中にお座ぶとんや、ふとんも必ずあったんだよ」今ももちろんなくてはならないものだけど、昔は特に、ふとんは財産だった。職人がつくった布団を、大切に大切に、数十年手入れしながら使った。ただ、今では手づくりふとんの技術を持った人はごくわずか。街にたったひとつとなったふとん店を訪ねてみた。板橋区の東山町にある金子ふとん店は、今でも手づくりのふとんを販売しているお店だ。店主でふとん職人の金子順一さん自らが生地を縫い合わせ、そこに幾重にも重ねた綿を入れ、丹精込めてつくられたハンドメイドのふとんを販売している。その丁寧な仕事が、お客さんの支持を得ているという。「腕がいいからね。敷ふとん一枚なら、一時間くらいでつくれるよ」おふとんがほしいときっていつも急だから、そのスピード感でつくってくれるのもうれしい(私たちは、寒い風がヒューっと吹いた時に初めてふとんが恋しくなる。そして、そう感じたら一刻もはやく、ぬくぬくのふとんにくるまりたいのだ……!)。以前、ときわ台にあった「東京蒲団技術学院」という専門学校で、戦後のふとん技術の教育制度を確立した中村畦硯先生に技術を教わった金子さん。この店の手づくりふとんの特徴は、自分の身体の特徴や悩みに合わせて、綿の盛り方を調整してくれること。たとえば、「腰痛持ち」であることを伝えると、腰椎のカーブに沿って綿の高さを変え、楽に寝れるように調整してくれる。生地の柄も選ぶことができ、まさに自分だけのオーダーメイドのふとんが出来上がるのだ。お店では機械でつくられたふとんも取り扱っている。安価に買いたい方には、無理に手づくりをおすすめせず、こちらを紹介している。「機械と手づくりはどう違うんですか?」と尋ねると「寝てみるとわかるよ」。オーダーメイドふとんの柔らかさや吸湿性、身体へのフィット感の違いを、金子さん自身も毎日使って実感している。昔は一つの駅に2、3軒あったふとん店も、今では街にひとつだけとなった。金子ふとんも、金子さんが引退すれば閉店となるのだという。「自分がつくっているのが伝統工芸品であれば、跡継ぎを探していたのだろうけれど。おふとんは、あんまり美しいとかそういう基準で見る人いないでしょ。見た目も綺麗につくろうとは思っているけどね」時代とともにふとんが大量生産されるようになり、量販店の台頭も影響して、個人経営のふとん店は急激に数を減らしていった。ふとんに限らず、身の回りに大量生産のものが多くなっている時代だからこそ、若い世代には職人の仕事を見せたいという思いもある。子どもたちが見学に来たときは、できるだけ丁寧に説明しようと努めているそうだ。以前、テレビ局が取材に来た際、ベビー用のふとんを作る体験をしたアナウンサーは汗びっしょり。「こんなに大変だとは」と驚いて帰っていった。それほど、全身を使う肉体労働だ。そんな仕事を、金子さんは50年ずっと続けている。手づくりふとんは、最低でも10年、丁寧に使えば20年以上は持つ。しかし、経年とともに、どうしても表面が汚れたり、中の綿がぺしゃんこになってくる。そんな時は「打ち直し」をすると、心地よく使い続けることができる。「打ち直し」とは、ふとんの中の綿を一度全部取り出して、撹拌し、繊維を整えること。こうすることで、ふとんが新品のように元通りのふわふわになる。手づくりふとんは、長く使えてエコロジーでもあるのだ。昭和20〜30年代、戦後すぐの日本はまだ貧しく、ふとんの品質も悪かった。しかし、その後、経済成長とともにふとんのニーズが増え、大きな産業となった。そんな時代の波に乗り、金子さんの両親はふとんの工場をはじめた。金子順一さんは、1950年、5人兄弟の4番目に生まれた。上は皆姉で、長男の自分が家を継ぐということには薄々気づいていたという。大学卒業後、両親の会社に就職した。「サラリーマンになっていたほうが楽だったのかもしれないけど(笑)。自分が継がないと、弟に苦労をかけるという思いもあったしね」金子さんは、両親のふとん工場を続けていく自信がなかった。そこで、25歳でふとんを販売する小売店をはじめた。オープン当初は、街ですれ違う人全てがお客さんのように思え、全員に挨拶して歩いた。変なところを見られてはいけないと、毎日気を張って生活していた。大変だった。その代わり、仲良くなるとみんなお店に買いに来てくれた。結婚相手のゆき子さんは伊勢丹の元販売員。お客さんの顔をよく覚え、接客が上手く、数字にも強い。2人で売り上げ目標も設定し、数字が伸びてくる。面白かった。売り場を安心して任せられるパートナーを得て、自分は職人としてふとんをせっせとこしらえた。「結局、2人とも商売が好きだったんだろうね。だからこうして長く続けてこれたんだと思うよ」夫婦の楽しみは、一緒に散歩したり、旅行をすること。今度の旅行先も2人で考え中なのだという。金子ふとんのお客さんの8割はリピーターだという。そんな人たちとの関係を大切にしながら、新しいお客さんにも丁寧に接客している。毎回、新しいお客さんにはまず「手づくりと機械でつくったもの、どちらがいいですか?」と質問し、予算やニーズによって、その人が求めているものをおすすめするようにしている。海外のお客さんが来た時も、翻訳アプリを使い、商品のことが伝わるように最大限努力している。喜びを感じるのは、やっぱりお客さんが喜んでくれる瞬間。「金子さんのふとんで寝ると調子がいいから」と、県外に引っ越した人からも打ち直しのオーダーがある。ふとんは長年使うし、あって当たり前になっているものだから、お客さんの反応が金子さんの耳に入ってくることはあまりない。でも、長くお店を続けていると、ゆったりとしたスパンでお客さんからの「ありがとう」が返ってくる。それがなんともうれしい。金子さんの話を聴いていて、自分はふとんについてあまり考えたことがなかったことを発見した。そして、今使っているふとんを長く使う意志もあまりないことに気づいてしまった。汚れたり、身体に合わなくなったら買い替えればいいか、と、そう思っていたのだ。金子さんは、ものを大事にする人だ。車も、ミシンも、大切に大切に、長い間使っている。金子ふとんにあるミシンは母親の代から50〜60年以上使っているものだそうだ。JUKIというメーカーの古い型のミシン。これは、先日亡くなったわたしの祖母が使っていたものと同じ型だった。祖母は洋裁の仕事をしていて、まるでミシンが身体の一部であるかのように自由自在に生地を縫い、自身をケアするかのように機械のメンテナンスをしていた。金子さんも、日々ミシンに油を差し、埃を払っているのだとか。勝手ながら、金子さんがミシンを触る姿が、祖母がミシンを撫ぜる姿と重なって見えてしまった。祖母にとって、あのミシンはどういう存在だったのだろう。日々使う道具が、数十年先も自分とともにあるなんて、これまであまり考えてこなかった。だってパソコンもスマホも数十年は持たないし……。生活のなかに、自分を助けてくれる道具があることを想像すると、なんだかとてもいい気がした。それにしても、金子さんのつくったふとん、寝てみたいな……。今度またじっくり選びに来たいと思う。