ボリュームがあるだけではない。宝探しのようだと思った。受け取ると、ずっしりと重いお弁当。まずは、どーん! とメインを張っているハンバーグが目に入る。どんどん箸を進めるうちに、今度は周りを固めるおかずたちの豊富さにも驚く。メインの下にはパスタサラダがたっぷり敷かれているし、濃い味のものを食べた後には野菜のおかずでさっぱりできる。人参のソテーの影からは、ひょこっとウインナーが現れた。デミグラスの茶色だけではなくて、グリーン、オレンジ、ピンクなどの彩りが、目からもおいしさを教えてくれる。たくさんの色があるということは、いろいろな種類の栄養が取れるということだ。このお弁当が買えるのは、栄町にある惣菜店「かぶとや食品」。かぼちゃの煮物、卯の花、肉じゃがなど、昔ながらのメニューの他に、低温調理のローストポークなど洋風の料理など、常時20種類以上の惣菜が並ぶ。これらはすべて、柴田秀昭さんと、息子の葵さんでつくっているのだという。東武東上線の大山駅、中板橋駅からいずれも徒歩約10分。栄町の商店街から少し外れた場所にある「かぶとや食品」。定休日の土日・祝日以外は、毎日深夜2時半から仕込みがはじまる。調理、お弁当の詰め作業、商品の陳列など、10時の開店までノンストップで手を動かし続ける。その後も、夕方のお惣菜や明日の仕込みで、閉店時間の20時までほぼ座る暇がない。普通に考えて、とても大変だと思う。しかし、秀昭さんは言う。「お客さんが来てくれるから、こんなに忙しくしていられるわけですからね。本当にありがたいですよ」この忙しさは、昨年末から拍車がかかった。秀昭さんの母親である孝子さんが骨を折ってしまい、お店に立てなくなってしまったのだ。孝子さんの担当していたメニューをお店に並べるために、入院していた病院に電話を掛けてつくり方を聞いた。でも、それらにレシピというレシピはなかった。「お醤油ひと回し、お水はひたひた」。孝子さんにとっては、数字で測る必要のない、身体に染み込んでいる手順だったのだ。葵さんは電話口で、その目分量を一生懸命メモし、お店で試行錯誤した。そのかいあって、変わらない味がお店に並び続けている。祖母のレシピを実際につくってみて、葵さんはそのすごさに気づいたのだという。「小さな身体のおばあちゃんが、あんなに大きな鍋いっぱいにお惣菜をつくっていたんだなって。本当にパワフルで、すごいなと」卯の花は、かぶとや食品の看板メニューのひとつ。おからは、以前『いたPayさんぽ』でも取り上げた、吉野家豆腐店のものを仕入れている。この店の卯の花は、具材が多い。人参、葉物、ひじきの他に、ゲソなんかも入っているのだという。「卯の花なんて、みんな同じ味でしょ」そう言って買って行ったお客さんが、「すごいおいしかったよ」と伝えてくれたり、次も、その次も卯の花を注文してくれたりしたとき、心のなかで「よしっ」と思うのだそう。卯の花、肉じゃが、かぼちゃの煮物など、昔ながらのお惣菜の味は、4代に渡って受け継がれている。80年ほど前、戦後まもない頃に、秀昭さんの祖父母が、ちょっとしたおかずをつくって軒先で売り出したのが、かぶとや食品のはじまりだ。その後、乾物店として正式にお店を構え、現在まで続いてきた。秀昭さんは、お店を継ぐ気はなかったのだという。大学卒業後、2年間会社に勤めたが、デスクに座る仕事は自分には合わないと思い、退職後、飲食店の門を叩く。そのタイミングで、かぶとや食品のスタッフの入れ替わりなどがあり、結局お店を手伝うことになった。25歳から現在まで、約30年間お店に立ち続けている。息子の葵さんも、会社を退職後、一度は飲食店に勤めるも、最終的にはかぶとや食品で働くこととなった。「芸能人の子どもが芸能人になるみたいに、親の仕事を見ていたら自然とそうなっていった感じですかね」素朴な雰囲気のお店でひときわ目を引く、カリブサラダやローストポークなどの洋風メニューは、葵さんがここ数年で新しくつくりはじめたもの。学生時代から料理が好きだった葵さんが、今までにはお店に並ばなかったようなメニューに挑戦してみている。週の頭に登場する低温調理のローストポークは大好評で、予約を取るお客さんもいるのだとか。「他のお惣菜よりちょっと値段も高めですから、最初は買ってくれるか不安だったんですよ。でも、おいしいと買ってくれるものなんだねって。常連のおばあちゃんが『カタカナはわからないのよ〜』って言いながら、リピートして買ってくれるんです。『今までは煮物ばかり食べていた』と話すお客さんに、新しい味を届けられたんだなと思うと、とてもうれしいんですよね」お菓子づくりも好きな葵さん。昨年のバレンタインデーに、試しにケーキを並べたらお客さんから「いいじゃない!」と大絶賛。ご近所さんの集まりに持っていくからと、たくさん注文をしてくれる常連さんもいた。「お惣菜のなかにひとつでも甘いものがあれば、お客さんも楽しめるんじゃないかって。僕もお菓子づくりが好きですし。最近はできていないんですけど、今後はお菓子も並べられたらいいなと思いますね」こうして新しいメニューがお客さんに自然と受け入れられるのも、長年、町に根付いた商いをやってきた信頼があるからだと2人は言う。「ご高齢のお客さんが新しい味を試してみようと思うのも、長年おいしいものを提供してきた積み重ねがあるからだと思うんですよね。『古いお店』だからこそ、『新しいこと』に挑戦できているのだと思います」秀昭さんがこだわっているのは、お弁当のバリエーションの豊富さ、おかずの種類の多さ、それに彩り。これだけ大きいお弁当なのに、値段は600円! ボリュームたっぷりだけど、最初から最後までいろいろな味を楽しめるから、飽きることがない。「『飽きさせない』ことを、とにかく一番意識していますね。いくら味がおいしくても、飽きたらお客さんは来てくれなくなっちゃいますから。2人でやっているので大変な部分もありますけど、求めて来てくれる人がいる限りは、応えたいし楽しませたいと思っています」取材中も、頻繁にお客さんが来る。普段お店番をしている秀昭さんの叔母、渡辺桂子さんがいない時間帯だったので、2人のうちどちらかが「は〜い」と軽い足取りでレジに向かう。それにしても、なんて安心するお店なんだろう。初めて来たのに、そんな感じがしない。「レジの時にこわい顔していると、買いにくいでしょ。うちは、100gだけでも注文しやすい雰囲気にできているんじゃないかな」日々、仕事をしていくなかで、自然とお店の空気ができていく。料理の仕込みに関しても「できるほうがやれればいいよね」と、お互いを助け合っている。会話がなくなってギスギスしたことはない。常に話し合って、進む方向を決めている。「親子、仲良しですね」と伝えると、2人とも首を縦に振るわけでもないけれど、否定もしない。目を見合わせて笑い合う。「そうかな?」2人で外食に行くと、お店のメニューの材料当てクイズがはじまるそうだ。「きっとこれが入ってるよ」「調味料は、これとこれかな……」「どうやってつくるの?」「こうやって、こうして……」「じゃあ、一回家でつくってみる」2人の会話は、キャッチボールというよりは、もっと、相手の近くまで行って、ボールを手のひらに置きに行っているようなイメージ。穏やかで、やさしいと思った。休日は、お互いの友人も誘って一緒にゴルフに行ったり、ラーメンを食べに行ったりもする。そんな2人や、お店番のスタッフさんが、誰でも来やすい、「100gだけちょうだい」と言える雰囲気のお店をつくっている。新しいメニューが自然と定着していくように、お店自体も、その時2人が気持ちいいと感じる形にゆっくり変容していくのかもしれない。「さいきん2人で、『お店のなかで、立ち飲みみたいなことができたらいいね』って話しているんです(笑)」本当に、お客さんを飽きさせない、いい店だなと思う。今日も2時半にお店に来て、仕込みをはじめる。おいしいお惣菜をつくりたい。目も舌も楽しみながら、お腹を満たしてほしい。あなたの食卓が彩られればうれしい。そんな思いが、今日も2人をキッチンに立たせている。