「理想的なオムライスだ」と思った。シンプルなライス型。ほんのり半熟感のある卵の中には、甘く炒められた玉ねぎとウインナーの入ったケチャップライスがぎっしり。卵の黄色に、ソースの赤と、添えられたサラダのグリーンがとてもよく映える。一口食べてほっとする、懐かしくてやさしい味わい。思わず「そうそう、これこれ」と心の中でつぶやくような。半熟ふわとろ系、真ん中で切るとあふれ出る「たんぽぽオムライス」、スカートのようにふわっと仕上げられた「ドレスドオムライス」など、いろいろ種類はあるけれど、個人的にはこういう定番のオムライスが大好きだ。ランチタイムは、ここに味噌汁もしくはスープが付く。このオムライスを食べられるのは、東武東上線 大山駅からほど近い場所にある「洋食rare(レア)」。2024年3月オープン。素朴で懐かしい洋食を中心に、おいしいご飯とお酒が楽しめるこぢんまりとしたお店だ。カウンター中心の店内は、昼の間は自然光が良く入り、清潔で明るい空間だ。ランチタイムは、A~Cの3種類のメニューから選べる。AとBは週替わり。Cだけは定番で、冒頭のオムライスを提供している。「Aは、2種類のおかずが乗った“大人のお子様ランチ”のイメージ。唐揚げとハンバーグとかね。Bは、丼もの。ガパオライスやタコライスなどを出しています。Cはもともと麺類にするつもりだったんだけど、オムライスが人気だからもう定番にしちゃったの」そう話すのは、店主の鹿島小百合(かしま・さゆり)さん。「みんな好きだよね、オムライス!」と楽しそうに笑う、フレンドリーで明るい人だ。この日のBランチは「rare風ガパオライス」。もともとエスニック料理のガパオライスをみんなが食べやすいように少しアレンジしているから“rare風”。しっかりとした味付けなのに、さっぱりしていてとてもおいしい。実際に週替わりのメニューを考えているのは、シェフの平沼さん(通称・へいさん)。コック歴50年になる大ベテランだ。お客さんが一日置きに来ても、違う味を楽しめるように。そんな思いから、週替わりで選べるメニューをつくった。この店は、同じく大山にある居酒屋「食酒処rare」の移転先としてスタートした。そもそも、小百合さんに飲食店を始めた経緯を聞いてみると、意外な答えが。「脱サラです。飲食の経験はまったくありませんでした」小百合さんの前職は、大手ガス会社。本人曰く「言いたいことも言いたいし、やりたいこともやりたい」性格で、バリバリ働いていたが、あるとき突然居酒屋を始めようと思い立つ。「『や~めた!』って(笑)。サラリーマンが性に合わないんだろうなあ。それで『居酒屋始めます!』って言って辞めちゃった」「何もかも、勢いとなりゆきですよ」と小百合さんは言うけれど、根底にあったのは、友人・知人たちが気軽にふらっと来られる場所をつくりたいという思い。そんなとき、知人から「飲食店をやりたいなら」とへいさんを紹介されたのだという。へいさんはもともと、大谷口で洋食屋さんとお好み焼き屋さんを、自ら経営していた。道路計画による立ち退きで店を畳み、ハウスクリーニングの仕事をしていたところ、小百合さんと知り合ったそう。小百合さんから相談を受けた当初、へいさんは反対したという。「そんなに甘いもんじゃないってね(笑)。だって大変だもん。でも、どうしてもって言うんだったら、力になるけどねって」安定した仕事を手放してまで、ゼロから飲食店をやっていく覚悟があるのか。心配の気持ちから反対したものの、とにかく前のめりな小百合さんに根負けして、店舗探しにも同行。「食酒処rare」がスタートしてからは、夜の間だけお店の手伝いもしていた。ふたりはいわゆる、ビジネスパートナーなのだ。食酒処rareは、カレーや肉じゃが、きんぴらごぼうといった小百合さんお手製の家庭料理に加え、へいさんが得意な洋食メニューや中華も並ぶ、和洋折衷の自由な居酒屋。オープン以来、クチコミで少しずつお客さんが増えていった。地元はもちろん、なかには電車でわざわざ来てくれるお客さんも。昼間に始めたテイクアウトのお弁当は、ボリュームたっぷりかつお手頃価格で、近所の交番のお巡りさんをはじめ、働く人たちから大人気だ。「新人の“お巡りちゃん”たちがいっぱい食べるから、どんどんお弁当の盛りもよくなっていっちゃって。みんながある程度年を重ねたら元に戻そうと思っていたのに、彼ら、代替わりするのよね(笑)。また新しく入った若い子たちが来てくれるようになったり、今は警察署で偉くなった人がお弁当をたくさん頼んでくれたり。なかには結婚の挨拶にまで来てくれた子たちもいて。そういうの、なんか楽しいでしょ?」しかし、食酒処rareは数年前に再開発で立ち退きを迫られることに。そこで移転先として始めたのが、この洋食rareだった。「完全に居酒屋としてそのまま移転するつもりだったのに、立ち退きの時期が延びちゃって。それなら同じような店をやってもしょうがないし、せっかくへいちゃんがいるから、洋食を中心にしたお店にしようって」やむをえず、2店舗を同時並行することになった今は、主に小百合さんが食酒処rare、へいさんが洋食rareを担当し、小百合さんの妹さんと娘さんも交代でそれぞれの店を手伝っている。大々的に告知はしていないが、洋食rareではじつはモーニングもやっている。小百合さんが食酒処に出勤する前までの、朝7〜9時限定。モーニングセットにはおにぎり2つとサラダ、味噌汁、コーヒーがついてくる。「ここね、通勤の人たちがよく通るんだけどコンビニがないから、テイクアウトを置けば行きがけに買ってもらえるんじゃないかなっていう単純な発想で始めたの。1年くらいで止めようかなと思ったんだけど、1回始めちゃったらダメだね。ありがたいことに、来てくれる人がいるから」未経験からお店を始め、気づけば20年以上。「それだけ聞くとすごいよね」と笑いながら、小百合さんはこんな裏話を教えてくれた。「脱サラしてお店を始めようと思った当時、身内全員に反対されていたし、占いの運勢もことごとく『動くな』だったの(笑)。それでどうしようかなと思って、お友達が懇意にしている小田原の占い師さんに相談してみたら、『すぐにやりなよ、失敗は見えないから』って。そう言われたのは初めてだったから、その人にお店の名前を考えてもらったんです。だから『rare』って、居酒屋なのにスナックみたいな名前でしょ?」「背中を押してくれてありがとう、だよね」と、小百合さん。その結果、これだけ長くお店が続いているとなれば、占い師さんの見立てはきっと正しかったのだろう。もちろん、最初からずっと順風満帆だったわけではない。借りた創業資金の返済を終えるまでは、とにかく必死で働いた。コロナ禍で、やむをえずお店を閉めた時期もある。今みたいに、2つの店を回していくことだって、シンプルに大変なはず。「ピンチを感じる瞬間もあったのでは?」と聞いてみると、「あったのかもしれないけど……ほら、私は『なんとかなるよね』って考えちゃうから」と小百合さん。どこまでも、前向きでポジティブな人だ。それを聞いて、へいさんはすかさず「こっちはもう、『なんとかしないと』ってドキドキなのに」とツッコんだ。対照的なふたりだけど、だからこそ補い合って、ビジネスパートナーとして長く一緒にやってこられたのかもしれない。これが信頼関係なんだな、と思う。「他人だからいいんですよ。もしこれが夫婦とかだったら、きっと大喧嘩になっちゃってたから(笑)」そして小百合さんは、こう続けた。「お店をやるのが向いていたかはわからないけど、朝起きて『ああ、店開けなきゃ……』って思ったこと、一回もないの」と。「大変だし、たいして儲からないのに嫌だと感じないのは、もしかしたら今やってる仕事が“趣味”だからなんじゃないかなって。だから細く、長く続けていければいいんです。私が死ぬときに、応援してくれたみんなから『あのとき、本当にいい決断をしたね』って言ってもらえたらなと思っています」そんな人生、めちゃくちゃ素敵だなと思う。元気になりたいときは、太陽みたいな小百合さんの笑顔と、へいさんのおいしいご飯に会いに行こう。お店を出る頃にはきっと、気持ちがちょっと上向きになっているはずだ。