28歳の誕生日を過ぎたあたりから、急激に肌の乾燥が気になるようになった。いいかげんなスキンケアでも、つるつるぴかぴかだった肌は、今ではかさかさごわごわして色もくすんで見える。ついでに、今までのメイクも似合わなくなってきた気がする。年を重ねることにネガティブな気持ちは抱きたくないし、無理に抗うこともしたくない。それでも、年齢に合わせたスキンケア、メイクを探求することは、気持ちを健やかに保つために必要なことなのかもしれない。といっても、今は美容に関する情報が飽和している時代。「とにかく自分に合うものを教えてほしい」「でも、デパートに行くのはちょっと億劫……」と感じている人は、きっと私だけじゃないはず。そんな人にぜひ行ってみてほしいお店を、高島平で見つけた。都営三田線高島平駅の目の前。ピーコックストアと東武ストアに挟まれた「高島平壱番街商店街」の中にある化粧品専門店だ。化粧品専門店とは、特定のブランドに限定せず、さまざまなメーカーの化粧品を扱うお店のこと。いわゆるデパコス(百貨店コスメ)から、ドラッグストアで販売しているようなプチプラコスメまで。tanakayaにも幅広い商品が揃う。「『ALBION(アルビオン)』と『DECORTÉ(デコルテ)』を扱っているのは、板橋区内だとうちだけじゃないかな」そう話すのは、3代目社長の田中大輔さん。通常デパートでしか取り扱いのない商品も置いていて、それらを求めて板橋区外から訪れるお客さんも多いという。創業1948年。tanakayaはもともと、かつて都電の終着駅だった志村坂上から始まった。当時、志村坂上は映画館やボウリング場といった娯楽施設も充実した、区内でも有数の活気あるまちだったらしい。そのなかで、大輔さんの祖父は化粧品の販売をはじめた。「当時は都電が夜中まで走っていて、遅くまで働いてきた方たちが家族へのおみやげや飲み屋さんへのプレゼントとして、化粧品をばんばん買っていってくれたんだそうです」その後、都電の延長にともなって高島平駅が完成。ちょうどこの頃結婚した大輔さんの両親は、新しくできた高島平団地に住まいを構え、同時に2号店目の「tanakaya 高島平店」をオープンした。大輔さんは、大学卒業後にゼネコンに就職。化粧品とは無縁の生活を送っていた。そんななか、1997年に化粧品の再販制度が撤廃。今までメーカーが卸売業者や小売業者に対して販売価格を指示・拘束することを法的に認めていた制度がなくなり、ドラッグストアなどでの化粧品の安売りが加速することになった。当然、tanakayaのような化粧品専門店は大きな打撃を受けることに。創業者であるおじいさんは、やむなく化粧品の販売を辞めようとしたところ、大輔さんがこの店を買う形で存続することになったのだという。「出世するにも順番待ちみたいな会社のシステムが嫌になっちゃって。ちょうど自分で会社をつくった方がいいなと思っていたタイミングだったので、サラリーマンを辞めてこの高島平の店舗を買ったんです」以前から、「社長をやらないか」と打診をされていたという大輔さん。断り続けていたにも関わらず手を挙げたのは、おじいさんに対する恩返しの思いもあったという。「うちは家庭がゴタゴタしていまして(笑)。そんななか、じいさんが私と妹の学費も出してくれたりと、ずっと気にかけてくれていたんですよね。だから恩返しとして、『俺が立て直せなかったら辞めますよ』といってやることにしました」その後は、並行して別の会社も経営しながら、代表取締役として27年間にわたりtanakayaを守ってきた。コロナ禍でのピンチも乗り越え、今では、お客さんからの取り置きの商品でエステ室が埋まってしまうくらいの盛況ぶりだ。そんなtanakayaの現場を支えているのは、「資生堂」や「KANEBO」、「コーセー」などメーカー所属の美容部員さん、そしてtanakayaの従業員である販売員さんたち。化粧品について、気軽に相談することができる。美容部員や化粧品販売員というと、華やかなイメージがあるけれど、なかなか地道でハードなお仕事らしい。肌にまつわる基礎知識をはじめ、メイクやエステの技術なども網羅する必要があり、取得までに2〜3年かかる難易度の高い資格もあるのだとか。さらに、あるメーカーのアドバイザーを名乗るには規定の経験年数に加え、毎年テストがあり、常に学び続けることが求められる。そのため、最初の1〜2年の離職率がかなり高い業界なんだそう。tanakayaにいるのは、そうした難関をパスしてきた、たしかな技術と経験を持つベテランの販売員さんばかり。さらに、デパートとはまた違う、専門店ならではの強みもある。「まずは相談したいという方や、気になるブランドが複数ある方に、従業員がブランドを横断しておすすめできるというのは、うちのような専門店の強みだと思います。私たちとしてはどのブランドであっても、お客さまが喜ぶものを買ってもらうのが一番ですからね」なるほど。デパートだとブランドごとにブースが分かれているけれど、tanakayaでは幅広いブランドの商品を扱っている。それぞれの化粧品の特徴や魅力を知る従業員さんに、「自分には何が合うのか」を相談できるのは、かなりありがたいかもしれない。また、そのカウンセリングの過程でtanakayaでは、「肌診断」や「パーソナルカラー診断」などが無料で受けられる。専用の機械を使い、座っているだけで手軽に受けられる肌診断。その結果をもとに、今の自分に足りないもの、課題点を補うのにおすすめのスキンケアアイテムを提案してもらえる。さらに、手を使って、クレンジングや洗顔フォームなどの実際の使い心地を体験させてもらったり……。お店が混み合っていなければ、簡単なエステだけでなく、本格的なものまで体験できるらしい。カウンセリングの内容や診断結果は会員データに記録されるので、定期的に訪れることで自分の現在地を確認、もしくは使ったアイテムの効果を知ることができるというのも、スキンケアのモチベーションが上がりそうだ。tanakayaで扱う商品は、ドラッグストアに並ぶものに比べれば、一つひとつの単価は決して安くはない。だからこそ、買う喜びを感じられるようなこれらの“体験”を大輔さんは大事にしている。「化粧品を買うだけだったら、今はGMS(※)やドラッグストアもあるし、通販もある。正直どこでも買えるじゃないですか。そのなかでこの商売を続けていくには、『ここで買うのが楽しい』って思ってもらえる店でないといけないなと思うんですよね」※General Merchandise Store(ゼネラル・マーチャンダイズ・ストア)の略。総合スーパー。もちろん、接客中の何気ないコミュニケーションも“体験”のひとつ。美容カウンセラーの仕事をして20年以上になる販売員の高津戸香苗さんは、お客さんにとって居心地の良い空間づくりを意識しているという。「お店に入るのに最初は少しだけハードルがあるかもしれませんが、一度来ていただければきっと居心地の良さを感じていただけるかなと思います。もともとアットホームなお店ですが、スタッフ同士の空気感というのもお客様には伝わりやすいので、日々仲良く仕事できるように心掛けていますね」お客さんのなかには、スタッフを指名する方もいるのだとか。それが、販売員さんたちの頑張るモチベーションにもなっている。大輔さんも、彼女たちが活躍しているのを見るのが、とても嬉しいのだそうだ。取材中、さまざまな年代のお客さんが訪れ、販売員さんたちと楽しそうに会話をしながら商品を買っていった。皆さん、すべからくいい笑顔をしていた。性別問わず、いくつになっても「きれいでありたい」と思う気持ちは、生きていくための強いパワーになる。ここまで、スキンケアを見直すのを後回しにしてきてしまったけれど、ネイルをしたり美容室に行ったりするのと同じように、スキンケアにしっかりお金をかけるという選択がたしかにあってもいいよね、と思う。「化粧品にお金をかけるのは、意味のあることだと思いますよ。最近は安いものでもいい成分の商品が出てきているとはいえ、やっぱり成分や含有量が全然違うからね」そう言う大輔さんの肌は、お酒大好きな52歳とは思えないくらいつやつやぴかぴかとしていて、これぞ説得力だなあ……と思った。一歩踏み出したくなったら、tanakayaに行こう。お手入れが苦じゃなく楽しみになるヒントが、ここにはきっとある。