石神井川にかかる山中橋のたもとにある、小さなまちのスーパー「まるさと商店」。まずは、これを見てほしい。お店の入口にどどーんと並ぶ、つやつや、きらきらの真っ赤なミニトマトたち。なかなかの種類の多さである。「ほれまる」「キャロル」「フルティカトマト」「トマトベリー」……どれも一般的なスーパーではあまり見たことがない名前ばかりだ。「夏は、一番ミニトマトの種類が多い時期ですね。旬の野菜は、うちの父が産地と味にものすごくこだわっていて、なかでもトマトはとくに力を入れています。並んでいるのは、確実に甘いものだけ。お客さんからも、『まるさとと言えば、トマトがおいしい店』と言われるくらいなんです」そう話すのは、日里啓子さん。まるさと商店の2代目社長・正路さんの長女で、現在は店長を務めている。このとき並んでいたミニトマトは、すべて北海道産。話を聞いているそばから、お客さんがパックを手に取っていく。「その『シュガープラム』、本当にフルーツみたいに甘いですよ」と啓子さんが声を掛けると、「そうそう、これが甘くておいしいって教えてもらったんです」とお客さんもにっこり。ミニトマトひとつとっても、パックの形を選ぶところから詰め方に至るまで、一つひとつに父・正路さんのこだわりが詰まっているのだという。「これ、今開けたばかりだから、つまんでいいですよ」ちょうど裏の倉庫で作業していた正路さんが、ミニトマトを指して一言。「どれでも好きなやつ。テカテカっとしたのをどうぞ」と。お言葉に甘えて、カメラマンとともにひとつずつつまんで口にすると、ジューシーな甘みと柔らかい酸味が爽やかに弾けた。え、おいしい。「すごいでしょ。びっくりしたでしょ」正路さんは、満足そうにいう。このミニトマト、「ラブリーさくら」というらしい。思ったよりもきゅるんとした名前につい笑ってしまう。ああ、ここはきっといい店だ。もうこれだけで、なんとなく確信してしまった。昭和25年創業。終戦後、食糧難の時代に啓子さんの祖父母がこの「まるさと商店」をはじめた。「おじいちゃんは栃木の人で、おばあちゃんは神田の人。どんな巡り合わせだったのか、戦後の東京で何もないところから八百屋をスタートしたんです」その後、少しずつ規模を広げ、くだものや豆屋さん、肉屋さんなどがあつまる集合的な市場になった。父・正路さんに代替わりし、60歳のときに「ALWAYS Marusato」という名前の生鮮食品スーパーにリニューアルしている。レジを導入し、お豆腐や麺類などの日配品や鮮魚、お菓子なども扱うお店に。そして、10年前に建物の老朽化による建て直しを経て、今の形へと落ち着いた。お店の上にはマンションが建ち、市場の頃に比べると、まるさと商店はだいぶコンパクトになった。現在は父・正路さん、長女の啓子さん、次女の明子さんを中心に、数名のスタッフさんとお店を運営している。コンパクトにはなったものの、まるさと商店には大きなスーパーに負けない魅力がたくさんある。ひとつは、商品の新鮮さ。青果、鮮魚、日配品、お菓子などそれぞれのカテゴリに、担当社員がいる。青果は、“番頭さん”と呼ばれる野菜の仕入れを専門にするプロが、まだ夜明け前の3時頃に市場に行き、面白そうな商品を仕入れるのだという。「うちの番頭さんは、もう40年以上のお付き合いです。うちのおじいちゃんについて栃木から出てきて、そのまんままるさとに入っちゃって。今はバンですが、昔は2トントラックいっぱいに仕入れたものを積んで運んできていたんですよ。『俺は、八百屋しかやったことがない』っていうのが口癖で」映画に出てきそうな、粋なキャラクターだ。そうやって番頭さんが朝一で積んできた商品を、そのまま裏の倉庫でカットしたり、パックに詰めたりして店頭に出す。スイカやメロンなんかも、その朝に仕入れたもの&カットされたてなので、とってもみずみずしい。「そのぶん、朝はやっぱりバタバタするんですよ。『きゅうりがない!』とか、お客さんからも『キャベツないけどまだ?』とか(笑)。『すぐ裏から持ってくる!』って走っていったりして。新鮮さを大事にしているからこそ、スピード感を損なわないように心掛けています」冒頭のトマトをはじめ、かぼちゃやタケノコなど、季節を代表するような旬の野菜は、父・正路さんが産地に強くこだわって、直送してもらっている。「極上」というシールが貼られた小鹿野(おがの)のきゅうりもそのひとつだ。6本のきゅうりをピラミッド型に積んでパッケージングしているのも、正路さんのこだわり。すんなりとまっすぐなきゅうりは、見た目も味も格別。生で食べたときの食感と旨味がバツグンで、ぬか漬けにしてもおいしいのだそう。そしてまるさと商店は、鮮魚コーナーも充実。担当社員・木原さんの名前をもじって、「木原水産」として運営している。豊洲市場直送の新鮮な魚と海産物がずらりと並ぶ。「まちの小さなスーパーにこんなにいろいろあるの⁉」と思わず言いたくなってしまうくらい、切り身から丸モノ、お刺身まで種類豊富に揃う。鮮魚コーナーの一番人気は、みんな大好きな鮭の切り身。ほかにも大きなタコ、カニ、さざえ、うなぎなどなど……。見ているだけでワクワクする品揃えである。「今日の夕飯はちょっと冒険してみようかな……」と考える時間が楽しい。ちなみに、一般のお客さんだけでなく、近所の飲食店やお惣菜屋を営んでいる方々が仕入れにくることも多いのだという。それだけ、鮮度のいいものが揃っているという証拠。こうしたほかの店にはないユニークな品揃えというのも、まるさと商店の魅力のひとつだ。野菜や鮮魚だけでなく、啓子さんが担当する日配品や、妹・明子さん担当のお菓子コーナーもあまり見たことのない商品がたくさんあって面白い。▲何もつけずにそのまま食べてもおいしいという、啓子さん一押しの「木綿とうふ」▲近所のおばあちゃんが必ず買っていくというビスケット「ボクわたしのおやつです」▲不揃いなカステラがたくさん入った、オトクな「久助カステラ」も売れ筋商品「なるべく、近所ではうちにしかないものを」。それが、まるさと商店のモットー。大手スーパーに負けないための生存戦略でもあり、常にお客さんをワクワクさせたいという思いから仕入れに力を入れている。「どんなにおいしくても、しばらくしたら『ほかにないかな』と思ってしまうのが人間の心理」と啓子さん。普段からアンテナを張りつつ、時間を見つけては自分の足で最新の情報をとりにいく。あまり見かけない面白い商品があれば、それを仕入れられないか問屋さんと交渉をする。小さなお店だからこそ、どういった商品をどのくらい仕入れられるかが肝であり、交渉は闘いなのだ。この仕入れの楽しさを知ったことが、啓子さんにとってもスーパーの仕事に対するモチベーションにつながっていったという。大学卒業後に商社で働いていた啓子さん。転職を考えていたタイミングでお店がスーパーにリニューアルすることになり、最初はお手伝いのつもりで働きはじめたが、気づけば店長になっていた。「日配品の担当になって、これは売れそうだな、みたいな目線で仕事ができるようになったときから、ただ大変という気持ちが面白さに変わっていきましたね。頑張って交渉して仕入れた商品が、実際に売れるとやっぱり嬉しいです。自分が仕入れたものを見てくださっている方には、お声を掛けるようにしていますね」まるさと商店の魅力は、商品だけではない。親切な対応やコミュニケーションをとりやすい雰囲気というのも、創業者である祖父母の時代からずっと大事に受け継がれてきたものだ。「昔からうちを知るお客さんには、いまだに『おじいちゃんおばあちゃんは優しかったよね』と言われるんです。戦争を経験した世代だからなのか、人に対する親切さが並外れているというか。それを父(正路さん)も見てきましたから、お客さんとの会話は今も大事にしているところだと思います」野菜やくだものの選び方、おいしい食べ方など、知りたいけれど大きなスーパーだとちょっと気が引けるようなことを気軽に聞けるのは、こういうまちのお店ならでは。慌ただしくて会話が難しいときでも、お客さんが選びやすいようにと、ポップにもおすすめポイントが書かれている。直筆でびっしりと書かれたくだもののポップは、妹・明子さんによるもの。言ってしまえば、桃もスイカもどこでも買える。けれど、「まるさとで買いたい」と思ってもらうために、できる努力は惜しまない。そんな一環した誠実さが、お店のあちこちから感じられる気がした。地域密着で75年。スタッフみんなで力を合わせ、さまざま工夫しながらお店を大事に守ってきた。人気ラジオ番組内の「スーパー総選挙」という企画で、名だたる大手スーパーと並んで紹介されたこともあった。「家族経営ですし、私たち経営者側は2足、3足の草鞋を履いて精一杯なことが多く、いたらないこともあるはず。だからこそ、こんな変わったお店で働いてくれているスタッフは貴重だな、ありがたいことだなと、常々思っています」今、啓子さん自身はこの仕事についてどう思っているのか、あらためて聞いてみた。「食べるって毎日のことじゃないですか。食べるものによって心身の状態が決まっていく。それをお手伝いできる仕事だと思うんですよね。野菜ってこんな栄養価があって、こんなパワーがあるんだよと、お客さんの近くでお伝えすることができるのはいいなあって」休みをもらって趣味の旅行に出かけたときも、地方の八百屋さんや道の駅に立ち寄ってしまうという啓子さん。並んでいる商品やスタッフさんに刺激を受けては、「やっぱり今の仕事でよかったな」と思うのだそう。地域の人たちに愛されてきた老舗。昔馴染みのお客さんも多いし、きっと一人ひとりにとっての“まるさと”がある。とはいえ、長く続けていくためにはずっとそのままではいられない。10年、20年先も見据えて今後どのようにお店をやっていくかは、なかなか難しい課題だ。でも、それすらも「大きなチャレンジ!」と前向きに捉えているのが、まるさと商店の強さであり、素敵なところだなと思う。純粋にこれからが楽しみである。家に帰ってから、啓子さんに選んでもらった山梨県産の桃「なつっこ」をさっそくむいてみた。とってもジューシーでみずみずしくて、しあわせな気持ちで満たされる。そういえば、なんだかんだ今年初桃だ……! 今度訪れるときは、お魚リベンジをするために、クーラーバッグを持って臨みたい。