「『みんながたこ焼き屋さんをやってくれるなら俺、なんにもいらない』って言うの。レシピもノウハウも全部教えるからって」「たこ焼き いわっち!」の店長・美樹さんは、ともに働くオーナーであり、ビジネスパートナーの岩佐集さんについて、そう語る。理由は、「たこ焼き屋を全国に広げたいから」。とくに個人店にとって、試行錯誤を重ねたお店の味というのは宝であり、大事に守るべきもの……というイメージがあるから、そんなことがあるのか!と驚いてしまう。けれど、真剣なまなざしで黙々とたこ焼きをつくり続ける岩佐さんを見ると、本気でそう思っているのだな、と伝わってくる気がした。2017年、仲宿商店街のちょうど真ん中あたりにオープンした「たこ焼き いわっち!」。この「いたPayさんぽ」の取材中にも、たびたび「おいしいよ」とウワサに聞いており、気になっていたたこ焼き屋さんだ。「たこ焼 いわっち!」とでかでか書かれた真っ赤な看板と、「食うかい?」と語りかけるゆる~いかっぱのキャラクターを見れば、「あそこのお店か!」と気づく人も多いかもしれない。たこ焼き1パック6個入り460円、8個入り570円。2パック以上買うと、少しオトクになる。ソースは定番ソースをはじめ、ぽんずや明太マヨ、塩だれなど種類豊富。2種類のソースを組み合わせたハーフもできる。一番人気なのは、ちょっと意外にも「岩塩マヨ」らしい。「大阪では塩マヨが結構主流らしくて。本人(岩佐さん)が好きで、最初は前のお店で裏メニューとして置いてたんだけど、メニューに載せてみたらびよーん!って飛びぬけて人気NO.1になっちゃったんですよ」塩はマイルドな塩味と甘みのバランスがいい、ピンク岩塩を使用。ふつうの塩だと、食べたときはおいしくても、しょっぱさが強くて後に残るので、数十種類の塩の中から合うものを探したのだという。やさしい出汁がきいたふわふわとろとろ系。あつあつをふーふーしながら食べていたら、あっという間に6個がなくなっていた。手軽で、毎日でも食べたくなるおいしさだ。お客さんにおいしく食べてほしいから、いわっち!では時間が経ったものは商品にしないし、値段を下げて無理やり売り切ることもしない。だからこそ、この食感が楽しめる。岩佐さんと美樹さん、ふたりで立ち上げたいわっち!だが、オープンに至るまでには、こんなストーリーがある。以前は、板橋・十条のドラッグストアで働いていた美樹さん。20年以上働いていたものの、お店が閉店することになった。「もう長いこといたから、十条周辺を離れたくなかったんですよ。そうしたら、何軒かとなりでたこ焼き屋をやっていたこの人(岩佐さん)が、いろいろあってお店を閉めたいと言っているとお客さんから聞いて。『引き継いでくれる人がいるなら全部まるごとくれるって言ってるけど、美樹さんいいんじゃない?』って。そんな話あるの⁉と思ったんだけど、本当に3か月でたこ焼きを手ほどきするのでやりましょうとなって」かなり大胆なキャリアチェンジだが、「同じ接客業だから」とまったく抵抗はなかったらしい。美樹さんによると、岩佐さん自身は大学卒業後に就職したものの、合わずに退社。自分が本当にやりたいことを探すために、昼夜問わずさまざまなアルバイトを経験したのだそう。それでたまたま辿り着いたのがたこ焼きだった。『俺の生きる道はこれだ』って、思ったみたい。何でだろうね、変な人だからかな?(笑)」。大手のたこ焼き屋の店長として4年半の経験を積んだのち、独立して始めたのが十条の「いわたこ」だった。しかし、岩佐さんはこの店を畳み、全然違う土地でまた新たにたこ焼き屋さんをやり直そうとしていたのだという。「3か月も修行していたら、いろいろ話して仲良くなるじゃない? それで『隠れた名店になりたいのか、全国に広げたいのか、あなたはどっちなんだ』って聞いたら、『全国に広げたい』って言うから、『じゃあとりあえず2人で頑張らない?』って。多少のお金は私も出すから、一緒にやっていこうよと誘っていたら、ちょうど今の仲宿の物件が空いたんです」一度はすべてを手放そうとしていた岩佐さんだったが、美樹さんの言葉を受けて、仲宿で一緒に再出発することになった。それが、いわっち!の誕生の経緯である。「いわっち!」という名前は、岩佐さんのアイデア。「“○たこ”という名前は多いけれど、何屋かわからない方が面白いんじゃないかって。それで、『俺、(あだ名が)いわっちなんだけど』『ビックリマーク付けたいんだけど』と言うから、好きにしてって(笑)」岩佐さんこだわりの、寝起きのような、ぼんやりした表情が可愛らしいかっぱのキャラクターは、美樹さんの友達の漫画家さんが描いてくれたのだという。「あと、子どもが覚えやすいものにしたかったみたい。子どもが苦手なのに、子どもが大好きだから」と美樹さん。「子どもたちが自分のおこづかいでこうやって来れるお店にしたい」というのも、いわっち!のひとつのテーマなのだ。そうしてオープンしたのち、いわっち!はしばらくの間、ものすごい忙しさだったらしい。連日行列ができ、本来夜中12時まで営業予定のはずが、夕方6~7時にはタコが切れてしまう事態に。その倍の量でやってみても、夜8時までしかもたなかった。まちの人に名前を覚えてもらうべく、何よりも先に看板をつくり、シャッターにメニュー表を挟んでおくという戦略が、功を奏した。「3か月くらいして、ようやく少しずつ落ち着いてきて。忙しい間はお客さんと全然会話ができなかったから、ありがたい半面すごくつまらなかったの(笑)。そこから、『いつも買ってくれてるね』とか『久しぶりにありがとうね!元気だった?』みたいに、お客さんにぽんぽん話しかけるようになちゃった」毎日のようにお店に立っていると、常連さんの顔はもちろん、一見さんでも通りすがりなのか、引っ越してきた人なのか、だいたいわかるらしい。取材中も、たこ焼き片手にお店のベンチで休憩する学生らしき若い男性に、美樹さんは「いつもありがとうね」と明るく笑いかけた。陽気でおしゃべり好きな美樹さんと、寡黙で職人気質な岩佐さん。年齢も性別も違う。なかなか不思議なコンビではありつつも、話を聞いていると、ビジネスパートナーとして何でも話せるいい関係なんだろうなあと感じる。「この人(岩佐さん)のたこ焼きのこだわりは、本当に尊敬してるんです。毎日味見をして、少しでも納得できないところがあると『これは違う』って。そうなると長いから、私は『あ~また始まった』って思うんだけど(笑)」美樹さんは、こんなエピソードを教えてくれた。ある時期になると、たこ焼きの焼き上がりがほんの少し違うと感じることがあり、さまざま原因を追究した結果、水の硬さのバランスに注目した岩佐さん。じつは、東京の水は季節で変わるらしく、それによって焼き上がりが変わっていたことが、本場・大阪の大御所たこ焼き店の社長の話から判明した。直接話を聞いた粉屋さんによると、「東京の若手が、そこに気づくのはすごい」とお墨付きまでもらっていたのだという。それを聞くなり、岩佐さんは休日の美樹さんを呼び出し、一緒に浄水器探しに。いくつか試しながら実験を重ねた結果、実際に安定した満足のいく焼き上がりになった。この徹底して質の高さを追求する岩佐さんの姿勢が、いわっち!のたこ焼きのおいしさを支えているのだ。これだけのこだわりがありながら、岩佐さんはたこ焼きに関するノウハウを隠さない。すべては、「たこ焼き屋を楽しくやってくれる人が増えてほしいから」。それはもう、相当な“たこ焼き愛”である。だから、「勉強したい」と訪ねてくる人は拒まない。オープン間近だという人や、すでにお店を始めているが上手くいっていない人に教えてきた。それでも、長く続けられる人はそう多くないという。「たこ焼きってお祭りの出店にもあるし、家でも手軽につくれるから、たいがいの人が舐めてるんですよ。粉ものだし、原価を抑えて儲けられるみたいなイメージがあって参入する人も多いけれど、それだとなかなか続かない。うちは粉にこだわっているぶん、原価は高いんです。でも、子どもたちでも買えるようにしたくて、ぎりぎりの利益でやってるので」たこ焼きも、たこ焼き屋の仕事もバカにしない。そのスタンスこそが、お店の土台になる。取材はすべて、美樹さんが対応してくださった。その間、岩佐さんは取材班である私たちを気遣いつつ、ひたすらたこ焼きをつくり続けていた。それも含めて、ふたりの強い信頼関係を感じた。岩佐さんはきっと、すごくシャイであることは間違いないけれど、話を聞いた今は、愛情深い人なんだろうなと思う。「これが自分の生きる道だ」と信じられるもの、そして一緒に前進できる仲間に出会えるのって、奇跡みたいなことだ。いわっち!のような、愛とこだわりに溢れたたこ焼き屋さんが、日本中に増えていってほしいなと思う。