洋食店で修行をしていた時代、とあるお客さんが言っていた言葉を、ずっと心の片隅に留めていた。「ボリューム満点のごはんもうれしいけれど、少しずつ、いろいろな味を楽しみたい」そんな要望を叶えるメニューが、店名にもなっている「ハンブンバーグ」。通常であれば、迫力のある大きいハンバーグにするところを、あえて半分に割り、可愛いサイズのハンバーグ2つに。ソースは、デミグラス、和風、イタリアンのなかから2種類選べる。さらに、生姜焼き、唐揚げ、カニクリームコロッケのなかから一品おかずが選べるのだ。この1プレートで800円。なんてリーズナブルなんだろうか。本当にこの値段でいいのでしょうか……?ハンバーグを注文すると、ハンバーグを20年作り続けてきた店主の大友国夫さんによる、手際のよい調理がはじまる。修行した店の黄金比率である牛豚の7:3の合い挽き肉を、軽快な音を立ててガス抜きしていく。まるで手品師がトランプを切るみたいに、手慣れた所作が見ていて気持ちいい。手捏ねハンバーグをフライパンに優しく押し付けると、肉がジュウと湯気を立てる。強火で両面を焼いて、次は鉄フライパンに移してオーブンへ。ここでじっくり蒸し焼きにする。そのあいだにおかずの一品、今回はカニクリームコロッケを揚げたり、付け合わせの野菜や、2種類のソースを準備したりと大忙しだ。大友さんはキッチン・ホールをほぼ一人で切り盛りしている。忙しい時は10人前後の注文をひとりで捌く。ハンブンバーグにしろ、選べるおかずにしろ、手間がかかるのにやり続ける理由は、やっぱりお客さんが喜んでくれるからだという。綺麗に盛り付けられたワンプレートがテーブルに置かれる。冷めないうちにいただきます。ハンバーグにナイフを入れてみると、外はカリッと香ばしく、中はふわふわジューシー。気候や仕入れた肉の質によって材料を変えている濃厚なデミグラスソース、さっぱりとしたポン酢ソースを交互に食べると、永遠にハンバーグを食べていられる気がした。思い返すと、「ハンブンバーグ」という名前の店に入ってくる時も、「ハンブンバーグひとつ」と注文する時も、キッチンの様子を見ている時もずっと楽しかった。食べている今もとても楽しい。ニコニコしながら「ハンブンバーグっていい名前ですね」と伝えると、大友さんがこう返す。「ちょっとおもしろい店名にしようと狙ってみたんですよ。『くだらないねえ』ってツッコまれることもあるんですけどね(笑)」ドーン! と大きい、迫力あるハンバーグを食べたい気分の時は「ハンブンジャナイバーグ」をオーダーするのがおすすめ。本当に、わかりやすくて楽しくて、いい名前だと思う。大友さんが飲食の道に進もうと思ったきっかけは、とにかく食べるのが好きだったから。学生時代、野球部の部員みんなで焼肉の食べ放題に行って、うれしさのあまり2.5キロもお肉を食べて盲腸(急性虫垂炎)になったことがあるくらいの食いしんぼう。じきに、興味は「この料理、どうやってつくるんだろう。真似したい」と、食べるほうから、つくるほうへと向いていく。素材と調味料の組み合わせ、火入れの加減、順番やタイミング。大友さんにとって、それはクイズのような感覚だったという。実際に自分が食べた「味」というゴールから、計算式を導き出す地道な謎解き。「最初はやみくもにつくってみるしかなかったんですけど、繰り返していくうちに知識が蓄積していって、だんだんと味が立体的に分析できるようになるんですよ。だんだんと及第点に近づいていって。そしたらもっと欲が出てきました」料理において、本当におもしろいのは及第点のその先。『おいしい』から『ものすごくおいしい』に近づけていく段階では、自分ひとりの感覚よりも、たくさんの人の意見を取り入れたい。そんな思いから、大友さんはお客さんの「おいしい」も「おいしくない」も、同じくらい大切に受け止め、今もなおメニューの調整を続けている。それにしても、「おいしい」というのはなんて抽象的な、かつ確固たるゴールなんだろうか。人によってまったく異なる「おいしい」の基準に葛藤しながらも、多くの人に喜んでもらいたい一心で大友さんは日々勉強を続けている。最後に、ハンブンバーグのメニューでおいしいのは、ハンバーグだけではないということを大きな声で伝えて終わりたい。自慢のメニューだという唐揚げをひと口食べた瞬間、わたしたちはびっくりして少しうわずった変な声を出してしまった。「うんまぃ……!」塩や醤油、ヤンニョムなど、6種類ほどの調味料を調合してつくられた漬けダレは試行錯誤のたまもの。噛むほどにジューシーな肉汁が口のなかに溢れて、思わず壁に貼ってあるビールのポスターと目が合った(このあとも取材があったために、飲酒は我慢しました……)。そう、ハンブンバーグは、お酒のメニューやおつまみメニューも充実しているのだ。枝豆、たこ焼き、ロールキャベツ、ポテトサラダに韓国風冷やっこ。そのどれもが、大友さんがこれまでに働いてきた洋食店や居酒屋などでつくってきた「おいしいものたち」を、さらに進化させたメニュー。ハンブンバーグは、ただの洋食店ではない。大友さんが選ぶ「おいしい選抜メンバー」が存分に楽しめるお店なのだ。ランチにもディナーにも、ちょっと飲みたい時にも。少しずついろんな味を楽しみたい人も、ガッツリ食べたい人も。ぜひ、いろいろな場面でハンブンバーグに足を運んでみてほしい。