「たぶん、23.5cmくらいでしょ」パンプス売り場に連れられ、私の足を見るなり店主の松本純一さんはずばりと言った。しかし、私の足はコンバースのスニーカーに包まれている。女性の足の平均的な大きさはそのくらいだもんな、と思いながら「いえ、24.5cmなんです」と訂正。私の身長は平均より少し低いのに、足だけは子どもの頃から大きいのだ。すると純一さんは、そうやって私が訂正することまでも予想していたかのように言う。「そう言うでしょ。でもいいから、23.5cmを履いてみてよ」と。「またまた〜」と思いながらパンプスに足をすべりこませたのちの結果は、もう言うまでもない。ぴったりだ。その様子を見て、純一さんは満足げに笑う。「でしょ!見ただけでわかるんだよ」と。じつは一度、AIで足のサイズを測定したことがある。そのときも23.5cmと結果が出たにもかかわらず、「これはAIが間違っている!」と無視したことを思い出した。それくらい、自分の足のサイズを信じて疑わなかった。いつも履いている24.5cmのスニーカー、純一さんが靴のかかと部分に指を入れると4本も入った。このサイズ感がちょうどいいのだと思い込んできたけれど、そうか、大きかったんだ。「スニーカーだと足の甲までしっかりあって紐で締めるから、ある程度サイズが大きくても大丈夫なの。でも、パンプスってつま先の部分が浅いし、ストラップが付いていないことも多いでしょ。だから、ちゃんとサイズが合っていないとパカパカして脱げちゃうんですよ」結婚式のお呼ばれなどでやむなくパンプスを履かなければならないとき、あえていつもより大きめかつ、ストラップ付きのものを選んでいた今までを、心の中で悔やむ。なるほど、こうやって教えてもらえたら、納得感を持って新しい靴をお迎えできそうだ。ちなみに純一さんは、お客さんが最初に履いたときの様子を見て、必要な中敷きの厚さまで瞬時に見極めることができるらしい。「これに関してはもう、経験だね」こんなふうに、数々のお客さんの足にジャストフィットする靴を選んできた純一さんが経営するのが、仲宿商店街の入口にある「きんぱや」である。露天商のような形で履物を売っていた祖父母の時代を経て、純一さんの父・敬八郎さんがこの場所に下駄や草履などを売る和装履物のお店をつくったのが1951年のこと。漢字で「金波屋」と書いて、きんぱやと読ませる店名は、父の敬八郎さんがきらきらと輝く海の波間を見て名づけたそうだ。(しかし、とくべつ海が好きだったというわけではないらしい)子どもの頃から働く両親の姿を見て育ち、よくお店の手伝いをしてきたという純一さんにとって、ゆくゆくお店を継ぐことは、ごく自然な流れだった。「靴屋になる以外の選択肢は考えなかったね」大学卒業後には靴の修行に行き、靴にまつわる基礎的な知識から、仕入れや管理の仕方など、経営に関することまで一通り学んだ。そうして3年の修行期間を終えた純一さんは、店に戻り、時代に合わせて靴を扱うシューズショップに転向。店名も、和の印象が強い漢字から、ひらがなの「きんぱや」へと変えた。妻の廣子さんと結婚後は、夫婦二人三脚でお店を運営してきた。足の健康を第一に考えるきんぱやに並ぶのは、どれも履き心地の良いものにこだわって仕入れた靴たちだ。まちの靴屋さんということで、全世代の靴を扱う。板橋区内の学校の上履きなんかもある。なかでも、アシックスの履き心地バツグンかつリーズナブルなラインがたくさん揃う。子ども靴から、レディースのパンプス、メンズのビジネスシューズまでと幅広い。一見違いがわかりづらいビジネスシューズ。「値段の差があるけれど、いったいどこに違いがあるんだろう……?」と思った経験がある人も多いのでは? じつは、素材や機能面にさまざまな個性がある。純一さんに勧められるままに2足を履き比べてみたカメラマンも、履いてみてその違いに驚いていた。おすすめポイントを丁寧に教えてもらい、実際に履いてみないと気づけない魅力が、一足一足にある。値段が高いものには相応の理由があるし、お手頃価格のものにもさまざまな工夫が凝らされている。どちらがいい悪いではなく、それぞれの魅力を知っていれば自分の好みやお財布事情で選択することができる。冒頭で履かせてもらった女性用のパンプスも、アシックスの「Lady worker」というシリーズのもの。5cmヒールで、3E相当。つまり通常より幅広めで、かつクッションが効いたインソールのおかげで、やさしく包み込むような履き心地になっている。ヒールもぐらつきにくく、足の負担を軽減してくれる。毎日たくさん歩かなければならなかったり、立ち仕事が多かったりする、働く女性たちの強い味方だ。そして何より大事なのが、やっぱりサイズ感。自分の足に合ったジャストサイズのものを選ぶことで、その靴の真価が発揮される。「知識をもって、一人ひとりのお客様に合った靴選びのお手伝いができるというのは、やっぱり大型のチェーン店にはない、うちみたいな個人店ならではの強みだと思うんだよね」接客の際、純一さんは最初にこう言うのだそうだ。「いったん履いてみて」と。「ぱっと見では気に入らないかもしれないけれど、とにかく履いてみてって。そうすると、みんな感動するんだよ。履き心地がすごくいいですねって」さすが、靴のプロ。この人にはこの靴、このサイズがきっと合う。長年積み重ねてきた経験に裏打ちされた“勘”が、たくさんの人の感動を生んでいる。「お買い上げいただいたお客さまが後日、店の前を通ったときに『おじさん、おばさんに選んでもらった靴、とてもよかったです』と言われると、本当に嬉しいんですよ」靴について語るとき、純一さんはとてもいきいきしている。この仕事に誇りと情熱を持っていることが、ひしひしと伝わってくる。それをちらっと伝えてみると、「商売が楽しくてしょうがないんだよね」と純一さん。そう話す表情も、まさに「楽しくてしょうがない」という感じで、こちらまでニコニコしてしまう。以前はこの仲宿の店舗以外にも、大手の商業施設の中に姉妹店を構えていたことも。今は一店舗のみになったが、数字に対する姿勢はずっと変わらない。「常に大手と戦ってきたし、そのときの知恵があるからね。今は昔みたいに売れないけれど、昨対比で昨年より売上がどうなったか、数字はずっと追いかけてるの。それで1%でも2%でも良ければさ、家で飲むビールがおいしいんですよ」逆に売れなかった日は、しっかり落ち込んで、ひとり反省会をするのだそうだ。純一さんを見ていると、そんな姿も容易に想像できてしまう。なんて、商売にまっすぐな人なんだろう。たとえば、季節ものの靴をシーズン内にきっちり売り切らねばならないことなども、ある意味厳しいノルマではあるが、その状況に「やったるぞ!」とメラメラ燃えるのが、純一さんという人なのだ。「店に立つと元気になるんだよね。お客さんと会話してさ。スイッチが入るんだろうね」純一さんの言葉には嘘がなくて、気持ちがいい。こんなふうに日々懸命に、情熱を持って働く人のもとで買い物ができると、買う私たちもより嬉しい気分になる。こういうお店が、できるだけ長く続いてほしいと、願わずにいられない。「そこまで仕事を頑張れるのは、何か趣味で息抜きしているに違いない」と、最後に純一さんに尋ねてみると、これまた気持ちのいい答えが返ってきた。「趣味は商売ですよ。商いは“飽きない”からね!」根っからの商売人。かっこいい人である。