コカ・コーラのネオンサインに、ザ・ロイヤル・ティーンズの「Short Shorts」が流れる店内。水槽の中では、まあるい金魚たちが悠々と泳ぐ。昔ながらの喫茶店のようでありながら、どことなくアメリカの香りが漂うこの「SUZUSO Cafe」は、遊座大山商店街にある。エスプレッソマシーンで淹れるコーヒーをはじめとした、ドリンクや軽食を楽しめる、気取らないまちのカフェだ。店主の鈴木泰彦さんは、ブルーのストライプシャツがよく似合う。2025年4月にプレオープンしたカフェ……だけど、お店自体の歴史はそこそこ長い。鈴木さんが最初にカフェを始めたのは2003年で、何度も形を変えながら今に至っている。もともとこの土地では、鈴木さんのひいおじいさんが「鈴惣薬局」を営んでいた。巣鴨で牧場を営んでいたものの、商売を広げるために薬剤師になり、大山で薬局をスタート。ひいおじいさんの名前「鈴木惣佐衛門」が、“すずそう”の由来だ。東京大空襲の戦火をどうにかくぐり抜け、商店街に根付いた薬局として続けていたものの、昭和42年にまさかの放火の被害に。そのタイミングでアパートに建て替え、30年以上八百屋さんに貸し出していた。さらに、木造から今のビルに建て替えたのは、2002年のこと。ふたたび貸し出すことを考えたものの、「ゆくゆく自分でカフェをやりたい」と思っていた鈴木さんは、ビル完成の翌年からSUZUSO Cafeを始めた。鈴木さん自身は、じつは群馬生まれ。公務員で群馬に転勤していた父と、群馬出身の母のもとに生まれ、幼稚園に上がる前に大山に引っ越してきた。それからは、ずっとこの商店街育ちだ。大学卒業後は水道の設計士として設計事務所に勤め、大阪転勤も経験したが、10年目で退社して大山に戻ってきた。このとき、35歳。すでに、鈴木さんの中には「喫茶店をやりたい」という思いがあったのだという。「設計士の仕事って打ち合わせが多いんですよ。だから、年がら年中喫茶店によく行っていたわけ。それもあって、喫茶店っていいなあと思って」転勤している間、大阪商人たちの商売に対する情熱やセンスに刺激を受けたことも、鈴木さんを駆り立てた。そんないきさつを経て、自ら立ち上げた設計事務所をやりつつ、その隣で「SUZUSO Cafe」をオープンした。「まさに、二刀流のはしりみたいなね」と、鈴木さんはニヤリ。2003年当時はまだ少なかった、カウンターで注文して商品を受け取るスタイルのカフェにしたいと、鈴木さんは考えた。「なんたって、アメリカンドリームのなかで育った世代ですからね。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のTシャツを着て、ブックバンドで束ねた本を小脇に抱えて歩くのがおしゃれだったから。そういう憧れがあるから、自然とアメリカンな雰囲気になったんだと思います」店内で流れているBGMも、鈴木さんが若い頃に好んで聞いていたという曲ばかり。だけど、真っ先に購入したエスプレッソマシーンはイタリア製。メニューには牛丼やおにぎりセット、クリームソーダなんかもある。そのちょっとちぐはぐな感じも、なんだかゆるくていい。設計事務所との二足の草鞋。カフェにはスタッフが数名いたが、忙しくなると鈴木さんも仕事を抜け出して、働くこともあったらしい。そのスタイルで2年ほど運営したのち、SUZUSO Cafeにひとつの転機が訪れる。東京家政大学と遊座大山商店街の産学連携の取り組みで、お店を学生さんたちに貸し出すことになったのだ。学生さんたちが自ら企画し、運営する食育カフェ「茶の間-CHANOMA-」としてオープン。基本的に内装はそのままに、はじめのうちは鈴木さんが簡単なオペレーションを伝授するなど、サポートに入った。その取り組みは、2007年の「第3回東京商店街グランプリ 活性化部門」で準グランプリを受賞し、商店街の盛り上がりを生んだという。そのプロジェクトは3年で終わり、設計事務所が忙しかったことから、一度はカフェを畳もうかと考えていた鈴木さん。しかし、そのタイミングでまた「貸してほしい」という声が挙がり、今度は社会福祉法人JHC板橋会による「ぴあCafe JHC」に生まれ変わった。約11年営業し、コロナ禍以降は会議室として使用。その名残が今もある。「これ見てください」と言われて目をやると、背後の扉に隠されていたのはホワイトボード。会議室として使われていたときにつくられたものらしい。今も活用されていて、この日は区民祭りでハワイ語のセミナーを行ったときの文字が残されていた。そうやって、いろいろな人の手に渡り、名前を変えながら、また鈴木さんのもとに戻ってきたSUZUSO Cafe。新しくできた店、と認識している人もいるかもしれないけれど、じつは20年以上前にこの名前から始まって、ずっとここにあったのだ。「自分から『貸しますよ』と手を挙げたことはないんだけどね。でも私は、基本的に来るもの拒まずだから。この年になって、今はまた自分でやりたくてやっているんだけど」鈴木さんにとって、今カフェを続けるモチベーションはいったい何なのだろう。「毎日ここに座っていると、人通りがあって飽きないからね。海で波を見ていて飽きないのと一緒。車で音楽を聴きながらドライブしているような感じですかね。“動かないドライブ”をしている気分です」なんだかかっこいい……! 自分の好きな音楽をかけながら、慣れ親しんだまちの移ろいを眺める。時折訪れるお客さんとの会話を楽しむ。それが今の鈴木さんにとって、きっと安らげる時間なのだ。5歳からの遊び場であり、代々家族で過ごしてきたこの商店街にも、とくべつな思いがある。「愛着っていうわけじゃないけど、それなりに商店街のお世話になってきましたからね。コロナ禍以降、シャッターが閉まっていることも多かったんだけど、それだと寂しいから、じゃあ自分でやろうという気持ちもあって。お世辞もあると思うけれど、このカフェを始めてから商店街のこちら側も賑わうようになったと言われるんですよ」「どなたでも気軽に来てほしい」という鈴木さん。「乾いた人にうるおいを!」を掲げるSUZUSO Cafeは、都会のコンクリートジャングルのオアシス。暑くて喉がカラカラのときも、寒さでからだが凍えるときも、疲れてアルコールを欲しているときも、鈴木さんが提供するドリンクと、穏やかな空間がうるおいをくれる。(喫茶店ではなく、あえて“カフェ”にしているのは、昼からアルコールを提供しているから!)まさに、まちの給水所みたいなお店。懐かしい洋楽に身を任せながら、人の流れを眺めるもよし、ホットケーキをつつきながら、本を読むもよし。SUZUSO Cafeだったら、かしこまることなく、のびのびと自分の時間を過ごせるはず。