「あぺたいと」をご存知だろうか。板橋・高島平に本店を構える、両面焼きそばの人気店だ。両面焼きそばのルーツは、大分県日田市の「日田焼きそば」。鉄板の上で麺の両面を焦げるくらいまで焼く、パリパリとした食感が新しい焼きそばで、九州では大人気のご当地グルメらしい。それを東京で広めようと生まれたこのお店は、現在都内を中心に個性豊かなフランチャイズ店を展開している。そのひとつが上板橋にある。名前は、「海鮮居酒屋あぺたいと」。看板メニューの両面焼きそばはもちろんのこと、新鮮なお魚を使った料理をはじめとする、おいしい居酒屋メニューを存分に楽しめるお店だ。伺ったのは18時前だったけれど、すでにお客さんがいて、お刺身とやきそばをつまみに楽しんでいた。案内された席につくと、スタッフさんが「今日のおすすめ」を紹介してくれる。マストで注文したいのは、「お刺身 特選3品盛り」。豊洲市場から毎日仕入れているそうだ。この日の3点盛りは、本マグロと真鯛の昆布締め、カワハギと豪華なラインアップ。ほかにも、バラエティ豊富な天ぷらや焼き魚、煮魚など、割烹のような手の込んだ骨太な和食メニューがずらり。「あの『あぺたいと』ね」という心持ちで訪れると、びっくりするかもしれない。「鉄板料理ややきとりをやっているあぺたいとはありますが、海鮮は日本でうちだけです。旬のお魚も、ほかの居酒屋さんではあんまり置いてないようなものを置くようにしています」同じ看板を掲げながらも、地域性や店主の個性があらわれるのがフランチャイズ店の面白さ。上板橋店がこうしたスタイルでやっているのも、店主・大澤浩一さんのルーツに理由がある。町田生まれの大澤さん。お寿司屋さんでアルバイトしたことをきっかけに、料理をつくる仕事への憧れを持つようになった。高校卒業後はホテルに就職し、和食の世界に入った。「やっぱり厳しかったね」と大澤さん。現場で揉まれながら8年間働いた経験が、今のお店につながっている。しかし、その後大澤さんは一度、食の道を離れている。「辞めて、通信の上場企業で会社員をやっていました。30年くらいかな」30年……! 人生において決して短くない期間だ。その後あぺたいとで働くわけだけど、会社員として働き、安定した生活を送っていたにも関わらず、なぜ大澤さんはまた料理をやろうと思ったのか。すると、一見職人気質な大澤さんから、ちょっと意外な答えが返ってきた。「会社で上の方にいっちゃうと、お客さんとかエンドユーザーに直接接することがなくなるでしょ。でも、もともとそういうのが好きだったから」「結構決心が必要だったけどね」と大澤さん。届ける人が見える距離感で仕事がしたい。会社員時代は会食の機会も多く、食や料理に対する興味も絶えずあった。復帰の舞台がなぜあぺたいとだったかと言えば、その答えは「好きだったから」とシンプルだ。会社員時代、飲んで終電を逃してもタクシーで3000円くらいで帰れるからという理由で引っ越してきた板橋で、あぺたいとに出会い、高島平の本店で修行をした。その後、フランチャイズという形でこの「海鮮居酒屋あぺたいと 上板橋店」をオープンしたのが、2022年12月のこと。板橋以外の物件も検討したが、地域に根付いて頑張っていきたいという思いから、半分地元のような上板橋に店を構えることにしたそうだ。そうして、大澤さんの経験や得意なことを存分に詰め込んだ、旬の海鮮を楽しめる新しいあぺたいとが誕生した。大澤さんが大事にしているのは、手仕事へのこだわり。豊富なメニューは、基本的にすべて店で手づくりしている。ランチ営業をしながら仕込むので、大澤さんの一日はかなり忙しい。「既製品はラクだけどね。でも、自分でつくるものの方が美味いと思ってるから」かっこいい。そうさらっと言い切れる大澤さんは、やっぱり職人なんだなと思う。鮮魚と煮物がとくに得意。でも、和食以外のハンバーグやパイ包み、ローストビーフなどの洋食メニューにも自信がある。「ホテルで働いていた頃、洋食のコックさんもいて、そのときにオーブンを使った料理を教えてもらったりしてたから」つまるところ、すべての料理がおすすめである。こちらは、ビジュアルも素晴らしい「めんたいのりしそ天」。たっぷりの明太子と鶏肉をしそとのりで巻いた天ぷらで、これがめちゃくちゃおいしい。さくっとした衣に、ジューシーな明太子としっとりとした鶏肉。爽やかなしその風味もいい。明太子好きは、絶対に注文してほしい一品だ。ビールにも日本酒にも合いそう……。嬉しいのは、「お1人様来店用のメニュー」があること。通常メニューの半分の量で、手軽に注文することができるのだ。お刺身の3品盛りも通常3000円のところ、1人様メニューだと1300円で食べられる。「俺も平日休みのときに一人で飲みに行くんだけど、食べられる量と払える金額を考えると、刺身もマグロだけとか、料理一品で十分になっちゃったりして、何種類も頼めないじゃん。それだとちょっと寂しいからさ」そうそう、一人だからこそちょっとずつを何種類も食べたいのだ。「飲み歩きは探検」というほど、自身も居酒屋に行くことが好きな大澤さんだからこその、この心遣いが嬉しい。メニュー数は多いぶん仕込みは大変だけど、基本的にいつ来てもすべてのメニューを注文できるように準備しているそうだ。そしてもちろん、両面焼きそばも欠かせない。お祭りのときに見るような大きな鉄板で、麺を豪快に焼いていく。最上級の小麦を使用し、水にこだわった焼きそば専用麺。両面をじっくり焼き、炒めたお肉、もやし、そしてあぺたいとオリジナルの自家製ソースと合わせる。上にのっているのは刻んだネギだ。目玉焼きをトッピングで追加してもらい、完成。「両面焼きそば 小(1玉)」でこのサイズ感、結構ボリュームがある。中は1.5玉、大は2玉。ちなみに、ランチタイムは中が一番人気だそう。“ふんわりとしながらしっかりとしたコシ”が謳い文句の麺は、両面焼くことによってパリパリかつジューシーに。新しいけれど懐かしい、不思議な焼きそばだ。目玉焼きの黄身を混ぜると、よりまろやかな味わいに。トッピングには生卵やフライドガーリック、マヨネーズなどもあるので、お好みに合わせて〆にぜひ。和食職人として技術を磨き、およそ30年のブランクを経て、自分の店を持つという新しい挑戦を始めた大澤さん。……言葉にすると簡単だけど、実際すごいことだよなあと思う。その覚悟や勇気は計り知れない。「お店をやってみて、何か想定外だったことはありましたか?」と尋ねると、大澤さんはちょっと困ったように「なかなか上手くいかねーなって」と笑った。そして、「でも」と続ける。「皆さんが笑顔で帰ってくれるように、毎日仕込みも料理も頑張るだけですね。ランチを中心にお客さんが増えてきて、夜はあともうひと頑張りかなと思います。やっぱり自分の店だから、ちゃんとやろうと背筋が伸びるよね」「おいしかったよ」「また来るね」「今日は友達を連れてきたよ」。そんなお客さんたちの何気ない言葉が、大澤さんを支えている。ちょっとクールに見えるけれど、お客さんの話をするときはとても嬉しそうで、やっぱり人が好きなんだなあと感じる。たしかな技術で生み出されるおいしい海鮮料理と、大人気の両面焼きそば、そのどちらもが一度に楽しめるのは、あぺたいとの中でも上板橋店だけ。夜はもちろん、気分がいい日は昼から一杯始めてみては?