「うちには、沖縄料理が苦手だっていう人も来るんですよ」店主の武知浩一さんは言う。オリオンビールの提灯、沖縄らしい模様ののれん、「めんそ〜れ」の文字。店名こそ、わかりやすく“らしく”はないが、ここは誰が見ても沖縄料理のお店。それなのに、なぜなのか。「僕も、だったらなんでうちに来てくれるんだろう、と思うんだけど」と笑いながら、浩一さんは隣に座る妻・直美さんを見た。「やっぱり、彼女の接客なんでしょうね。20代くらいの若い女の子たちも、70代・80代のおじいちゃんおばあちゃんも、みんな『ママがいい』『直美いるか?』って。夫婦ふたりで営んでいるので、いつもお客さまに助けられながらやっています」沖縄料理が好きな人はもちろんのこと、苦手な人すらも虜にする、ほっこりあたたかい沖縄居酒屋。それが、ときわ台にある「居酒屋 一生」だ。熊本出身の浩一さんと、沖縄出身の直美さんの夫婦ふたりで営む一生。基本的に浩一さんが調理をし、直美さんがホールを担当する。一生には沖縄料理をはじめ、唐揚げやおでん、魚料理といった居酒屋メニューが豊富に揃う。どれも、ボリュームがあってリーズナブル、なのにとってもおいしい。それらの料理をほぼひとりでつくる浩一さんは、とにかくテキパキしていて手際がいい。3つのコンロをフルに使い、並行しながら別々の料理をつくっていく。浩一さんのつくる沖縄料理は、やさしくて素朴な味わい。最近は、おしゃれな創作沖縄料理のお店も増えているなかで、地元の食堂や家庭で出てくるようなシンプルなおいしさを楽しめる貴重なお店だ。その秘密のひとつは、沖縄から取り寄せた食材や調味料を使っていること。たとえば、沖縄そばにしても、スープに使う豚足や豚骨、鰹節、そして麺もすべて沖縄から送られてきたものでつくっている。だから、沖縄で生まれ育った人、暮らしたことがある人たちは、一生の料理を食べると「懐かしい」と言う。その味の基礎を教えてくれた浩一さんの“料理の先生”については、またのちほど言及したい。▲ 一番人気の「ゴーヤチャンプル」。汁気をなくし、さっと炒めることで、ゴーヤの苦味を殺さずにしゃきっとした食感も楽しめる味わいに。使っている豆腐も、沖縄の島豆腐。「主人はもう、パパパパッ!ってすごいんですよ。早すぎると手抜きだと思われるかもしれないけれど、早いのにおいしいから、お客さんも私もびっくり! 私だったらゴーヤチャンプルをつくるだけで、1時間かかっちゃうと思う」そう笑う直美さんは、言葉の通り浩一さんとは対照的で、とってものんびりとしている。ご自身曰く、「てーげー」。沖縄の言葉で「てきとう」、「だいたい」という意味なんだとか。「注文された料理を間違えたり、飲み物をうっかり提供しわすれちゃったりして。『ごめんなさい!』って慌てて持っていくけれど、みなさん誰も責めないし、本当に優しいお客さんばかりで、いつも助けられています」そんな空気感が自然と生まれるのも、直美さんのキャラクターゆえなのだろうなと思う。この日初めてお会いしたにも関わらず、直美さんに会いたくてお店を訪れるお客さんたちの気持ちが、もうわかる気がした。そんなふたりの出会いは、沖縄の居酒屋だった。それまで、浩一さんと直美さんはまるで交わることのないような別々の人生を歩んできた。熊本で生まれ、東京で大手の古本屋に勤めていた浩一さん。専務としてオーストラリアでの出店を任され、ある時期はシドニーに滞在していた。そのなかで、ひょんなことから会社が回転寿司の事業を始めることに。担当者となった浩一さんは、古本事業と並行しながら、日本から派遣された寿司を学ぶ学生たちとともに3年間、魚の卸し方から握りまで一通り学んだのだという。それが、食の道への入口となった。その後、浩一さんは会社を辞め、沖縄の古本屋を運営することになるのだが、食への探究心はやまず。浩一さんを慕い、一緒についてきた元部下たちに古本屋を任せ、休暇中に居酒屋で直美さんに出会うのだ。一方、直美さんは沖縄生まれ、沖縄育ちのうちなんちゅ。自営業でバイク整備などの会社を営む家族のもとで育ち、地元の喫茶店や居酒屋で働きながら暮らしていた。海外を拠点にバリバリ働いてきたビジネスマンの浩一さんと、沖縄で自由にのびのびと過ごしてきた直美さん。そんなふたりが沖縄の地でたまたま出会い、飲み友達から付き合いがスタート。そして、結婚というタイミングで浩一さんはある提案をする。「やっぱり東京で飲食の商売をしたい」、「ついてきてくれるなら一緒にやりましょう」と。ドラマみたいだ。「最初はやっぱり、不安でしたよ」と直美さんは笑う。「東京は怖いとか、冷たい人ばかりなんじゃないかって考えていたけれど、いざ来てみたらみんなあったかくて。沖縄の方言で“ゆんたく”と言いますが、私、父に似てすごくおしゃべりなんですよ。だから、お客さんと話すのが好きなんです」そうしてふたりは平和台の焼肉屋での雇われ店長を経て、2017年に一生をオープンした。じつは一生は、もともと焼肉屋時代の部下が独立して始めた海鮮居酒屋だった。しかし、なかなか軌道に乗らず、店は閉店。そこで相談を受けた浩一さんが、場所を引き継ぐことになった。常連さんもついていた焼肉弁当屋さんを辞め、困っていた昔の部下に代わってお店を始める。……さらっと書いたけれど、なかなかすごい話だ。古本屋時代もそうだが、これだけ部下という存在に慕われる浩一さんの人望たるや。直美さんも浩一さんの「きっと大丈夫」という言葉を信じ、ときわ台への移転に頷いた。看板を作り直すのにもコストがかかるからと、名前はそのまま「居酒屋 一生」。とくに沖縄料理屋っぽくない店名には、そんな背景がある。▲ サクサク&もちもちの 「もずくの天ぷら」。そのまま食べるもよし、沖縄の塩「島マース」をつけてももちろんおいしい。ちなみに、当初から沖縄料理でやっていく予定ではなかったらしい。オープン直後は一般的な居酒屋料理でやっていたものの、客足が伸びずに悩んでいた頃、沖縄で訪れた老夫婦が営む居酒屋で浩一さんは決意した。「ときわ台には居酒屋はたくさんあるけれど、沖縄料理は意外と少ないなと気づいて。これで勝負しようと決めて、そのお店のおじいとおばあにお願いをして、沖縄料理のつくり方を教えてもらったんです」そう、今の一生の基礎となる部分を教えてくれた“料理の先生”というのが、このおじいとおばあなのだ。うちなんちゅも認める素朴で懐かしい味わいの、もうひとつの秘密である。▲ 絶対食べたい「沖縄そば」。沖縄から取り寄せている豚足と豚骨、鰹節を使用した自家製スープは旨味たっぷりなのにすっきり。じっくり煮込まれたほろほろの軟骨ソーキ肉も絶品。また、一生では「週末は2時間制」というような時間制を設けていない。オープンから閉店までゆっくりお酒を楽しむおじいちゃんもいれば、仕事帰りにサクッとひとりでごはんを食べて帰るサラリーマンもいる。沖縄料理をつまみにテレビで野球を応援する人や、PC作業をしながら飲んでいる若者もいるらしい。「お店側がこうと決めるんじゃなくて、来てくれた人たちがそれぞれ好きな過ごし方をしていただければいいと思っているんです。それが沖縄らしいのかなって」居心地がいいから、「あれ、もうこんな時間⁉」とびっくりするお客さんもよくいるのだそう。直美さんもこう続ける。「やっぱりお客さんの笑い声がやっぱり好きなんですよね。もちろん沖縄音楽も流してはいますけど、楽しそうなお客さんの笑い声が、何よりも最高のBGMだなと思います。だから、皆さんが来てよかったって思えるような、のんびり楽しく過ごせる空間を大事にしたいですね」料理にもお客さんにも誠実な浩一さんがつくるおいしいご飯と、にこにことチャーミングな直美さんとのおしゃべり。そして、自分らしくのんびりと過ごせる空間があって、お客さんの間には“大変なときは助け合おう”精神が自然と生まれている。沖縄料理が好きな人はもちろん、とくべつ好きでなくても、思わず来たくなる理由が一生にはありすぎる。忙しない日々に疲れたら、一生に行こう。ゆったりとした沖縄時間に身を任せながら、おいしいご飯とお酒を楽しんだら、きっと明日も頑張れる。