まちにひっそりと息づく、トラディショナルな家族経営の喫茶店。時代とともに変わりゆく景色のなか、その一角だけマイペースにゆっくりと時を刻んでいる感じがして、見かけるとつい歩く速度を緩めてしまう。「ああ、いいなあ」と。中ではたいてい、落ち着いた雰囲気のシブいおじちゃんたちが各々コーヒーを飲んだり、本や新聞を読んでいたりして、そんな昔ながらの喫茶店らしい風景もまた、余裕があってとても素敵なものに思える。今自分がせかせかと余裕がない日々を送っていると、なおさらのこと。今回伺った「カフェレストラン jeudi(ジューディ)」は、まさに昭和の香りが色濃く残る喫茶店だ。ときわ台駅と上板橋駅のちょうど真ん中あたり。それぞれから8分ほど歩いた交差点の角に、お店はある。昭和53年オープン。もともと都心のホテルやイタリアン料理店で働いていた中尾正一さんが体調を崩し、25歳のときに実家を改装してつくったのが、 ジューディだった。「私のおじいちゃんが、父のためにこの喫茶店をつくってくれたと聞いています。喫茶店だけど、どちらかというと食事がメイン。当時はまだ都心にしかなかった、グラタンとピザをメインに出すお店として始まりました」そう話すのは、娘の川島麻美さん。“jeudi”は、フランス語で「木曜日」。オープンの日がたまたま木曜日だったことからつけられたらしい。「いろいろ考えたみたいなんですが、いいと思っていた名前が当時ときわ台周辺にいっぱいあったみたいで。手詰まりだったんでしょうね(笑)。もうこれでいいや、みたいな」そのざっくりとした感じも、むしろおしゃれに感じてしまう。麻美さんは、調理師の専門学校を卒業し、20歳でそのままお店で働き始めた。以来、父と娘で営んできた。「調理師免許があればお店ができるので、いつでも継げるように専門学校に入ったんです。その頃、父の目も少し見えづらくなっていて、ひとりじゃ危ないし、じゃあそのまま手伝うかと思って」お父さんからすれば、なんと頼もしい娘さんだっただろう、と思いつつ、「ほかの道もいろいろあったのでは?」と尋ねると、麻美さんは「たぶん、あんまり何も考えてなかったんですよ」と笑った。「(この店が)なくなったら嫌だな、くらいの気持ちで始めたことでしたから」麻美さんにとってこのお店は、生まれたときから当たり前にそこにあったもの。それをなくしたくないから、自分でお店をやる。麻美さんにとって、行動するのにそれ以上の理由など必要なかったのだろう。なかでも麻美さんが守りたかったのが、父・正一さんがつくる看板メニューのグラタンとピザ。ジューディでは、食事メニューはすべてキッチンで手づくりしている。ピザは生地から、グラタンやドリアはベシャメルソースをいちからつくっている。グラタンとドリアは「クリーム」と、アボカドを混ぜ込んだ「アボカドクリーム」の2種類から選べる。具材は、チキンかエビ。注文が入ってから、ソースのベースを丁寧に伸ばし、オーブンで焼き上げる。「小さいお店ですし、中に入れる具材が変わると味も変わるから、作り置きができないんです。余っちゃっても困るし。だから、注文が入るたびに必死にソースを伸ばしています(笑)」できたてあつあつのエビクリームドリアは、ほっこりと素朴なビジュアル。ためらいながらスプーンを入れると、こんがりとしたクリームのいい香りがした。ああ、喫茶店で食べるドリアって、なんでこんなにおいしいのだろう。中のご飯は、ケチャップライスだ。ちょっと珍しい気がするけれど、これがまた懐かしい味わいですごくいい。「うちでは、私がちっちゃいときからケチャップなんですよ。父が、『これが一番合う』と言っていて。ソースに合わせて変えていて、アボカドクリームのドリアは、バターライスにしています」季節の食材を使った期間限定のメニューも出していて、カレー風味のご飯を使うこともあるらしい。グラタンの場合は、中にマカロニが入る。取材した1月の期間限定メニューは、「かぼちゃソースのチキンドリア/グラタン」。ほくほくの甘いかぼちゃをたっぷり混ぜ込んだグラタン……聞いただけでお腹がなりそうだ。ちなみに麻美さん自身は、「記憶では、一時期グラタンが好きじゃなかった」らしい。理由はおそらく、小さい頃からしょっちゅう食べていたから。食べ飽きてしまうくらい慣れ親しんだ味を残すために、麻美さんは父のレシピにならって、日々時間と手間をかけてグラタンをつくっている。守るものばかりでなく、新たに始めたこともある。ジューディのフルーツジュースは、麻美さんが働くようになってから始めたメニューだ。バナナミルク、ストロベリーミルク、ブルーべリーミルク、ジンジャーレモンの4つは定番で、季節によってはスイカジュースや梅ソーダなども登場する。喫茶店に来たらついつい飲みたくなる、クリームソーダやコーヒーフロートもある。せっかく喫茶店に来たのなら、本でも読みながらゆっくり過ごしたいところ。コーヒーや紅茶だけでなく、合間にフルーツジュースやフロートを挟むのもいい。そしてジューディには、看板メニューのグラタンとピザ以外に、週替わりランチもある。鯛のムニエルや鶏の唐揚げ、ハンバーグ、国産和牛のビーフソテーなどなど、4種類のメニューから選べる。喫茶店というよりも、洋食レストランさながらの本格的なラインアップだが、これらも全部麻美さんの手づくり。週ごとにがらりと違う顔ぶれになるので、何度でも楽しめる。「うちならではの特徴なんて、とくにないと思います」と、笑っていた麻美さん。「じゃあ、このお店の好きなところはどこですか?」と質問を変えてみるも、しばらく考えたのちに「ごめんなさい、本当に何も思いつかないや!」と、あっけらかんと言う。お父さんから受け継いだソースからつくるグラタンも、ピザも、洋食屋さながらの週替わりランチも、広々としていて居心地の良いレトロな空間も、それをなくしたくないと奮闘する麻美さんの存在も、ぜんぶ魅力的だと思った。だけど、麻美さんにとっては、それは当たり前のこと。あえて語るほどではないくらい日常そのものであり、とくべつなことではないのだ。ちなみに、麻美さんは4児の母でもある。一番上の子は高校生、一番下は保育園らしい。毎朝保育園に送り届け、お店でランチの下準備をしてから家に戻り、家事を済ませて再び出勤。そして、お店を閉めたら保育園のお迎えに行き、急いで夕ご飯をつくって、次男と三男のバレーボールの練習に付き添うのだとか。……スーパー母ちゃんである。「夜中に飲むビールと、漫画を読む時間が唯一の息抜きです。毎日必死すぎて、しょっちゅう働きたくないって言ってますけどね。こんなこと、言っていいのかな(笑)」ジューディにはすてきなところがたくさんあるけれど、この麻美さんの飾らないキャラクターが、やっぱり最高なのだ。と同時に、そこまでして頑張り続けるということは、麻美さんにとってこのお店は絶対に手放したくないものなんだろうな、とあらためて思う。どんなに忙しくても、大変でも、ここはお父さんが大切に守ってきた場所であり、今では麻美さんの人生の一部でもあるから。またいい喫茶店に出会ってしまった。今度ジューディに来るときには、時間ができたら読もうと思っていた本を何冊か持ってこようと思う。今回は食べられなかったピザとフルーツジュースをおともに、ゆっくりと流れる時間を存分に楽しむのだ。