額縁に納められた、セピア色の写真。中央の黒い幕のようなものには「牛肉 上原」の文字が踊り、ずらりと並ぶ人たちはみな、斜め向かいにあるカメラを見つめている。太鼓を腹に抱えた、チンドン屋とおぼしき人たちもいる。キャプションの文字によれば、「昭和4年 15周年開店記念大売出し」の際に記録されたもの。まさにこの取材をしている店の軒先で、100年近く前に撮影されたのだ。大正3年創業の「肉の上原」。第一次世界大戦の勃発した年に初代・上原浅之助さんが始めた、110年以上の歴史を持つ老舗の肉専門店だ。当時は宿場町の面影も色濃く、精肉店そのものが珍しかった時代。そのなかで、肉の上原は牛の専門店として、卸と小売りの両輪で繁盛を続けてきた。2代目の松之助さん、3代目の繁雄さんに継いで、現在は繁雄さんの息子・上原和之さんが4代目としてお店を切り盛りしている。「うちの父は、私にとっての叔父である2代目のところでずっと仕込まれていたみたいですね。昔は、地方まで牛を買いに行って、トラックにまるまる一頭を積んで市場まで持っていくんですよ。そこで、牛をさばくのも覚えたそうです」牛肉に対してプライドを持っていたという父・繁雄さん。屠場(とじょう)で培った目利きを活かし、大手スーパーには並ばないような上質な精肉を揃えることにこだわった。和之さんが引き継いだ今も、肉の上原には近江牛を中心にしたブランド和牛が並ぶ。品評会で「優秀賞」をとるような、いわゆる“いいお肉”たちだ。近江牛は、会員になった店だけが販売できる日本最古のブランド和牛で、きめ細かい霜降りと柔らかい肉質、そして脂の甘味が特徴。上のランクのお肉は近江牛が中心だが、もう少し下のランクのお肉も、先代の頃からお付き合いのある卸屋さんから質のいい国産和牛を卸してもらっている。つまり、予算に応じてどれを選んでも、ベースのおいしさはお墨付きである。ショーケースの中でも目を惹くのが、下段にある大きな肉の塊たち。ステーキ用のサーロインやランプ(お尻)、すき焼きにおすすめの肩ロースなどがブロックのままどーんと鎮座している。初めて生で見る塊のままの牛タンも、すごい迫力だ。抱えるほどの大きさのこの肉の塊を、好みの厚さ、グラム数でカットもしくはスライスしてもらえるのも、このお店ならでは。予算が許せば、海賊が食べるステーキみたいな分厚さにしてもらうことだってできる。自分好みにオーダーできるというのは、体験としてやっぱりワクワクする。「ステーキだったら、1cm〜1.5cmぐらいの厚さで、さっと焼いて食べるのがおすすめです。もちろん、お好みでそれより厚くお切りすることもできますよ」最近は健康志向からか、若い層には「もも」などの赤身が圧倒的に人気なのに対し、ご年配の方がむしろ「サーロイン」などの脂が多いものを買い求めることが多いのだそう。どちらにせよ、上質なお肉の脂はしつこくないので、老若男女問わずぺろっとおいしく食べられるらしい。牛肉がメインだが、日常的に使いやすい豚肉や鶏肉も扱っている。父・繁雄さんの時代から、板橋区内の学校給食や介護施設、病院などにも卸しているという。国産豚を使った「豚のみそ漬け」は、1枚220円とかなり良心的な価格。「敷居が高くて入りづらい」という人にも気軽に買ってもらえるようにと、20〜30年ほど前から販売を始めた人気商品だ。この日はすでに売り切れだったが、余ったお肉の切れ端でつくる「和牛ハンバーグ」も目玉商品。ひとつ190円と、これまた破格。余った部分とはいえ、いい和牛を使っているのだからおいしいに決まっている。(数量限定で、お昼前だったらゲットできる確率が高いとのこと!)和之さんは、かつて音響機器で有名な大手電機メーカーのサラリーマンだった。大学卒業後、3年ほど働いたのちに肉の上原に入ることを決めた。「うちは男3人兄弟で私は2番目だったんだけど、いつか継ぐなら自分だろうなとは思っていたんです。そのまま会社員を続けるか考えたこともありましたが、父も忙しそうでしたし、3年勤めたタイミングでやるか、と。父から『店をやってほしい』と言われたことは、一度もないんですけどね」妻の佳奈子さんとは、大学のインカレサークルで出会った。佳奈子さんも大手総合電機メーカーに勤めていたが、和之さんとの結婚を機に一緒にお店で働き始めた。今は、主に店頭での接客を担当している。「そもそも自営業になじみがありませんでしたし、お肉を売るというのはアルバイトでも経験がなくて。最初のうちは、お客さんに言われたグラム通りに用意できなかったりして、慣れるまでは大変でした」ふわっと笑う佳奈子さん。和之さんもまた、子どもの頃にお店を手伝うことがあったとはいえ、本格的に肉を扱うのは初めてのこと。父・繁雄さんの背中を見ながら、知識と技術を磨いていった。平日の昼間でも、肉の上原には次々とお客さんが訪れる。週末や記念日、年末年始など、イベントごとがあるときに来てくれるお客さんが多いという。佳奈子さん曰く、最近は若いお客さんも増えてきたらしい。たしかに、取材中にも20代くらいのおしゃれな男性が、すき焼き用のお肉を買っていった。スーパーでもお肉は手に入るけれど、大切なときに、大切な人と食べたいお肉はまたちょっと違う。せっかくなら、とびきりおいしいお肉を食べさせたい。そういう気持ちに寄り添う上質なお肉と、親切かつ丁寧な接客が、このお店にはある。物価高の厳しさを日々感じる今、むしろ「おうちすき焼き」や「おうち焼肉」のニーズは増えていくのかもしれない。お肉屋さんで買えば、自分の好きな部位を好きなだけ食べられるし、トータルで見れば飲食店に行くよりも安く抑えられることもある。最初はちょっとハードルが高いと感じるかもしれないが、案外手頃だし、何よりプライドを持って仕入れるお肉のおいしさは保証済み。そう思うと、ちょっととくべつな日にお肉屋さんでいいお肉を買って家でゆっくり食べるという選択は、すごくアリだなと思う。今ではお肉屋さんの存在は、かなり貴重になった。肉の上原のように、お惣菜をやらず、お肉一本でやっているお店というのは、さらに珍しいように思う。どれだけ歴史があっても、担い手がいなければ続けられない。でも、このお店にはすでに素敵な5代目がいる。それが、娘の菜奈さんだ。ブライダルや空港のグランドスタッフなどの仕事を経て、2022年からお店で働いている。「祖父(繁雄さん)はできるだけ長くお店を続けたいと願っていたので、生きているうちに父の後に私がいるよ、というのを伝えて、安心させたい気持ちがありました。当時、コロナ禍で空港の仕事が難しい状況だったのも、踏ん切りがついたひとつの理由だったと思います」その菜奈さんの決断は、繁雄さんをはじめ、家族にとってきっとすごく嬉しいものに違いない。「おじいちゃんは安心して天国にいったと思う」と話す和之さんも、それを隣で聞く佳奈子さんも、優しい顔をしていた。柔らかい笑顔がそっくりな親子だな、と思う。菜奈さんは今、和之さんに習ってお肉を切ったり、配達をしたりしている。やってみるまでわからなかった仕事量の多さ、難しさを感じているところだという。家族で繋いできた肉の上原の歴史は、またこれからも続いていく。たくさんの人の、家族のとくべつな日に寄り添いながら。