“Pont du plaisir(ポン・デュ・プレジール)”フランス語で「喜びへの架け橋」という意味のこのお店は、東京都健康長寿センターの目の前にある。婦人服をメインに扱うセレクトショップだ。大山駅から歩いて5分ほど。取材に伺った日は、まさに春一番のような強い風が吹いていて、身体をできるだけ小さく縮こめながらお店に向かうと、ご夫婦が出迎えてくれた。「こんにちは!寒かったでしょ」ぱっと明るい笑顔の女性は、オーナーの多賀堂恵美子(たがどう・えみこ)さん。夫・学さんとともにこのお店を営んでいる。アパレルのメーカーで働いていた学さんと出会い、結婚をした恵美子さん。板橋に来る前は、目黒の方で子育てをしながら、さまざまな習い事をしていたという。学さんの経営するメーカーは板橋にも直営店があり、子育てが落ち着いた恵美子さんは、そこでお手伝いとして働くことに。これが、板橋に来る最初のきっかけだった。その後、恵美子さんは自身のお店を立ち上げる。「子育てがひと段落したら、いつか自分でもセレクトショップをやってみたいなという気持ちは、たぶんあったのかな。主人の知り合いの方が、芸能人の方が衣装として着るお洋服を扱うメーカーをやっていて、私もそこのお洋服が大好きだったので、それを仕入れながら小さくお店を始めたんです」ポン・デュ・プレジールに並ぶ洋服たちは、素材の良さにこだわって仕入れたものだ。デザイン性の良さはもちろんのこと、軽くて、着心地の良いものを揃えている。「ちょっとこれ、持ってみて」と恵美子さんに言われてニットを手にすると、その軽さに驚いた。触り心地もふわっふわだ。「これはヤクの毛を使ったニットですね。カシミアよりもいい素材ですよ」お客さんの層は、バリバリ働く50〜60代を中心に、80〜90代の方々も多い。おしゃれが好きで、パワフルで、年齢がわからないくらい若々しい人ばかりだそう。土地柄、お客さんの中には女性の医師もいる。ピンクや黄色、オレンジなど、鮮やかな色の服を多く揃えているのにも、理由がある。「年を重ねるとどうしても暗い色を選びがちなんだけど、もったいないなって。うちのお客さんでもある女性のお医者さんからも、『ビタミンカラーはすごくパワーがあるから、元気のない方にこそ明るい綺麗な色の服を勧めてあげてください』ってよく言われるんです。普段着ない色の洋服を着るだけでも、気持ちが明るくなりますから」オープンしてから2026年で10年を迎えるまでの間、さまざまな人たちとの出会いを通して、お店は少しずつ変化してきた。「最初の頃、近くのブティックに勤めていた方にすごく支えていただいて。ずっと専業主婦だったから、商売に関しては本当に素人でしょ。その方は、こういうことを始めてみたらいいんじゃないかとアドバイスをくださったり、おいしいものを食べに連れていってくれたり。お客さんを連れてきてくださったこともありましたね。私にとっては、“板橋の母”みたいな存在です」恵美子さん曰く、大山には女性経営者や、お茶やお花の先生をやっている方が多いらしい。つまり、自分の手で人生を切り開いてきた、経験豊富な先輩たちがたくさんいるということ。また別の方からも、「アパレルだけじゃなくていろいろなことをやった方がいい」と背中を押され、恵美子さんは少しずつお店に自分らしい要素を増やしていった。店頭で洋服を販売するかたわら、フラワーアレンジメントやスワロフスキー、デコパージュなどの教室に加え、カフェをやるように。教室で教えているのは全部、恵美子さんが専業主婦時代に習い事でやってきたものたちだ。現在はあくまで洋服販売がメインだが、デコパージュの教室とフラワーアレンジメント、そしてカフェも続けている。「cafe plaisir(カフェ・プレジール)」では、お店のカウンターで管理栄養士監修の「まごわやさしいランチ」や、コーヒー、クラフトビール、ワインなどのドリンクが楽しめる。カフェは主に学さんが担当している。学さんは、明るくハキハキとした恵美子さんと対照的に、のんびりと穏やかな印象で、優しい声の持ち主。カフェ業務は初めてのことだったが、管理栄養士に教わりながら調理をこなしている。作業をしながら、マダムたちとカウンター越しに会話をすることも多いそう。「お客さんは基本的に女性ばかりですが、メーカー時代にブティックで女性のオーナーさんとお話する機会も多かったですから」と柔らかく笑った。カフェ・プレジールには、「まごわおいしいランチ」以外にじつは裏メニューがある。それは、「いもフライ」。蒸かしたジャガイモを串に刺し、衣につけてフライにした栃木県佐野市のご当地B級グルメだ。突如あらわれる、いもフライ。店内のヨーロッパ風のエレガントな雰囲気とのギャップが、なかなかいい。なぜいもフライなのかと言えば、栃木県佐野市が恵美子さんの出身地だから。「板橋区民祭り」や「板橋バル」などのイベントでは、このいもフライを販売しているらしい。「よかったら食べていって」とご厚意で食べさせてもらった初めてのいもフライは、ホクホクとしたじゃがいもと、たっぷりかかったソースの甘さが絶妙で、B級グルメらしいちょっとジャンクなおいしさだった。意外とボリュームもあって、これをおつまみにビールが進みそうだ。あらためて、これを婦人服を扱うセレクトショップで味わえるのが、面白すぎる。イベント時以外はメニューに記載がないけれど、基本的にいつでも注文可能だそう。この空間で食べるいもフライは、きっとより味わい深いので、ぜひ体験してみてほしい。最後に、「お店をやっていくなかで大事にしていることは何ですか?」と尋ねると、恵美子さんは「来ていただいた方に元気になってもらうことですね」と笑顔で答えた。そのために心がけているのは、一人ひとりの良さを見つけて言葉で伝えること。それは、「お店の人とお客さん」という枠にとどまらず、人と人としていい関係を築いていくためのコツでもある。恵美子さんが、人とのつながりをとても大事にするのは、たくさんの人たちに学びながらここまでやってきた実感があるから。「私は両親を早くに亡くしていて。今来てくださっているお客さんたちは母くらいの年代の方が多いので、本当にいろいろなことを教えていただきました。それに、専業主婦を続けていたら出会えなかった方々との出会いを通して、新しく知る世界もたくさんあって。前向きなお客さんが多いから、むしろ私たちが元気をいただいているんです」お店を始める前の恵美子さんには会ったことがないけれど、きっと今の彼女はその頃以上に輝いているんだろうなと思う。今年か来年のうちには、フランス・リヨンに住む友人に会いがてら、仕入れにいくそうだ。楽しそうに話す恵美子さんを見ていると、こちらまで元気が湧いてくる。近くに寄ったら、またいもフライをつまみに、恵美子さんや学さんとおしゃべりしたいなあと思う。「裏メニューをお願いします」と言うのを想像したら、ちょっぴり楽しい気分になった。