「魚の日は、パルパル」大山にはおいしいものがたくさんあるけれど、魚を食べたい気分のまちの人たちがこぞって訪れるお店がある。駅から徒歩2分の場所にある、「パルパル」だ。2011年に創業し、2019年に大山に移転してきたこのお店では、看板メニューの熟成魚をはじめとしたおいしいお魚と、それに合う20種類の日本酒を楽しめる。店内は明るくて活気がある。ちょっと変わった名前は、店主・渡辺有軌さんの生まれ年である1988年の“88”を韓国語読みしたもの。店主の奥さんがK-POP好きなこと、そしてつい口にしたくなるような響きのキャッチーさから名づけられた。熟成魚というのは、文字通り熟成させた魚のこと。通常であれば2〜3日も経てば腐敗してしまう魚を、適切な技法で血抜きすることで、1〜2週間もつのだという。寝かせることでアミノ酸が増加し、新鮮な魚以上の強い旨みとねっとりとした食感を楽しめる。渡辺さんが実践している「津本式究極の血抜き」は、もともと宮崎県の仲卸「長谷川水産」の津本光弘さんが始めた手法。熟成魚が世に出始めた頃に知り、動画を見て学んだのだとか。魚の種類によるが、4日を過ぎたあたりから旨みが右肩上がりにどんどん上がっていくらしい。「熟成するのに向き不向きはありますね。白身魚は向いていますが、逆にアジなどの青魚は熟成しても旨味があまり上がるような魚ではないので、鮮度がいいときに食べた方がいい。入荷した魚に合わせて一番おいしいタイミングを見極め、最適なタイミングで提供するように心がけています」この日の「刺身盛り合わせ」のラインアップは、一週間熟成させたカンパチと真鯛、イシダイに加え、豊洲市場から仕入れた新鮮なマダコ、カツオ。一皿で、熟成魚と鮮魚の食べ比べができるのも楽しいポイントである。(人数に合わせて柔軟に対応してくれる)熟成魚はねっとりとした新食感かつ、旨みがぎゅっと詰まっていて絶品……! 一週間寝かせていると聞いて少しびびっていたものの、臭みもえぐみもまったくない。日本酒が無限に進んでしまいそうだ。海鮮を使った魅力的なおつまみは、ほかにもたくさんあって迷ってしまうが、渡辺さんのイチオシがこの「まぐろトロタク」。まぐろとたくあんに加え、刻んだきゅうりが入ったトロタクは、ポリポリとした食感が楽しい。自家製の煮切り醤油が絡めてあるので、海苔で巻いてそのまま食べられる。これがまたおいしくて、気づいたらお酒がなくなっている。(まさにお酒泥棒……!)「おいしいお魚を出す居酒屋をやりたい」そんな思いで自分の店を立ち上げた渡辺さんは、昔から料理することは好きだったものの、魚を食べることはそこまで好きではなかったらしい。15歳のとき、地元・群馬県の焼肉屋さんのキッチンでアルバイトをし、包丁を使う面白さを知った。大学進学で川越にやってきてからは、居酒屋でアルバイトをスタート。つくったことのない料理を自分でつくれるようになることが楽しくて、どんどんのめり込んでいったという。そしてハタチを過ぎ、常連さんたちにおいしいお店に連れて行ってもらうなかで知ったのが、魚のおいしさだった。「そこから魚にめちゃめちゃハマっちゃって。それがきっかけで、自分でも魚を出すお店をつくりたいなと思ったんです」▲ 魚に合うものからレアな銘柄まで、個性豊かな日本酒が毎日20種類揃う独立してお店を始めたのは、22歳のとき。これは、渡辺さん自身も想定外のタイミングだったそうだ。「知人から川越のお店が空くからやってみないかと言われて。将来的に自分のお店をやりたいという思いはもちろんありましたが、アルバイト経験しかないし、修行もしていないのに大丈夫かなと。でもいろいろ考えるうちに、これもタイミングなんじゃないかと思えるようになって、覚悟を決めました」そうして、川越駅から徒歩20分、80席というなかなかチャレンジングな物件で居酒屋をスタートした渡辺さん。時間もお金もなく、暖簾分けという形で前のお店の名前をそのまま引き継いだ。「魚を出したい」という思いこそあったが、その技術がない。そこで渡辺さんは、オープンから半年間はひたすら魚を捌く練習をしたという。「仲良くなった魚屋さんに練習したいと伝えると『そういうことなら、安くするよ』と言ってくれて、毎日大量に購入しては朝からずっと練習していましたね。捌いた魚はお刺身にして安く提供したりとか、お客さんにリクエストをもらって魚料理にしたりとか。そのおかげでアレンジ力もつきましたし、今に繋がっています」当時は、今ほど動画コンテンツも多くなかった時代。本を読みながら、独学で覚えていった。ちなみに、店主の奥さんは元バイト先の同僚。当時はまだ付き合っていなかったが、仕事ができる仲間として自分のお店に引き抜き、一緒に働くなかで結婚をしたらしい。奥さんの妊娠をきっかけに移転を決め、屋号も「パルパル」に変えるわけだけど、8年間の営業の中で渡辺さんはさまざまなことを学んだという。「よくある発想ですが、最初は料理がおいしければ、お客さんは自然とついてくると思っていたんです。でも実際に経営してみたらそうじゃないと気づいた。結局、人と人のコミュニケーションがすごく大事なんですよね」それまでキッチンで調理にかかりきりだった渡辺さんだが、先輩方の助言を受け、それからは周りのスタッフを頼りながらホールに出る機会を増やした。お客さんと乾杯し、会話を楽しむうちに自分自身も接客の楽しさを知り、料理同様に力を注ぐようになったという。よりお客さんの表情が見えるようにと、移転後の物件探しではオープンキッチンであることを重視した。パルパルの接客で大事にしているのは、細やかな気配りと笑顔。「自分がご飯を食べにいったときに何をされたら嬉しいか」を考えながら、できるだけ楽しんで帰ってもらえるように接客をする。そのためにも、常に明るい笑顔は忘れない。それは、店主である渡辺さんももちろん同じ。刺身を切ったり調理をしたりしながら、カウンターのお客さんとよく会話するのだとか。「自分で言うのもなんですが、『パルパルの店長と言ったら笑顔!』と皆さんに言ってもらえていますね」▲ 海鮮だけでなく、こんなおつまみメニューも。大判のつくねを焼き上げたあとに甘辛の自家製ダレを絡めた名物の「鶏つくねたっぷりチーズがけ」は、仕上げにスタッフさんがこれでもかとパルミジャーノチーズをかけてくれる。つくねは意外にもゴロゴロと肉々しい食感で絶品なので、マストで注文を!物件を探すなかでたまたま辿り着いた大山だったが、2026年3月で移転から約7年。川越時代の8年を含めれば、創業から15年が経った。大山に来たことで飲食店同士のつながりも増え、お店の店主たちとプライベートで一緒に釣りに行くこともあるらしい。そこで自ら釣った魚を捌き、熟成させてお客さんに提供する。そしておいしい魚を求めて、また全国からお客さんがやってくる。「ありがたいことに、最近は忙しくさせてもらっています」と話す渡辺さんの表情は、とてもいきいきしていて、充実感に満ちていた。ゆくゆくは、多店舗展開も視野に入れているという。きっとパルパルはここからまた、新たなフェーズに入っていくのだろう。「おいしいものを出すのは当たり前で、僕らの目標はお客さんに笑顔になって帰ってもらうこと。飲食店はやらなきゃいけないことも多いし、大変だけど、お客さんと会話をして楽しんでくれているのを感じる瞬間が好きなんですよね。結局、皆さんの喜ぶ顔が一番の原動力です」