「うちでは1杯分で使う粉は20g。1回目のお湯を注いだら、40秒待ちます。見ててくださいね」この店のオーナー・中川亮太さんの言葉をカウンター越しに聞きながら、88℃のお湯が注がれたコーヒーの様子をじいっと見つめる。すると、みるみるうちに粉がもこもこと膨らんできた。「この間が一番膨らむんです。ガトーショコラみたいでしょ」もこもこ、ぷくぷく。まるで呼吸しているみたいに、コーヒーはどんどん膨らんでいく。そのピークを終えたあと、どれだけ我慢できるかがポイントらしい。40秒ほど待つと、粉の外側にコーヒーの旨味がしっかりと出るので、さらに残りのお湯を注いでいく。そして、一定時間が経つと「いきますよ!」という亮太さんの言葉とともに、ゲートが開放され、一気にコーヒーが落ちてきた。「浸漬式(しんししき)」という名前の通り、コーヒーの粉をお湯に一定時間浸してから抽出するこの方法は、コーヒーの淹れ方の中でも一番失敗が少ないのだという。「再現性が高くて、誰がやってもおいしく淹れられる。一番は、自宅でご家族、お友達、大好きな人と一緒においしいコーヒーを飲んでほしいんですよね」そうやって、亮太さんが淹れてくださったコーヒーは、ワイングラスの中ですっきりと澄み切っている。ブラックコーヒーが苦手なはずなのに、気づいたら私は最後までおいしく飲み干していた。▲ アイスコーヒーは、氷が溶けたときにちょうどいい濃さになるように設計。薄くなる心配をせずにゆっくり飲めるのが嬉しい。亮太さんと妻・麻子さんが営む「VIVA COFFEE」は、自家焙煎コーヒー豆を量り売りする専門店。“角打ち”スタイルで、こんなふうに直接目で見て、香って、コミュニケーションを交わしながら、とっておきのスペシャルティコーヒーを味わうことができる。独自のルートで世界各国から仕入れる豆は、専門家の評価のもと、80点以上を獲得したものだけ。日本スペシャルティコーヒー協会認定の「アドバンスドコーヒーマイスター」である亮太さんが、店内の大型焙煎機でローストする。▲店頭には浅煎りから深煎りまで、さまざまな個性を持つ豆たちが並ぶ。一つひとつに丁寧に説明文が添えられていて、眺めているだけでも楽しい。まったく同じ産地の豆でも、焙煎度合いを変えるだけで様相ががらっと変わったりする。たとえば、人気の「モカフローラル」は、いちごやベリーを感じさせる軽やかな味わいだが、それを深煎りにした「モカダーク」は、チョコレートのようなコクと甘さが楽しめる。そして、名前が可愛らしい「おやつブレンド」はその名の通り、いろいろなおやつとの相性ぴったりなブレンド。さらに定番の「ビバブレンド」は、「2022 板橋のいっぴん」に認定されたブレンドで、「これはおいしさが次々と押し寄せるずるいブレンドですよ」と、亮太さんはニヤリと笑う。「ケニア、エチオピア、グアテマラと、おいしいものばかり集めたブレンドだから、おいしくないわけがないんです。最初の飲み口、ごくんと飲んだあと、最後の余韻で、それぞれ個性が出てくるタイミングが少しずつずれているのがポイント。サッカーで言うと、ゴール直前に華麗なパス回しをして、最後盛大にゴールを決めるイメージですね」「おいしいブレンドはサッカー」と力説する亮太さん。ホームランバッターばかりの野球ではないのだと。なるほど、めちゃくちゃわかりやすい……! ▲ちなみに、コーヒーだけでなくカフェラテやエスプレッソも好みの豆を選んで淹れてもらえるのも嬉しいポイント。「コーヒーを飲むという行為だけでなく、豆それぞれの個性の違いを楽しんでほしい」その思いを体現するべく、VIVA COFFEEにはさまざまな仕掛けがちりばめられている。その一つが、それぞれのコーヒーの粉末が入った小さな瓶。ウイスキーのテイスティンググラス用の蓋がかぶせてある。個性の違いを体感するには実際に香るのが一番だと、亮太さんは言う。ポイントは、この蓋のうらをかぐこと。言われてみれば、たしかに全然違う。フルーツっぽい爽やかなものもあれば、ビスケットのような香ばしいものもある。「素人には違いなんてわかるわけない」と思い込んでいたけれど、わかると結構面白い。コーヒーをワイングラスで提供しているのも、香りを大事にしているからこそ。香りは液体の入っていない部分にたっぷりとたまるので、適した形状のワイングラスで飲むことで、嗅覚でも味覚でもコーヒーのおいしさを最大限に味わうことができるのだ。とにかくコーヒーにまつわる知識が豊富で、パッション溢れる亮太さん。しかし、「昔からコーヒーの香りやカルチャーは大好きだったけれど、飲むのは苦手だった」という。当時飲んだコーヒーをおいしいと思えず、「学びたい」という気持ちに蓋をして紅茶の研究に励んだ学生時代。神保町の出版社に就職し、まちの喫茶店でコーヒーの香りを楽しみつつも、注文するのはホットミルクだった新入社員時代。その後、たまたま立ち寄った老舗のコーヒー豆専門店「Daphne(ダフニ)」で飲んだ一杯のスペシャルティコーヒーの飲みやすさに衝撃を受け、これまでの時間を取り戻すかのように亮太さんはコーヒーにのめり込んでいく。「コーヒーの魅力をより多くの人に知ってほしい」「知識があれば、もっともっと楽しめるのに……!」魅力を知れば知るほど、その思いを強くした亮太さんは、コーヒーチェーンを運営する大手企業に転職。デザイナーとして働きながら、コーヒー豆の生産に携わるさまざまな人と繋がり、多くのことを学んだ。それらをアウトプットする場を求め、次の大手広告ビジュアル制作会社では、コーヒークリエイターとして6年間活動。そうした経験を経て、コロナ禍の2021年に亮太さんは妻・麻子さんとともにこのVIVA COFFEEを立ち上げる。高島平出身の亮太さんが、地元にほど近い西台を選んだのは、この通りの雰囲気が好きだったから。そして、良くも悪くも人通りが穏やかだったのも大きい。「好きではない言い方ですが、人を“さばく”形になるのは嫌だったんです。夫婦ふたりでやれる範囲で、丁寧に説明をしながら、その人に合ったおいしいコーヒーを知ってもらいたい。そう考えると、ある程度のどかな場所がよかったんですよね」▲床も剥がされ配管もないスケルトン状態から理想のレイアウトにしたお店のデザインは、もともと知人だった長野県諏訪市の「ReBuilding Center JAPAN」のチームによるもの。▲ 学生時代からレコード集めが趣味だったという亮太さん。お店を始める際、焙煎機よりも先にスピーカーを導入したらしい。その時の気分やお客さんとの会話に合わせて曲をセレクト。遊び心溢れる店内には、気になるものがたくさん。インテリア、ポットなどのコーヒーの器具、うつわ、カトラリーに至るまで、すべてにストーリーが詰まっていて、それを中川夫妻が一つひとつ丁寧に説明してくれる。麻子さんは言う。「このお店は、私たちだけでは絶対にできていないんです」と。▲ じつは、妻・麻子さんは日本茶インストラクター。当時、まだコーヒーが飲めなかった亮太さんと写真教室で出会ったそう。「人生、どこでどうなるかわからないですね」とにっこり。ふたりが信頼するさまざまなプロたちの力が結集して、今のVIVA COFFEEが形づくられている。クリエイターと彼らのアウトプットに対して、大きなリスペクトと愛があるのがとても伝わってくる。▲古材のタイルのグラデーションは、コーヒー豆の生豆~極深煎りまでの色合いを表している。▲よく見ると、ネジまでコーヒー豆……! 施工をお願いした山梨の元宮大工さんが思いを汲み、アンティークの木ネジを海外から取り寄せて使ってくれたのだとか。店内で食べられるスペシャルなフードメニューも、知人のクリエイターとのコラボレーションから生まれたものばかり。“VIVA”のロゴが焼き印で押されたこちらは、「冷やしどら焼き」。どら焼きを注文が入ってからリベイクすることで、外の皮はカリッと温かく、中はシャリッとしたひんやりあんことジャムを楽しめる、新感覚のどら焼きだ。千駄木にある和菓子と日本酒のお店「和菓子 薫風」のつくださちこさんと一緒に開発したものなんだとか。「彼女はもともと製薬会社で分析の仕事をしていた調合のプロ。どら焼きを、コーヒーに合う形でおいしく食べるにはどうしたらいいのかを一緒に研究して導き出したのが、この『冷やしどら焼き』なんです」ジャムは3種類から選べる。この日出していただいたタロッコオレンジのどら焼きはきゅんと爽やかで、「おやつブレンドと合わせると口の中で花火が上がる」という亮太さんの言葉通り、文句なしの相性だった。こちらの「珈琲ねちょプリ」は、亮太さんが以前お手伝いをしていたフードコーディネーター・こてらみやさんのレシピをもとに、このお店らしくアレンジしたもの。名前の通り、ねっちょりとした絶妙な食感がたまらない自家製プリンである。ちなみに、試作中には某有名ホテルでパティシエをしているお客さんがアドバイスをくれたらしい。エスプレッソとラムの入ったカラメルをひたひたにかけ、最後にコーヒーの粉末をのせて仕上げる。まさに、VIVA COFFEEならではの“コーヒーを楽しみ尽くす”プリンだ。▲「珈琲ねちょプリ」のためにオリジナルでつくってもらった「ビバスプーン」は、長野県松本市の木工作家・大久保公太郎さんの手仕事プリンそのものはもちろんのこと、このカラメルがクセになる味わいで、これをつまみに飲むコーヒーがまたたまらない。コーヒーの粉末はアクセントになりつつも、意外と口の中できれいにまとまってくれる。「いい意味で“変態的”なプロと一緒に仕事するのは、本当にわくわくするんですよね」と、楽しそうに笑う亮太さん。ほかにも、地元の染色作家さんとコーヒーのカスで染めたネル素材の手ぬぐいをつくったり、お店を休みにして、陶芸作家さんの住むまちの陶器市でコーヒーを淹れたり……。きっかけは何だっていい。コーヒーに興味を持つ人がひとりでも増えるなら、何でもトライしてみる。その徹底した姿勢とひたむきな情熱が、たくさんの人を惹きつけ、関わりたいと思わせるひとつの理由なんだろうな、と思う。「もともとコーヒーが好きな方、何を買ったらいいかまったくわからない方、どんな方でも大歓迎です。ここに来れば、コーヒーの困りごとはもちろん、おいしいお店や楽しいものが知れる、地域のちょっと頼れる面白いお店でありたいですね」VIVA COFFEEには、コーヒーのいい香りとともに、ウキウキと楽しげな空気が流れている。実際に目で見て、香って、味わう体験を通して、今までのコーヒーにまつわる固定概念が軽やかに解けていくのを感じた。たとえば、挽きたての豆の香りには、びっくりするくらい個性があること。自分が苦手だと思っていた“酸味”と、本物のそれは違うこと。雑味のないおいしいコーヒーは、時間が経ってもすっきりと飲みやすいこと。ちゃんと知らないだけで、体験したことがないだけで、勝手に思い込んでしまっていることって、結構多い。さまざまな角度から、好奇心のとびらを軽快に、でも押し付けがましくなくノックしてくれるこのお店のことが、私はすっかり好きになってしまった。次に訪れたとき、さくっとお豆を買うつもりが、おしゃべりからデザートまでしっかり楽しんでしまう自分の姿が、今からもう目に見えている。