この歴史を感じる店構えに、可愛らしいふたりの顔を見て、ピンと来た方もいるかもしれない。某テレビ番組にて、「赤字続きのだんご屋さん」としてさまざまな新商品にチャレンジし、黒字化を目指してきたあの和菓子屋さんが、今回の取材の舞台。ハッピーロード大山商店街にある「伊勢屋餅菓子店」だ。「たまに、『本当にあったんだ!』って驚く人もいますよ。なかには、番組が用意したセットだと思っている人もいるみたい」そう話すのは、3代目店主の菊入哲夫さん。さすがにセットとは思わなかったが、番組を見たことのある一視聴者として、そのまんまの光景がこの大山に存在しているのは、たしかにちょっと不思議な感じがする。おだんごや大福、餅、おはぎなどの和菓子を中心に販売する伊勢屋。昔ながらの製法でつくる餅菓子がお店の自慢だ。「作業しながらでごめんね」と言う哲夫さんの頭の上では、巨大な機械がぐるぐると回転し、石臼の中にある餅をどん!どん!とついていく。それに合わせて、哲夫さんが素早く裏返したり、水を加えたりといったいわゆる“手返し”を行う。機械を使ってはいるものの、かなり原始的。こうしてしっかりとついたお餅は、コシが強くてもちもちになるらしい。おだんごも今どき珍しく、一個一個手で丸めて焼いているそうだ。伊勢屋のおだんごは、一個一個がぷりんと大きくて嬉しい。なかでもやっぱり人気なのは、みたらしだんごだという。すると、「よかったらどうぞ」と、パートの高原さん。取材班に1本ずつ、今まさにつくりたてのみたらしだんごを手渡してくれた。焼きたて&タレつけたてのおだんごを味わうという贅沢。思わず「うんま……!」という声がそれぞれから漏れた。まず、思った以上におだんごが柔らかくて驚く。ほわほわ、ほにゃほにゃ。表面の香ばしい焼き目がほんのりカリッとする感じがまたおいしい。個人的に、かなり理想的なみたらしだんごだ。「お店によってみたらしの甘さは違うけれど、うちは甘すぎずしょっぱすぎず、ちょうど間くらいかな。500ccの醤油に対して、砂糖1.25kgの配合でやっています」昭和31年創業。江戸川区の平井で和菓子屋さんを営む叔父さんのもとで働いていた哲夫さんのお父さんが、独立して大山で始めたのがこの伊勢屋だった。一族はもともと、新潟の出身らしい。哲夫さんは3人兄弟の末っ子。高校卒業と同時に、お店で働き始めた。長男が2代目としてお店を継ぎ、次男と哲夫さんは埼玉で自分たちのお店を構えたそうだが、なかなか上手くいかずに閉店。その後、10年間は宅配ドライバーをやっていたという。「40超えてね、老眼が入ってきたら仕事がキツくなっちゃって。これは何かトラブルが起こる前に辞めた方がいいなと思って、親父に『店に戻ってもいいか』って相談したんですよね」そうしてふたたび、父と兄と一緒に伊勢屋で働き始めた哲夫さん。当時はまだ行事や家族のイベントなどでの和菓子の需要も多く、3〜4人いても回しきれないほど忙しかったのだそう。その後、お父さんが亡くなり、お兄さんが夢だった農業を茨城で始めることになってから、哲夫さんが3代目として継ぐことに。今二人三脚状態でともに働く高原さんが、伊勢屋に来てくれたのもその頃からだという。例のテレビ番組を見たことのある方にはおなじみかもしれないが、ちょっと抜けている哲夫さんに対し、不満をこぼしつつも、いつもてきぱきとした働きっぷりで大活躍している。そんな高原さんと哲夫さんは、それぞれの子どもが同じ学校に通うママとパパの関係であり、カラオケ仲間でもあったらしい。自身も手芸店を営んでいて、最初は午前中だけのお手伝いだったが、気づけばフルタイムに。哲夫さんのお母さんが亡くなってからは、ほぼ2人でお店を運営してきた。伊勢屋で働くようになって、トータルでもう10年になるという。「高原さんは、なんでも上手なんだよ。僕はもうつくるだけで終わっちゃうけど、高原さんは接客もうまいし、細々したこともしっかりやってくれるから」調理師免許を持っていて、若い頃は某有名な結婚式場で働いていたこともあるという高原さん。餅菓子以外は、ほとんど高原さんが担っているらしい。たとえば、おにぎりもその一つ。昭和40年代にスタートし、当時から共働きの忙しい人たちによく売れたというおにぎりは、今も夏場の売上を支える大事な戦力だ。たらこ、さけ、うめ、茶飯、から揚げ、天むす……。ショーケースの半分は、さまざまな種類のおにぎりが占めている。おうちで出てきそうな、素朴で可愛らしいビジュアル。小ぶりかつお手頃な価格なので、いろいろな種類を買いたくなる。おいなりさんもいい。唐揚げも、隠れた人気メニュー。にんにくが効いていて、ご飯はもちろん、お酒のつまみとしてもかなり合いそうなおいしさだ。しかも、1パック200円というお手軽さがありがたい……! 取材中も、おだんごと一緒に唐揚げを2パック買っていくお客さんがいた。おやつもしくは、夜のおかずの一品になるのだろうか。この日はなかったが、テレビで放送されると番組の企画でつくった新商品もまた並ぶようになる。今までにやってきたのは、かき氷やチョコバナナ、クレープ、ハンバーガー、タコスなどなど。およそ和菓子屋さんに並ぶとは思えないメニューだが、哲夫さんと高原さんは果敢に挑戦してきた。「ものすごく忙しくなるから、高原さんには嫌がられるけどね」と笑う哲夫さん。「テレビに出始めて、もう5~6年になりますね。少しでもいろいろな人に知ってもらう機会になればいいかなと思って始めたんだけど」老舗の和菓子屋さんがこうした挑戦を、しかも一回限りでなく定期的に続けているというのは、なかなかすごいことだなと思う。その理由を聞くと、哲夫さんはこう答えた。「だってさ、毎日同じだと面白くないじゃない」と。「たまに全然違うものをつくると、楽しみながら仕事ができるんだよね。それに、やってみればなんとかできちゃうもんだと思ってるから」番組をきっかけに、北海道から沖縄まで全国からファンが訪れるようになったという伊勢屋。やったことがないことにも「えいや!」と挑戦することで生まれた、思いもよらない出会いがたくさんある。それを身をもって知ったからこそ、やんや言いつつもふたりで力を合わせて頑張るのだ。「仕事中、ふたりで何を話すんですか?」と尋ねると、「くだらないことだよね」と高原さん。すると、「くだらないこと、言い合って〜♪」と哲夫さんがおどけた調子で歌い出した。半崎美子さんが歌う「サクラ〜卒業できなかった君へ〜」という曲らしい。それを見て、高原さんがちょっとあきれたように笑う。テレビで見るのと変わらない、気取らないふたりの関係性が、すごくいいなあと思う。じつは伊勢屋、残念ながら再開発によって2026年いっぱいで閉店が決まっている。「せっかく全国からお客さんが来てくれるようになったんだけどね」と哲夫さんは寂しそうに話す。でも、最後までやることは変わらない。この店が好きで、足を運んでくれるお客さんのために、伊勢屋の味を提供しつづける。時にみんなをあっと言わせるような、型破りで面白い挑戦をしながら。