「お花も、人と話すのも、何かを作ることも大好きなので、今となれば天職じゃん!って思えています。毎日楽しいですね」そう弾けるように話すのは、「フラワーショップ青い空」の方伊儀薫(かたいぎ・かおる)さん。その笑顔は、まるであざやかな花のようで、薫さんの人生に花屋という仕事が深く根を下ろしていることが伝わってくる。だから、かつてはこの場所が「縁もゆかりもない土地」で、花屋も「まったくの未経験」だったと聞いて、びっくりしてしまった。薫さんがこの場所で花に携わることになった経緯は、夫・晴康さんのご実家が花屋だったから——という直線的なものではなく、少し弧を描くようななりゆきからだったという。4人兄弟の三男である晴康さん。家業の花屋は長男と四男が継いでいたため、晴康さんは次男、そして薫さんとともに飲食店を経営していた。学校給食をコンセプトにしたそのお店は、テレビにも取り上げられるなど繁盛していたそう。そんな、花の世界とはかけ離れた場所にいたご夫婦に転機が訪れたのは、知人の営む花屋が閉店を決めたときのこと。後継者を探していたそのお店は、すでに花屋の跡取りとして働く長男に相談を持ちかけた。しかし、実家から距離が離れていたためお兄さんが直接引き継ぐのは難しく、代わりに白羽の矢が立ったのが、晴康さん・薫さん夫妻だったのである。もともと華道には心得があった薫さんだが、花屋という生業はそれとはまったくの別物で、扱う花の種類も求められる技術もちがう。おまけにお店には、切り花だけでなく鉢に植えられた観葉植物も多く並ぶので、新しく身に付けるべき知識は山のようにあったことだろう。「基礎は義兄のお店で学びましたが、かなり急にオープンすることになったので、もう無我夢中で(笑)。とにかく頑張るしかない……!という感じでしたね」そんな目まぐるしい日々のなか、ひたむきに積み重ねてきた学びは実を結び、今では薫さんの仕立てる花束やアレンジメントに、多くの人が信頼を寄せている。「はっきりと花束のイメージが湧いていなくても大丈夫です。届けたい気持ちを精一杯お花に込めてお作りするので、気軽に相談してください!」オーダーを受ける際には、細やかなヒアリングを欠かさないという。贈り相手のひととなりや好みの色あい、サイズ、飾る場所にいたるまで、お客さんの言葉にじっくりと耳を傾けるのだ。要望を反映させながらも、細部には薫さん自身の「かわいい」という確かなときめきを込める。「自分で自画自賛できるくらいの出来じゃないと、お客さんにも気に入ってもらえないと思うんです」と語るように、納得いくまで妥協なく仕立てられた一束だからこそ、依頼する側も安心して想いを託すことができるのかもしれない。自宅に飾るため、仏さまに供えるため、あるいは大切な誰かへ想いを届けるため……。青い空には、幅広い世代の方々がそれぞれの背景を携えてやってくる。なかでも、昨年プロポーズ用にバラの花束を注文してくれた男性が心に残っていると話してくれた。「人生のなかでもとても大切な日に私のお店を選んでくれたからには、絶対に間違っちゃいけないし、遅れてもいけないとすごく神経を使いましたね。市場で『一番いいのをください!』ってお願いして。丁寧にラッピングすることはもちろん、配送の段取りも入念に確認しました。とにかく最高の花束を届けてあげたいという一心で」発送を終え、祈るような気持ちで過ごしていると一週間後、その男性が女性を伴ってお店に現れた。満面の笑みで薫さんに向けられた女性の左手、その薬指には、きらんと光る指輪が……!男性はその後、引越ししてからも「今日は妻の誕生日なので、どうしてもまたこちらにお願いしたくて」と、わざわざ遠方から足を運んでくれたそう。お客さんの人生に寄り添い、届けたあとのことまで思いやる。その真摯さこそが、「大事な日のお花は青い空さんにお願いしたい」と多くの人が通う理由だろう。青い空の魅力は、アレンジメント以外にもたくさんある。お店の前でひときわ存在感を放っているのは、「サービス花束 300円」というPOPの文字と、ずらっと並んだかわいらしいサイズの花束たち。その日に入荷したフレッシュな花がぎゅっと束ねられたこちらは、創業当初からずっと変わらない人気商品だという。ありとあらゆるものが値上がりしている現在も、価格を上げないでいる背景には、「花を生活の一部にしてほしい」というお店の願いが込められている。「以前息子の友達が、『お母さんに迷惑かけてるから』ってユリの花束を買っていってくれたことがあったんです。それだけでも十分うれしいんですが、そのあとお家で『この香りいいね』と親子で話してくれたと聞いて、私が守っていきたいのはこういう幸せだなって」花をきっかけにささやかな会話が生まれる。美しさに心が解きほぐされ、香りに癒される。そんな花がもたらす小さな幸せは、価格というハードルが高くなれば簡単に遠ざかってしまう。だれもが気軽に花を飾れる日常を願うからこそ、青い空ではこのリーズナブルな価格を守り続けているのだ。手頃な価格を維持しつつも、品質にも決して妥協しないのがこのお店のすごいところ。晴康さんが主に担当しているという、仕入れのこだわりについても教えていただいた。「時期に合わせて最適な産地、生産者さんから仕入れるようにしています。同じお花でも、場所や育て方によって持ちの良さが全然違うんですよ」日持ちの良さをとことん追求するのは、花の命の短さを誰よりも知っているから。「お花って、やっぱりとっても儚いものだと思うんです。だから、せっかく購入してくださった方には、なるべく長く楽しんでほしいという気持ちが強いですね」店頭では、長持ちする方法や、適切な置き場所などを伝えるようにしているという。花を慈しむ心はそうやって、ご夫婦からお客さんへと日々手渡されている。青い空には、花や薫さんと同じくらい地域の人々を惹きつけてやまない“営業部長”がいる。それが、柴犬の看板犬「ふーちゃん」だ。生後2ヶ月のころから毎日薫さんと一緒に出勤しているという。最近は少し気難しいお年ごろのようで、奥のスペースで丸くなっていることがほとんどだが、通りがかるたくさんの人が「ふーちゃんいる?」と覗き込んでいく。お店に入ってすぐの場所にある水槽も、子どもたちに人気のスポット。幼稚園帰りにお魚を見に寄ってくれる子も多いという。「ふーちゃんバイバイ!」「お魚さんだ!」と小さな手を振ってはしゃぐ子どもたち。薫さんはこの場所から、彼らが少しずつ、そして確実に大きくなっていく姿を見守ってきた。「近所の子たちには、もしなにかあったらいつでもここに来ていいからねって言っているんです。町の『見守り役』みたいになれたらいいなと」じつは創業当初、保育園に空きがなく、娘さんを預けられなかったという薫さん。オープンしてしばらくは、幼い娘をおんぶしながら店頭に立つ日々だった。「育児と仕事の両立は思い返してもすごく大変だったけど、ご近所のみなさんがいつもやさしく声をかけてくださって……本当に助けられました」右も左もわからない場所で、子育てをしながら未経験の仕事を始める。その道のりは、きっと私の想像以上に険しくて心細いものだっただろう。けれど、創業期に受け取ったぬくもりは、そのまま薫さんのお店づくりの芯になった。「来てくださった方には、少しでもいい気分を持ち帰っていただきたくて。だから、接客にはすごく心を込めています」「話に花を咲かせる」という言葉はこのお店の接客から生まれたのではないかと思うほど、薫さんとおしゃべりをするだけで周囲の空気はぱっと華やぐ。そんな明るさに引き寄せられるように、「落ち込んだから会いにきた」「花を買う予定はなくても、話がしたくてしょっちゅう来ちゃうんだよね」と、会話そのものをめあてに訪れる方も。ご近所の方々に支えられながら始まった花屋は、ときを経て、町の人々の心をそっとすくい上げる場所になっている。だれもがふらりと立ち寄れるこのお店のオープンな空気は、手頃な価格に加えて、薫さんの飾らない人柄がかたちづくっているのだと感じた。「お花屋さんを始めるころ、赤ちゃんだった娘を抱っこしてよく一緒に空を見てたんですよ。そのぱあっと広がるようなイメージがいいなと思って」薫さんが愛おしそうに語る、“青い空”という店名の由来。お客さんの心を晴らし、町をそっと見守り続けるこのお店は、かつて2人が見上げていたであろう青空そのもののようだ。特別な日をもっと特別に、なんでもない日を“なんかいい日”にしてくれる、そんな花のパワーを信じて、「フラワーショップ青い空」は今日もたくさんの人に花を届ける。