北海道には魅力的な食べ物があまりに多すぎるけれど、そのなかでも「旅行で訪れたら食べるべき北海道グルメ」トップ5にはだいたいランクインするであろう、ジンギスカン。焼肉なのに、低脂質かつ高タンパクでヘルシー。おいしくて楽しい、北海道のソウルフードの代表格である。「昔は学校の運動会後のグラウンドで、各家庭から持ち寄った鍋でジンギスカンをやったんです。今では信じられないですけど」グラウンドでジンギスカン......? そんな最高な時代があったとは。笑ってそう話す“えりかママ”こと山口絵梨佳さんは、北海道出身のどさんこ。自分のルーツでもあり、大好きなジンギスカンを扱うお店「つなぐ。」をときわ台にオープンした。ちなみに、絵梨佳さんが久々に実家に帰省したときは、週に2回の頻度でジンギスカンだったらしい。(さすが北海道......)以前は、北海道の飲食店で働きながら暮らしていたという絵梨佳さん。都内で新たにチャレンジをしてみたいと、今から17年ほど前に家族で東京に引っ越してきた。和食や創作料理、韓国料理などさまざま経験するなかで、「いつか自分の店を持ちたい」と思い、子育てがひと段落したタイミングで実現に向けて本格的に考えるように。そのなかでたまたまときわ台の物件と出会い、ジンギスカン屋をオープンする決意をしたのだった。「料理をするのも、お客様と接することもすごく好きだったから、自分の店を持ちたいと思うのは自然な流れだったのかもしれません。小さい頃から慣れ親しんできたジンギスカンが都内の方にとってはあまりなじみがないことを知り、せっかく自分でお店をやるなら、北海道のあたたかい食文化を東京の皆さんにも感じてほしいと思ったんです」それまで板橋にはまったく縁がなかったという絵梨佳さん。とりあえずときわ台の雰囲気を知ろうと、あちこちご近所のお店に足を運んだそう。そこで人のあたたかさを感じたことも、このまちでの挑戦を後押しした。「最初は不安だらけでした。今までずっと雇われの身でしたし、何もわからないところからのスタートでしたから。『何かあったらいつでも頼って』と言ってくれる地域の人たちには助けられましたね」そして一番大きかったのは、娘・百楓(もか)さんの存在。率先してお店を手伝ってくれたおかげで、親子2人でどうにかオープンまでこぎつけた。スタッフの募集はせず、百楓さんやその友人たちがアルバイトとしてお店を支えてくれた。▲ ジンギスカンの「スタートセット」2人前絵梨佳さんが目指したのは、とにかく気軽に入りやすいジンギスカン屋。品質にはこだわりつつも、なるべく手頃な価格での提供を心がけている。「まずはお店の雰囲気や、ジンギスカンのおいしさを知っていただきたいと思って。おひとり様でもカップルでもご家族連れでも、幅広い方に来てもらえるように価格は意識しています。このご時世、正直大変ではありますが、『また来たい』と思っていただけるのが一番だなと」お肉も野菜も、できるだけ北海道から仕入れているそう。地元の農家さん(昔の同級生など)やお肉屋さんとのつながりがあり、おいしい食材が安く手に入るのは、絵梨佳さんならではの強みである。人数分注文必須の「スタートセット」は、ラム2部位と野菜の盛り合わせがついて、1人前980円。写真は2人前だが、スタートセットだけでも満足感のあるボリュームだ。ちなみに、このセットをひとりで5人前頼むお客さんもいるらしい。▲ カウンター席があるので、「ひとりジンギスカン」も挑戦しやすい最初は、焼き方や食べ方の説明も兼ねてスタッフさんが席で焼いてくれる。用意したお肉や野菜を運んで終わりではなく、ひと組ずつ丁寧に接客することを、絵梨佳さんは大切にしてきた。つなぐ。のお肉は、羊肉特有のクセが少なく、ジンギスカン初心者でも食べやすい。そして、野菜と柑橘系の果物をバランスよく配合したという自家製のタレがまたおいしい! フルーティでさっぱりとした味わい、でもちゃんとコクがある。「羊肉の旨みを最大限に引き出せるように試行錯誤を重ねました。『お肉とタレが一体となって、初めておいしいジンギスカンになる』という考えのもと、丁寧に仕込んでいます」定番の「ラムロース」以外にも、「ラムランプ」や「ラムチョップ」など、さまざまな部位のお肉が取り揃えられている。塩麹で引き出したラムの旨みを存分に感じられる「塩こうじ熟成ラムステーキ」も、看板メニューのひとつ。分厚いお肉をミディアムレアで焼いてから、ハサミでカットしていただく。タレなしでこの味わい深さ......! 素晴らしいの一言に尽きる。ほかのお店ではあまり見かけない希少部位のラムタン、ラムハツなども。それぞれの食感や風味の違いを楽しめる。それぞれにおいしい焼き方、食べ頃があるので、スタッフさんに教わろう。▲ 「ちょっと生々しいですが......」と言いながら絵梨佳さんがちらっと見せてくれたのは、カット前のラムタン。一頭からとれる量はこれだけ。牛に比べるとたしかにかなり希少!お肉を焼くのに満足してきたら、サイドメニューを挟むのもおすすめ。つなぐ。にはおつまみ系も充実している。絵梨佳さんが用意してくれたのは、こちらの2品。とろとろホロホロな「ラムすじ煮込み」。牛すじも、豚すじも間違いなくおいしいのだけど、ラムすじは羊ならではの濃い旨味やコクを感じられて、また違ったおいしさがある。煮卵が添えられているのもうれしい。個人的にかなり理想的な半熟具合だ。これもつなぐ。の名物メニュー「山わさび冷奴」。山わさびとは、北海道でとれる雪のように白いわさびのこと。すりおろした山わさびがたっぷりとのったこの冷奴は、わさびらしく鼻の奥がツーンとはするものの、スカッと爽やかな辛がクセになる。口の中をさっぱりさせてくれるので、ジンギスカンの合間もしくは締めに食べるのがおすすめ。がむしゃらに駆け抜けてきた2年半。最初は勝手がわからず、休みなく働き続けた。「1年目はあまり記憶がないです」と絵梨佳さんは言う。「お客さまに言われたんです。『休みをつくりなさい』って。身体を壊したら自分たちが行けるお店がなくなって困るから、ちゃんと労わってと。それから定休日を設けて、少しずつオンとオフの切り替えができるようになりました」当時は「きつい」という感覚すらなかったという絵梨佳さん。お客さんの助言がなければ、つぶれてしまっていたかもしれない。一方で、そこまで言ってくれるファンができたのもきっと、絵梨佳さんの努力の結果なのだろう。その言葉があったから、絵梨佳さんは今も元気にお店に立っている。1年目、2年目と、年々上回る楽しさや喜びを感じながら。一緒に頑張ってきた娘の百楓さんは、今は看護師を目指して勉強中。お店に入るのは月に数回程度だが、そのぶん百楓さんの友人や、「ここで働きたい」というお客さんの息子さん・娘さんがスタッフとして活躍している。スタッフ募集は、今もまだかけたことがないという。働き手が絶えないのは、いいお店という証拠だ。ほとんどが大学生や専門学生と、とてもフレッシュなメンバー。「本当にいい子たちばかりで」とやさしい表情で話す絵梨佳さんは、まるでみんなのお母さんのよう。こういうアットホームさが、幅広い世代にとって心地良い空間につながっているのかもしれない。「ふらっと気軽に来られるジンギスカン屋は、これからも目標に掲げていきたいですね。たとえば、お客さまが仕事で疲れたり嫌なことがあったりしたときに、ここに来たらちょっと元気になれるような、そんなお店でありたいなと思います」