外国人のお客さんに呼ばれ、店主の小山晋さんは流暢な英語で会話をする。追加でテイクアウトの注文が入ったようだ。ランチで食べた料理が気に入ったのだろうか。その後も次々とひとり客がやってきて、ランチやデザートをマイペースにのんびりと楽しんでいく。ぼーっとリラックスする人、本を読む人、ノートにペンを走らせる人、各々好きに過ごしている感じが心地良い。かと思えば、日によっては地域の人たちが集まるイベントが行われたり、料理教室やワークショップが開かれたり......という、にぎやかな顔も持っているらしい。時には、ドラマやCMなどの撮影地として貸し出すことも。ときわ台にある「cafe arica(アリカ)」。居酒屋がひしめき合うこのエリアの中ではちょっと異質な、おしゃれな雰囲気のこのお店には、多様な人を巻き込む仕掛けがたくさんある。店主の小山さんは、ときわ台で生まれ育った。小さい頃からよく旅行に連れていってもらったこともあってか、自然と異文化に惹かれた。「海外に行きたい」という思いが募り、学生時代にはアメリカンレストランのバイトでお金を貯めてアメリカ・バークレーへ留学。「飲食店は自分に合っている」と感じていた小山さんはその後、キッチンカーを経て、世田谷区・駒沢でイタリアンレストランを始める。シェフを雇い、自分はサービスマンとして働きながら経営を担った。11年ほど経った頃、お母さんが病気で体調を崩したのをきっかけに店を閉じ、実家のある板橋に戻ってきた。それから小山さんはなんと、オンライン制の大学に通い始める。「ビジネスをもう一度学び直すために、経営の学校に入りました。経営者としての答え合わせをしたいと思ったのが、一番大きかったですね」じつは、アリカは小山さんが大学の卒業制作としてつくった店。「卒業には、ビジネスプランをつくるか論文を書く必要があったんですが、プランをつくって終わりではつまらないなと。そのまま経営していく想定で、店をつくることにしたんです」大学で学び直すなかで、ただ飲食店を経営したいわけではないと気づいた小山さん。人を巻き込み、地域に新しい価値を生み出すにはどうすればいいかーー。今までになかった視点から考え、アリカの構想を固めていった。物件は、もともと家族の持ち物だったもの。以前は貸していたこともあったが、この頃には空いた状態だったという。まっさらの状態からのスタート。そこで小山さんは、「カフェをつくります」と書いた黒板を表に出し、大学の仲間を巻き込んで一緒に作業を進めた。職人さんの技術が必要なところ以外は、できるだけ自分たちの手で。進捗はその都度SNSでも発信した。そうすることで、通りかかる地域の人たちが応援し、オープンを楽しみにしてくれるようになった。オープンは、2017年3月。最初はコーヒーなどのドリンクやデザートから始め、少しずつメニューを増やしていった。お茶はもちろん、ご飯やお酒も楽しめる、カフェとレストランのあいだのようなお店だ。営業時間は13時〜21時。居酒屋の多いエリアだからこそ、あえて時間をずらした。「駒沢のレストラン時代に働いていたシェフが、ボローニャ料理を得意とする人でした。すると、たまたまボローニャ市と板橋区が友好都市であることを知って、これはちょうどいいなと。それで、今はボローニャ料理を中心にしています」小山さん自身がお店で料理を提供するのは、アリカが初めてのこと。以前、一緒に働いていたシェフの仕事ぶりから学んだという。リサーチで食べ歩くことも日課だ。アリカで提供しているメイン料理のひとつ、「ボロネーゼソースのタリアテッレ」は、ボローニャ風ミートソースのパスタ。ボローニャでは定番の郷土料理なんだとか。ボローニャ発祥のコシのある平打ち麺に、お肉の旨みが詰まった濃厚なボロネーゼソースとふわふわのチーズがたっぷりのっている。平打ち麺のタリアテッレは、想像以上にしっかりとした食べ応え。でも、のどごしはつるりとしていて、重たさを感じない。美しいビジュアルに「崩すのがもったいないな......」と思いつつも、がっつりソースやチーズと麺を絡めて食べるのがおすすめ。家でつくるお手軽ミートソーススパゲッティではどうにも出せないこの奥深さ。おしゃれだけどどこか懐かしくてほっとする味わい。訪れたことのないボローニャの古い街並みが頭に浮かぶ気がした。取材中たびたび注文が入っていて、たまらずにお願いした「ティラミス」は、濃厚なのにさっぱりとした甘さ。苦みもちゃんと感じられる、大人のデザートだ。個人的に「甘い物は別腹」は信じない派だけれど、しっかりパスタを食べたあとなのに気づいたら完食していた。そういえば、ティラミスはイタリア語で“Tiramisù”、「私を元気づけて/励まして」の意味があるという話は何かで聞いたことがあるけれど、たしかに頑張って疲れた日のご褒美感が強いデザートだなとあらためて思う。大人になってから、このおいしさがよりわかるようになった気がする。ほかにも、ボローニャ風薄焼きパンの温かいサンドイッチ「ピアディーナ」や、本格的な「スリランカカレー」が人気。......スリランカ?と一瞬思うが、野菜とハーブとスパイスでつくるヘルシーなカレーで、小山さんがスリランカ人の友人から教わったメニューなんだとか。ヴィーガンの方でも食べられるし、珍しいカレーとあって全国からマニアがやってくる。ボローニャ料理を中心にしつつも、「特定のジャンルの専門店にはしたくなかった」という小山さん。イタリアンに限定せず、いろいろな国の料理が入り込む余地をあえて残している。それは、小山さんが外国人支援に積極的に取り組んできたことにもつながってくる。店舗の上で運営するアパートに住んでいる人の半分は外国の方。小中学校の補助教員など、いろいろな職種の人たちが暮らしてきた。この外国人支援も、もともとアリカの構想の中にあったものだ。「アメリカに留学したとき、現地でたくさん助けてもらったので、今度は自分が支援する側になりたいと思ったんです。本音では自分で海外に行きたいけれど、なかなか身動きがとれないので、それなら逆に海外の人に来てもらえばいいんだって」なるほど。たしかに場所をつくってしまえば、人が集まり、交流が生まれる。実際、アリカを始めたことで小山さんはさまざまな国の人たちと知り合ってきたという。日本での困りごとの相談に乗るだけでなく、場をひらき、地域の人たちとの交流の機会をつくるなど、自分にできることで彼らをサポートしてきた。先日は、知人のポーランド人の方がアリカでポーランド料理会を開く、というイベントもあったそう。また、板橋区がやっている「絵本のまち板橋」の取り組みにも携わっている小山さん。海外から絵本作家さんを招いたワークショップの企画も。懇親会までアリカでやって、作家さんは上のアパートに宿泊。パッケージとして完璧だ。いろいろな国の人と出会って、その土地の文化や営みを知り、みんなでシェアして楽しむ。それが、アリカでは日常の延長線上でおこなわれている。小山さんが大事にしているのは、「できるだけ自分が楽しいと思えることをやっていく」ということ。場をひらくのも、地域を盛り上げるのも、海外の方々への支援もただの慈善活動ではない。ぜんぶ、小山さん自身が楽しいと感じるからこそ続けてきたこと。「自分の興味や得意分野と、周りに求められるものが上手くハマって発展してきたという感覚です。この10年の間に海外の人や、ボローニャ、絵本にまつわるいろいろな方々と知り合って、どんどんご縁が広がっているのを感じますね」「人を巻き込む」というテーマでつくられたアリカ。それがお店のブランディングだけでなく、地域の価値向上につながると信じて、小山さんはさまざまな仕掛けをしてきた。そこから実際に多様な人が集い、縁をつないでもうすぐ10周年を迎える。その事実こそが、小山さんがやってきたことの何よりの証明である。ときわ台にこんなナイスな場所があったとは。このまちにわざわざ訪れたくなる理由がまたひとつ増えた。