「This is fresh from the oven now. You are lucky, lucky, lucky, lucky, lucky, lucky!ただいまクロワッサンが焼きたてです。 焼きたてのクロワッサンはいかがですか〜」旧中山道仲宿の交差点に響く、英語まじりの陽気なアナウンス。声の主は、石窯パン工房「ロックフィールド」のオーナー、岩田朋美(いわた・ともよし)さんだ。「パンが焼き上がるたびにお店の前へ出て、呼び込みをするんです。そうしないと、焼きたてだってことがお客さんに伝わらないからね」以前は日本語で呼びかけていたそうだが、英語を取り入れるようになってから客足が格段に増えたという。「難しい言葉は話せないんですが、フレーズだけでも覚えてチャレンジしてみようと思って。『ラッキー』って言い続けていたら、お客さんがたくさん来るようになって、こっちまでラッキーになりました」その朗らかな声と、焼きたての香りに引き寄せられて入った店内には、80種類以上ものパンが並ぶ。両親が営む都内のベーカリーで生まれ育ち、幼いころからパンが大好きだったという岩田さん。しかし、実家のお店は兄が継ぐことになっていたため、すぐにパン屋の道には進まずに、海運会社で5年ほどサラリーマンとして働いていた。その後、会社の倒産をきっかけにパン職人になることを決意。昼間は実家を手伝い、夜は製菓学校へ通う生活を1年ほど過ごした後、この場所にあった叔父のお店を引き継ぐことになった。3人の職人仲間と共に立ち上げた「ロックフィールド」は、1985年(昭和60年)の開業から、40年以上の歴史を重ねている。岩田さんがなによりも大切にしているのは、“焼きたて”を届けるということ。そのため、パンづくりは1日3回に分けて行われ、最後の焼き上がりは19時ごろ。仕事帰りの人にもできるだけおいしいパンを手渡したいという気持ちから、お店は21時までオープンしている。「朝、昼、夜、いつ来てもいろんな種類の商品が並ぶようにしています。せっかく足を運んでくれたお客さんには、『どれにしようかな』と選ぶワクワク感も楽しんでもらいたいからね」取材中も、次々にパンが焼き上がり、店内を彩っていく。夕方には商品が少なくなってしまうお店も多いなか、いつでも焼きたてに出会えるのがロックフィールドの大きな魅力だ。一般的なパン屋では、午前中に当日分を焼き切り、午後からは翌日の仕込みに取りかかることが多い。しかし、このお店は夜まで当日分のパンを焼き続けるため、どうしても閉店後の遅い時間からしか仕込みができないのだという。職人さんたちと分担して行う作業のなかで、岩田さんが主に担っているのは、パンの要となる生地作りだ。デニッシュ、クロワッサン、菓子パン、フランスパン、ロールパンという5種類の生地を22時からひとりで仕込む。そして、深夜2時に成形担当の職人さんとバトンタッチ。一時帰宅して睡眠をとり、お昼には再び店へ戻って成形や接客を行う。タフなスケジュールに、「やめようと思ったことはないんですか?」と思わず尋ねたが、岩田さんは「それはないね」ときっぱり答える。「体力的には精いっぱいだし、店舗数を増やすような余裕も全然ありません。でも、パンはやっぱり焼きたてがいちばんおいしいでしょ。お客さんも喜んでくれるから、この営業スタイルは私にとって譲れないこだわりなんです」決して効率的ではないかもしれない。それでも、「最高の状態でパンを届けたい」というまっすぐな想いを貫く姿勢こそが、この店の客足が40年もの間途絶えない理由なのだと感じた。「岩田さんの作る生地が、本当においしいんです」お店で働くスタッフの方々も口を揃えて太鼓判を押す、ロックフィールドのパン。ほかの職人さんも焼き上がったパンをみて、「おいしそう……」と心の声を漏らすほどだ。数ある種類のなかでも、看板商品として岩田さんが自信を持っているのが「シェル」という名前のパン。フランスパンの生地にバターを折り込み、クロワッサンのように重ねて焼き上げる。開店当初からのロングセラーで、1日3回焼き上げても売り切れてしまうほどの人気ぶり。素朴な見た目だが、ふわっと広がるバターの香りがとても上品。手のひらからはみ出るほどの大きさは、食べ応えも抜群だ。シンプルだからこそ引き立つ甘みと塩気のバランスが絶妙で、毎日でも食べたくなる。そのままいただくのももちろんおいしいが、ハムやチーズをはさんだり、ジャムを合わせたりと、楽しみ方の幅も広い。元ホテルオークラのパン職人から作り方を伝授されたという「レーズンブレッド」も大人気。見た目はどっしりしているが、空気をたっぷり含んだ生地はふわふわもちもち。軽くトーストすることで香ばしい香りが際立ち、また違った食感を堪能できる。たっぷりのレーズンが贅沢に練り込まれていながらも、生地そのもののおいしさをしっかりと味わえる逸品だ。そのほか、定番のフランスパンやクロワッサン、プチプチ食感の楽しい玄米パンにもファンが多い。パン職人としてすっかりベテランの域に達したいまも、岩田さんはさらなるおいしさを求めて探究を続けている。「自分の知識だけで長年続けていると、どうしても考えが固まっちゃうからね。積極的にいろんな人の意見を聞いたり、他のお店へ行って教わったりするようにしています。人の技を盗みながらなんとかやっているんですよ(笑)」常に新しい製法やレシピを試し、小麦の種類や仕込み方も定期的に見直す。3年ほど前に始めたベーグルも、次男が専門店の教室で学んできた技術を取り入れたものだ。変わることを恐れず、しなやかに前へ進んできたのは、お客さんを喜ばせたいという一心から。「つくる作業も楽しいですが、パンを提供したときのうれしそうな顔を見るのがいちばん好きです」と語る岩田さん。厨房の上部には、モニターが設置されており、いつでも店内の様子を確認できるようになっている。「お客さんが来店するタイミングを見計らって、熱々のものを持っていくんです。『焼きたてですよ!』って、直接伝えたくて」まさに窯から取り出したばかりのフレッシュなパン。岩田さんの気配りが生む、自分のために焼き上げてくれたかのような特別感がうれしい。「どうもありがとう! シーユーアゲイン!」岩田さんの明るい声に見送られ、「また来ます!」と店を出る。手渡されたほかほかのパンに詰まっているのは、ひたむきなこだわりとまごころ。これからそのおいしさをじっくり味わえる私は、間違いなく“ラッキー”だ。