「『眼鏡を作るなんてどこでも一緒でしょ?』なんて思っていませんか?実は全く違うんです」八光堂のホームページを覗くと、こんな言葉が並んでいる。“どこでも一緒”だと思っていた人間がここにひとり。なんだなんだ、とつい気になって読み進めてしまう。とてもいい掴みだ。そして言葉はこう続く。「担当するスタッフの技術・知識・経験などによって、お客さまの眼鏡生活は大きく変わります」と。ハッピーロード大山商店街の中にある「八光堂」。みえここち、かけここち、みられここちにこだわり、たしかな専門技術や知識をもって提案をしてくれる、まちの頼れる眼鏡屋さんだ。大山駅周辺の眼鏡専門店としては、一番古い歴史を持つ。お店を訪ねると、先客がいた。眼鏡の修理依頼のようだ。店内を見させてもらっていると、売り物とは別に、ほかにも修理を待つ眼鏡がたくさん置かれていた。「修理、結構多いんですか?」という質問に、「そうですね」と答えるのは店主の糸井保さん。「大きい量販店さんはあっても、修理の技術を持っているスタッフがいない場合もあるから。ほかでできないよって断られちゃった人が、うちに持ってくるんです」昭和33年に始まった八光堂。関東近郊を中心としたメガネ専門店のグループ「トウキョーメガネチェーン」を母体に、先代がここ大山に店を構えた。「先代は八人兄弟の末っ子で、『誠八』という名前でした。そこから文字をとって八光堂と名付けたようです。老舗の眼鏡店の息子で、群馬から東京に出て修行をしたのちに、この店を出したと聞いています」2代目である糸井さんは、先代と血縁関係ではない。別の仕事をしていたときに、独立して眼鏡店を始めようとしていた親友に誘われ、26歳の頃に眼鏡の世界に入った。それまで眼鏡をかけたこともなく、好きでも嫌いでもなかったという糸井さん。眼鏡の学校に通いながら専門店で修行をし、親友と日吉で店を出した。その後、八光堂の先代と知り合い、2代目として引き継ぐことになったのは2003年のこと。まちの眼鏡屋としてプライドを持って仕事をしてきた。小さなお店にしては、フレームの数が多い。地域の人たちのさまざまなニーズに応えられるようにと、1万円前後の低価格帯のものから、海外ブランドの数万円するものまで幅広く取り揃えている。以前は丸みのあるフレームが多かったが、最近は縦幅が広めで角のあるものが増えてきているらしい。いくつか手にとってみると、持っている感覚がほとんどないほど軽いものが多くて驚く。「ちょっとこれかけてみてください」糸井さんにそう言われたのは、普段自分では絶対に選ばないタイプの形。「私、たいていの眼鏡が似合わないんです」と予防線を張りながら恐るおそるかけてみると......え、似合う。なんだかとてもしっくりくる。そんな私を見て、糸井さんは「伊達に長年眼鏡屋さんやっていないので」と小さく笑った。「眼鏡屋さんというのは、基本的に職人ですから」糸井さんがたびたび口にするその言葉、本音を言うとあまりピンときていなかった。それを正直に伝えると、「そうですよね」と言ってあらためて教えてくれた。「今はプラスチックレンズが主流になりましたが、以前はガラスレンズを機械で削って、フレームにはめこむ作業もみんな眼鏡屋さんがやっていたんです」そして「これを見てください」と糸井さんが指したのは、「調整技術料標準価格表」と書かれたポスター。30年以上前に使われていたものらしい。調整技術とは、眼鏡の“おかけぐあい”を調整する技術のこと。表では一番安くて1500円以上とある。「料金表があるということは、つまりおかげぐあい一つ合わせるにも技術が必要ということです。きちんと調整することで眼鏡の見え方、かけ心地が確実に変わってきます。今は量販店さんだとサービス扱いになっていますし、うちでもここまでいただきません。でも、本来であれば眼鏡を扱うにはいろいろな技術がいるものなので、私自身は職人という意識が強いんです」そう言われてみると、たしかに眼鏡屋さんというのは小売業でありながら、ちょっと異質だなと思う。眼鏡は医療器具であり、お客さんの暮らしを劇的に変えるもの。普段なかなか眼鏡を外すことができない人にとっては、ただ見えればいいわけではなく、かけ心地の良さや快適さだって譲れない。眼鏡を売るというのは、洋服や雑貨を売るのとはまた違う技術や責任感が必要な仕事なのだ。「いわゆる『半医半商』と言うんでしょうか。修行先で出会った先輩諸氏からも、眼鏡屋というのは、商売だけど半分は医者のつもりでやらないとダメだよと教わりましたね」ただ本来、眼鏡を販売するのにとくべつな資格は必要ないらしい。そのなかで糸井さんは、お客さんの信頼につながるよう、技術レベルを可視化するべく積極的に学び続けてきた。「SS級認定眼鏡士」、そして2022年に新たに国家資格となった「一級眼鏡製作技能士」も取得している。一級眼鏡製作技能士は、高度な視力測定やレンズ加工、フィッティング技術を持ち、眼科専門医との連携や、他の眼鏡作製者の指導・育成も行えるのだそう。つまり、眼鏡づくりのエキスパートである。だから、八光堂ではレンズの選定、フレーム選び、フィッティング調整、レンズのレイアウトまで親身にサポートをしてくれる。フレームはもちろん、レンズも千差万別。ものによって傷がつきづらい、暗いところでも明るく見える、歪みが非常に少ないなどさまざまな特性があり、使用目的やライフスタイル、予算に合わせて何が最適かを相談できるのは心強い。どんなお店でも、眼鏡を一式つくるのに少なくとも1時間以上。決して短くない時間がかかるからこそ、糸井さんはお客さんの声にしっかりと耳を傾け、真摯に対応をする。その後の快適な生活を見据えた提案をし、売ったあとにも何か困りごとがあれば快く相談にのる。たしかな技術と知識をもって一人ひとりに寄り添ってきたからこそ、この小さなまちの眼鏡屋には客足が途絶えない。ちなみに、八光堂ではコンタクトレンズのや補聴器の販売、そして時計の電池交換も行っている。電気屋さんで売っているような千円くらいのチープ時計も、海外ブランドの数百万の高級時計も、一律540円で電池交換をしてくれる。これが人気で、取材中も3人ほど電池交換の依頼でお客さんがやってきた。お店が忙しくなければ、持ち込んだその場で糸井さんが対応してくれるので、困ったときにふらっと立ち寄りやすい。とてもありがたいサービスだ。糸井さんが作業しているあいだ、お客さんは椅子に座ってのんびり待つ。「これ、愛用のなんですか?」「そうなのよ、好きなのよ」「なかなか華奢ですっきりしていていいですね」「そうそう、2年前くらいに買ったんだけど電池が切れちゃって」そんな他愛もない会話をしながら、あっという間に電池交換が完了。お客さんは「助かりました」とほっとした表情で帰っていった。糸井さんは言う。「お客さまの喜びが自分の喜びなのだ」と。自分に似合う眼鏡に出会ったり、前よりもラクに見えるようになったり、お気に入りの時計がまた動き出したり。その瞬間のお客さんの喜ぶ顔が見たくて、糸井さんは今日もお店を開ける。「私の中では、八光堂の“堂”の字は、道場の“道”。今も修行のような気持ちで、お店を開けるときは『よろしくお願いします』、終わってシャッターを閉めるときは『ありがとうございました』と心の中で唱えています」