大山駅から徒歩3分、遊座大山商店街にある「プリックタイ」。タイ出身のオーナー・ビットさんを中心に、全員タイ人のスタッフさんで構成されたタイレストランだ。「プリック(พริก)」はタイ語でトウガラシ。そのうしろにタイがつくと、「プリックタイ(พริกไทย)」でコショウという意味になるらしい。どちらもタイ料理の辛さの基本となる食材である。お昼時になると、お店の下でお弁当を販売しているので、ご近所さんは見たことがある人もいるかもしれない。おいしそうなガパオライスやグリーンカレーなどがたっぷり入ったお弁当は、ひとつ700円。このご時世にありがたい。創業は2014年。30年ほど前に日本にやってきたオーナーのビットさんが、知人のお店の跡地を借りて始めた。「オーナーがこの場所を見にきたときに、大山はいいまちだなと思ったらしくて。みんなやさしいし、ここでやってみようか、ということで始まったんです」今回お話を聞かせてくれたのは、スタッフのスパーンさん。普段はプリックタイを運営する会社の事務やイベント出店周りを担当しているが、お店が忙しいときには手伝いにくるのだという。「あまり日本語が得意じゃなくて......」と言いつつも、インタビューに答えてくれた。スパーンさんはビットさんの親戚。日本が好きで15年ほど前に日本語を勉強しにやってきた。「日本のどこが好きだったんですか?」と尋ねると、「最初はアイドル」とちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。少し前に解散したばかりの、あの国民的アイドルのファンだったらしい。そのなかでビットさんに「家族で一緒に働こう」と誘われ、今の仕事を始めた。ちなみに、スパーンさんと一緒に出迎えてくれたこの女性は、ノンさん。彼女はビットさんの友人で、ずっと一緒にお店をやってきた家族同然の仲なんだそう。そんなアットホームな雰囲気のプリックタイでは、オーナー兼コックであるビットさんが腕によりをかけた本場のタイ料理を楽しめる。味の要となる材料も、できるだけ現地のものを使っている。「グリーンカレーやレッドカレーのペースト、生麺などはタイから直接送ってもらっています。あとは年に1回か2回、みんながそれぞれタイに帰ったときにまとめてたくさん買ってきたりとか」タイ料理と一口に言っても、地域ごとに食文化や味付けは大きく異なると言われている。たとえば、チェンマイなどの北部周辺は、全体的にやさしい味わいが特徴で、ハーブの香りを活かしたあっさり系の料理が多い。ココナッツミルクベースのカレーラーメン「カオソーイ」などが代表的だ。東北部のイサーン料理は、青パパイヤのサラダ「ソムタム」をはじめ、唐辛子の強い辛味やライムの酸味、ナンプラーや発酵調味料の独特な味わいが特徴。激辛料理やお酒のお供になるような料理が目立つ。そして、私たちにも馴染み深い「カオマンガイ」や「ガパオライス」、「パッタイ」などの王道タイ料理は、中部の味付けがベースになっているらしい。「私たちは、プーケットに近い南部出身なんですが、南部の料理はすごい辛い(笑)。日本人の皆さんはたぶん辛くてびっくりする人も多いと思う」だから、南部の料理のラインナップだけは少なめ。でもリクエストがあれば、辛さや味の濃さのレベルを上げることができる。今回は、スパーンさんおすすめの3品を注文した。まずは、タイの代表的な平打ち米麺(センヤイ)を使った醤油味の炒め麺「パッシーユ」。一言でいえば、タイ風の醤油焼きそばだ。首都バンコクを中心に、タイ全土の屋台や食堂などで広く親しまれている。タイ風焼きそばというとパッタイがメジャーだけど、それと比べるとパッシーユは麺の太さと味付けが違う。タイから生麺で仕入れているというセンヤイは、きしめんのようにひらべったく、もちもちとした食感。味付けも甘じょっぱくて香ばしい醤油味で、なんとなく懐かしい味わいである。辛くないので、お子さんでも食べられそうだ。タイ北部の代表的な料理「カオソーイ」も、プリックタイの人気メニュー。まろやかなココナッツミルクベースのスープ、だけど後からじんわり、しっかりスパイスの辛みがやってくる。やさしい顔をして意外とパンチがあるやつ。これは、クセになる。カオソーイってもっとこってりしたイメージがあったけれど、ここのは濃厚なのにすっきりしていてとても好みだ。スープの中には卵麺がたっぷり。上にのっているのは同じく卵麺を揚げたもの。ぷりぷり、パリパリ。同じ麺なのにまったく異なる食感が楽しい。スパーンさんの一番のお気に入りは「ヤムウンセン」。タイの伝統的な温かい春雨サラダである。ちなみに「ヤム=和える」、「ウンセン=春雨」を意味する。ナンプラーやレモン汁、砂糖、唐辛子などが絶妙に調和した、独特の甘酸っぱさと辛さが特徴。春雨に加え、エビやイカなどの海鮮もたっぷり入っていて、サラダだけど満足感がある。「辛酸っぱいのがおいしい。たとえば、暑かったりして何も食べたくないときも、このヤムウンセンだったら食べられるんですよね」とスパーンさん。たしかに、食欲が落ちているときにもぴったりな爽やかな味わいだ。(パクチーが苦手な場合は抜いてもらえる)▲壁に貼られたポスター(?)は所々手書きだったりと、お手製感が可愛らしい。プリックタイを訪れるお客さんは、近所の会社で働く方々や病院の先生たち、お子さんのいる家族連れなどさまざま。タイやタイの料理が好きなお客さんたちが、過去に旅行をした話などを聞かせてくれるのが嬉しいのだと、スパーンさんは笑顔で話す。「現地で食べた料理より、ここの料理の方がおいしいって言われると、やっぱり嬉しくなっちゃいます」ちなみにプリックタイには日本人だけでなく、板橋で暮らすタイ人のお客さんも多いのだとか。彼らだけに人気のちょっとマニアックなメニューなどもあって、売り切れてしまうこともあるらしい。(気になる......)「大山はとってもやさしいまち」取材中、スパーンさんは何度もそう話してくれた。「みんな親切にしてくれる」、「だからお店もここまで続けられたと思う」と。そして「日本に来て15年経った今も毎日が楽しい」とも。スパーンさんのそのにこにことした笑顔に、何だかこちらまで嬉しくなってしまった。タイは微笑みの国と言われているけれど、このお店で働く皆さんも例外なく笑顔が素敵で、おおらかで、ただ「おいしいご飯を食べた」以上のしあわせをもらえる気がする。ひとりでも、仲間とでも、気楽に過ごせる居心地のいいお店。なんとなく、料理上手な親戚のおばさんちにお邪魔しているような、そんな感覚。これからの“大山ご飯”の有力な候補になりそうだ。