「『天ざる』と『かつ重セット』をお願いします」注文を受け、大きなお釜に投入されるのは、2代目の小川善行さんが機械打ちする生のそば。毎日朝早くからこぢんまりとした厨房で丁寧に仕込んでいる。昭和35年創業。家族で経営する「上(かみ)むら」では、昔のそば屋の厨房のように、それぞれ役割を分担している。茹で釜の前で麺の調理を仕切るのが、「釜前(かままえ)」。厨房全体の司令塔的な役割も担う。善行さんは、父からその技術を受け継いで40年になる。ぐらぐらと沸き立つお湯でそばを茹でている間に、手際よく天ぷらを揚げていく。そして茹で上がった蕎麦を素早くザルに上げ、今度は冷たい水できゅっと締める。この工程がそばにコシを生むのだ。それと並行して、妻の重美さんは「かつ重セット」用の卵でとじたかつ煮をつくりつつ、お重にごはんを詰めたり、おぼんにつゆやおしんこをセッティングをしたり。温かい蕎麦の注文が入れば、種物(具)の調理なども担当する。このポジションは、「中台(なかだい)」と呼ぶ。流れるようにおぼんの上のセットが完成していく。それぞれの作業に無駄がなく、とても鮮やかだ。「なるべく一番ベストな状態でお客さんに提供できるように、中台の出来ぐあいを見ながら、そばの茹で具合や天ぷらを揚げるタイミングを計っています」と善行さん。なるほど。中台の準備が整っていないうちにそばが茹で上がってしまったら伸びてしまうし、天ぷらの衣のサクサク感も失われてしまう。全部がちょうどいいぐあいに揃わないとベストなおいしさを実現できない。そば屋の厨房においては、釜前と中台、このふたりの息のあった連携プレーがとても重要なのである。そして、完成した料理を運ぶ「花番(はなばん)」、いわゆるホールを担当するのが善行さんの母・フジさん。にこにことした笑顔が可愛らしい人だ。「90のおばばが花番やってるんだから」と笑うフジさん。今年で89歳を迎えると聞いて驚いた。ちゃきちゃきしていてとっても若々しい。元気の秘訣は、5年続けているという毎朝の散歩。そば屋のお仕事前になんと1万歩(!)も歩いているのだそう。見習いたい。いよいよ「天ざる」と「かつ重セット」が到着した。お重の半分にそば、もう半分に天ぷらもしくはかつ丼が入った、どちらもお店の人気メニューである。上むらのそばは、白いのが特徴。そばの実の殻や外側を取り除き、内側の白い中心部分だけを挽いた粉でつくっていて、上品な甘みとなめらかなのどごしが楽しめる。黒っぽい田舎そばに比べるとそば本来の香りや風味は控えめだが、そのぶんクセがなく、つるつると食べられるその軽やかさがいい。つゆも初代の頃から変わらない味なんだとか。添えられた天ぷらは4種類。さつまいも、なす、ピーマン、そして大きめのエビが嬉しい。何から食べるか迷いつつ、やっぱりエビを“最後のおたのしみ”にしたくなるのはきっと私だけではないはず。かつ重は、卵で閉じられたかつが1枚ドーンとのってボリュームたっぷり。ごはんに染み出した素朴でやさしい出汁の味わいがなんだか懐かしくて、どんどん食べ進めてしまう。かつ重ができたとき、「今回はあんまり上手くいかなかった......」と小さく呟いていた重美さん。個人的に、卵の黄身と白身の見た目のバランスがあと一歩だったらしい。(十分においしそうなのに......!)というのも、重美さんは中台として調理やおぼんのセッティングをする上で、ビジュアルにも人一倍こだわっているのだ。このきれいに整列したおしんこを見ても、重美さんの美意識が伝わってくる。おぼんにセットするときには、薬味のわさびの位置、つゆが入ったとっくりの注ぎ口の向きにも、できるだけ気を配っているという。「細かいことが気になっちゃうんですよね。この位置にあったらお客さんが取りやすいかなとか。もちろん全部完璧にはできないけれど、自分がお客さんだったらこうあってほしいなと思うことをやるようにしています」あれこれ考えて工夫すること、その結果お客さんが喜ぶ姿を見ることがモチベーションになっているのだと、重美さんは話す。上むらのお料理が、とても丁寧でまとまった感じがするのは、きっとこういう小さなこだわりの積み重ねなんだろうなと思う。愛知から上京し、中央区の湊で親戚が営む蕎麦屋で修行をしていた善行さんのお父さんが、母・フジさんと結婚し、独立して一緒にお店を始めたのが昭和35年。「上むら」の名前は修行先からそのまま引き継いだ。最初は今の店舗の真向かいにあったが、マンションの建設が決まり今の場所へ移ってきた。「昔は忙しかったよ。寝る暇もないくらい忙しかった」そう振り返るフジさん。一昔前は出前の注文の方が多く、ひっきりなしにバイクを走らせては近所の家や工場に届けに行ったそうだ。新しい家が建つときや町内会の新年会などにはよく、関係者にふるまうためのもりそばの注文が大量に入った。お父さんが体調を崩し、善行さんは他店で修行することなく、大学卒業後にそのまま上むらに入って後を継いだ。だから、善行さんの技術はすべてお父さん仕込み。重美さんと結婚後は、夫婦そろってお店を切り盛りしてきた。今は善行さん、重美さん、フジさんの家族3人で協力しあいながら日々を営んでいる。最近はもっぱら、出前よりもお店がメイン。昔ながらの“まちのおそば屋さん”として、今日もお腹を空かせたお客さんたちを迎え入れる。重美さんによると、フジさんが日課の散歩をするなかで友達になったご近所さんがお店に来てくれることもあるらしい。釜前、中台、花番。注文が入ったら、それぞれの持ち場で自分の役割をまっとうする。接客する上で大事にしていることを尋ねると、「そういうのはないよ」とフジさん。「気を遣わずに、このまんまお客さんに接しちゃうの」と。その飾らない感じが、きっとお客さんにとっても心地いいんだろうなと思う。「でも最近は書かないとすぐに注文を忘れちゃって情けないね」と、フジさんは笑いながら続ける。考えてみれば、同世代はもう仕事を引退している人がほとんどのはず。注文をとったり、料理を運んだりするのだって決してラクな仕事じゃない。それでもお店に立ち続けるのは──。「やっぱり、働くのは一つの楽しみでもあるんじゃないかしらね。毎日やらなきゃいけないことがたくさんあるから。だから、もういいって言いながらお店にへばりついてるの」かっこいいなあ。楽しく働く人たちがつくる、素朴でおいしいそばと料理。なんとなく元気が出ないときにこそ訪れたくなる、いいお店だった。